宝貝少女との出会い
第1話では、ブックマークや感想を頂きまして、大変ありがとうございます!!
存外の喜びです。
引き続き精進致します。
それでは第2話です。
ヒロイン……にするかは未定ですが、主人公のパートナーになるかもしれない少女が登場します。
感想等お待ちしております!
手に握られた1枚のパンツ。
上部の中心に赤いリボンがあしらわれた、真っ白ふわふわ可愛いパンツ。
「アホかぁぁぁあああ!」
俺は思いっきり振りかぶって、パンツを地面に叩きつけた。
「ふぎゃっ!」
「……え!?」
パ、パンツが喋った……のか!?
なーんてな。
そんなことあるワケがないじゃないか。
俺は声の主を探すべく、周囲をキョロキョロと見渡してみた。
恐らくここは、街の裏通りなのだろう。
人々の喧騒は聞こえるのだけれど、周りを見ても近くに人は居なかった。
――なんだか茶色い街だな……
というのが、周囲を見渡してみての第一印象だった。
地面は乾いた土であり、それが小道として整備されている。
そこに沿うように、土壁の粗末な家並みが描かれていた。
遠くを見ると、赤と緑で彩られた立派な宮殿のような建物もあったのだが、俺の周りの建物は総じて茶色ばかりかった。
そんな茶色い道の上に、一際目立つ白い色……そう、俺が先程叩きつけた、パンツである。
「ふぅむ……」
俺はゆっくりと足を上げ、パンツを踏みつけるべく、目標を見定める。
「ちょ……まっ……」
俺のじゃない声が、下の方から聞こえるが、ここは無視しようと思う。
そして俺は、力一杯パンツを踏みつけた。
「ごふっ!!」
くぐもった呻き声がした。
うん。このパンツ……喋るぞ!
足跡(俺の)に汚れたパンツを拾い上げて、とりあえず変なところが無いか、表に裏に色々と確認してみる。
特におかしな点はないな。
いや、女媧様から下賜されたパンツであることを思えば、逆にこのリアル感こそが、おかしな点といえるかもしれない。
ご丁寧にタグまでついているしな……。
パンツの裏側に縫い付けられているタグを、ペラリとめくって記載されている文字を読んでみる。
【生産国:中国】――そりゃそうだ。
【販売者:女媧】――別に売られた覚えはない。
【製品名:JOKAPEDIA】――なにそれ?
「おーい、パンツー。なんか喋れよ」
周りに人は居ないのだが、パンツに語りかけるのは、いかにも憚られたので、俺は小声でパンツに囁いた。
ボフンッ!
小さな爆発音が鳴って、パンツが白い煙に包まれる。
びっくりした俺によって投げ出されたパンツは、煙が晴れると、全く違うモノに変じていた。
「全く! 乱暴に扱ってくれたものじゃの!!」
手を腰に当て、プンプンと分かりやすく怒っている少女が、そこにいた。
「え? え? じょ、女媧様??」
いや、違う。女媧様は少女ではないはずだ。
しかし、目の前の少女は、女媧様に少しずつ似ているのだ。
黒い艷やかな髪。しかし、女媧様ほどの長さはなく、普通の人間の髪と同じように、分量に相応の重さを感じた。
肌は白くシミや吹き出物の一つもないが、それは人間らしい生命を感じる肌でしかなく、触れれば温かいだろうことが、容易に想像できた。
美貌と呼ぶに相応しいが、美人というより可愛らしさが勝っている。表情が豊かで、目の前の少女は、やはり女媧様ではありえないと、俺は思った。
「ふふん! 妾は女媧様では無いのじゃ! 女媧様の手づからに造られた宝貝……その名も【じょかぺでぃあ】じゃ!!」
「ぱおぺえ?」
「説明するのじゃ! 【宝貝】とは神や仙人・道士の類。つまり人の世の理を超越した力を持つ者によって造られたアイテムのことなのじゃ。無論、造られた宝貝もまた、人の世の理を超えた力を持つのじゃな」
「なんだか、随分と親切に教えてくれるんだな?」
「それが妾の仕事だからの!」
「仕事……? どういうことだ?」
「妾が女媧様から命じられた仕事は【風見 英人に程よく情報を与えること】なのじゃ。 『すぐに死なれてはつまらないから』と女媧様は仰っていたのじゃ!」
ふーむ。少し状況を整理してみよう。
・パンツはパンツではなかった
・パンツは宝貝でした
・宝貝は凄いアイテムのことで、女媧様が自ら造った(いつの間に?)
・宝貝の名前は【JOKAPEDIA】という
・JOKAPEDIAは俺が死なない程度に情報を与えてくれるらしい
・JOKAPEDIAは少女である
なるほど。
女媧様ってば、優しいところあるじゃねぇか!
いや、そんなことないか……。
多分、パンツを握りしめて怒り狂ってた俺を見て笑っていたんだろうしな。そうじゃなきゃ、わざわざパンツ形態にしてアイテムを俺に渡す意味がない。
前言撤回、女媧様はたちが悪い。
「つまり、お前は俺の人生をアシストしてくれる……と?」
「簡単に言えば、そういうことじゃな」
これは心強いな。
右も左も分からない古代中国で、どうしようかと思っていたのだが、コイツがいれば何とかなるかもしれない。
「ときに英人よ」
「なんだ?」
「妾は、腹が減ったのじゃ!」
え?
お前、飯食うのかよ!
……食費が2倍になりました。
「つっても、金が無いんだよなぁ……。つーか今って何年なんだ?」
「BC707年じゃな。春秋戦国時代と呼ばれる時代じゃ。東周とも呼ばれるの」
「すまん、もう少し詳しく!」
「この時代は周という王朝があるのじゃ。その王朝にぶら下がる形で、領地を与えられた諸侯……要するに貴族じゃな。そいつらが幾つかの国のようなものを形成しているのじゃ。いわゆる【封建制】の時代じゃの。洛陽に遷都されたBC777年以後を東周。それより前を西周と呼ぶのぉ」
頭に【もしもしかめよ】のメロディーが浮かぶ。
――♪いんしゅうしんかんさんごくしん(♪もしもしかめよかめさんよ)
殷・周・秦・漢・三国・晋・南北朝・隋・唐・五代・宋・元・明・清・中華民国・中華人民共和国。
【もしかめ】のメロディーで覚えた、中国の時代区分の名称の羅列である。
つまり、前から2番目の【周】の時代ということになるのかな?
「よし! 理解した。それで、ここは何処ということになるんだ? 山東省曲阜にいたはずだけど」
「変わらず曲阜で良いのじゃ。国としては魯ということになるの。魯国首都の曲阜じゃ」
ふーん。曲阜は魯の首都なのか。それにしては寂れているような気がするけれど……。
そんな疑問をJOKAPEDIAぶつけてみる。
「まぁ古代中国じゃから、お前がそう思うのも無理はなかろうのぉ。魯は古い国での。周王朝との関係が深く、文化的には中華の中心的役割を持つ国の一つじゃ。だが一方で技術的、経済的な革新は起こりにくい国、とも言えるじゃろうな」
「ふーん。なるほど、よくわからん」
時代と場所は、取り敢えず分かった。
次なる問題は、当面の衣食住だろな。
実は俺も腹が減っている。まずは食を確保したいところだが……。
ガララ。
腕組みをして思案していると、背中側から扉が開く音がした。
振り向いてみると
「納品ありがとうございました」
そう言いながら、案の定に茶色い粗末な家から、二人の男が出てくるところであった。
言葉を発したであろう男は、身長180センチくらいありそうな大男で、目つきが鋭くて、どこか陰気な印象を受ける。
大男といっても線は細くて、どこか繊細な雰囲気を漂わせていた。
大男に続いて家から出てきた男は、身長170センチ前半というところだろうか。俺と同じくらいの身長で、微笑みを浮かべるその男は、大男とは対象的に陽気な感じだ。
そして、手には沢山の反物が抱えられていた。
どちらもイケメンなのが癇に障るが、完全な僻みである。
服装は二人とも似たような感じで【厚みのあるしっかりした浴衣】みたいな服を着ていた。
後になってJOKAPEDIAに聞いてみたところによると、これは深衣と呼ばれる服らしく、この時代の一般的なものということだった。
ちなみにJOKAPEDIAは、女媧様と同じような服を着ていたのだが、型的にはこの時代に不自然なものではないらしい。まぁ華美ではあるのだろうけど。
つまりだ。ブレザーの学生服を着ている俺は、この時代のこの街では、一人だけ、ひどく目立っていたのだ。
二人の男の目線は、自然と俺のところで止まった。
「お前たち……何者ですか?」
大男の目が細められる。
その男は、人を射殺すような目線を放ち、俺は思わず身震いする。
なんだか、心の奥深くまで探られてしまうような気がして、冷え冷えとした感触が身体中を走った。
「いやいや、菅さん。初対面の人にその言い方はないんじゃない?」
陽気そうな男が、いかにも陽気な声で大男を宥めてくれた。
しかし、ホッとするもつかの間
「で、君たちはどういう人たちなのかな?」
結局、事態は何も変わっていないらしい。言い方が柔らかくなっただけだ。
フレンドリーなだけに、余計にタチが悪い気がする。失礼がないから、こちらも応えないわけにいかなじゃないか!
でもなんて言えばいいものか……。
【タイムスリップした】と言ったとしても通じないだろうし、多分、狂人扱いされるのがオチだ。
「はじめまして。私は、風花と申します。こちらは兄でして、風英といいます。お見知り置きを……」
JOKAPEDIAが、拱手(両手を前に出し、拳に握った右手を左手で包んだ、中国っぽい挨拶のアレ)して、二人の男に頭を下げる。
――風見 英人で風英ね。なるほど機転が効いている
俺も、その兄妹設定にのっとり、二人に挨拶することにする。
「風英と申します。決して怪しいものではありません」
トントンッと、JOKAPEDIA改め風花が、俺の腹を肘で小突いてくる。
自分で怪しくないと言うほど、怪しいやつは居ない……ってことね。
うん、ゴメン!
「ふむ……いかにも怪しい奴らですね」
ですよねー。
大男の目は再び細められてしまっていた。
「とはいえ、名乗って頂いたのですから、我々も名乗りましょう。私は姓を管、名を夷吾、字を仲と申します。管仲、管夷吾好きなように呼んでいただいて結構です」
大男が拱手して丁寧に頭を下げてくれる。
何気に良いヤツなのかもしれない、と思ったのも束の間、頭を上げながらこちらを見る目線は、やはり射抜くような鋭利なそれのままであった。
「僕のことは鮑叔と呼んでくれ。姓が鮑、名は牙、字が叔だ。無論、怪しいものではないよ?」
陽気な男がニヤリと笑った。
なかなかエスプリが効いた事を言いやがる。
さて、どうしたもんかと、首を捻っていると、風花が、俺の袖をグイグイと引いてきて、道の端へと移動させられた。
「なんだよー?」
「なんだ? ではじゃないのじゃ! お前さん、中々に持っておるのぉ」
「持ってるって……何をさ?」
「運気じゃ! あの二人は管仲と鮑叔じゃぞ!?」
「ああ、確かそう言っていたな……それがどうした?」
風花が、呆れたようにため息を付き、憐れんだような目で俺を見上げて言った。
「お前……【管鮑の交わり】も知らぬのか?」