太子様に喧嘩を売って、兵士たちに持て囃された
体調を崩しておりましたため、深夜の更新となりましたこと、お詫び申しあげます。
「それでは報告を聞こう……」
山戎を壊滅させた俺たちは、斉の邑に入っていた。
とはいえ、全軍が入ることは出来ないので、邑に入るのは、指揮官級をはじめとした一部の者たちに限られている。
もちろん、二千の軍を率いていた俺たちも、その中に含まれていた。
これから斉国側からの歓待の場が用意されるみたいだったが、その前に、太子忽が今回の戦いの功労を評価することになっていた。
既に本軍による緒戦の評価が終わり、次に逃走する敵の追撃を担当した俺たちに対する評価が始まっている。
報告は、太子忽から俺の監視の命令を受けていた者によって行われるようであった。
「報告いたします。風英様の率いた軍の被害は、治療を必要とする軽症者72名、重傷者12名……死亡者はありません。重傷者も命の危険は無いものと思われます!」
よかったぁ……こちら側に戦死者はいなかったみたいだ。
敵に戦意はほとんど無かったから、重傷者は逃げる馬に轢かれたとか、そういった理由なのだろうと思う。
それにしたって、死傷者ゼロは奇跡的といって良いだろう。
「風英の指揮はどうであったか?」
「全てに従った結果がこれであります。その事実が明確に、風英様の力量を示しているかと」
ま、オレは管仲の提言に従ってただけだし、仔細な命令も管仲が色々としてくれていたみたいだったから、手柄は殆ど彼のものだけどね。
何か報奨が貰えるようだったら、ちゃんと管仲に渡すことにしよう。
「風英は何人を殺したか?」
「……それは……一人も殺してはおりません」
「なん……だと?」
太子忽が呟くように漏らした言葉は、その音の小さきとは裏腹に、場を静寂にさせるだけの怒気を含んでいた。
「今回の戦い、3人を殺すことなど児戯に等しいほどに容易だったはずだ。風英! これは俺に反意を示したと考えて良いかっ!!」
先程とは打って変わって、明らかなる怒声が太子から放たれる。
衆人の目線が俺に注がれていることが、肌にも分かる気がした……。
「発言をお許し願います」
俺が反論をしようと思ったのだけれど、管仲が俺の肩に手を置いて、それを制しながら、太子忽に発言を求めた。
「ぬ……管仲……か。許そう……」
太子忽はいかにも嫌々に、管仲の発言を許す。
どんだけ嫌いなんだよ。
「太子様が風英殿に命じたのは『少なくとも3匹はお前の手で殺せ』であったかと記憶しておりますが、相違ございませんでしょうか?」
「ああ、違いないな」
「ならば、風英殿はその命令を完遂しております」
「そう……なのか?」
太子忽は、俺を監視していた者に問うたが、彼は首を振ってそれに応えた。
「管仲、お前はコイツが嘘をついていると?」
「そうではありませんが、命令された3匹、風英殿は屠っております」
管仲の言葉を合図にして、銀影が馬の頭部を3つ、俺の前へと引き摺って置いた。
「馬の頭が3つ……?」
「はい。風英殿が殺した馬の首級を3つ、証左として献上いたします」
管仲の狙いを敏くも察した太子忽は、額に血管を浮かべて彼を睨むが、その喉からは叱咤も、恨みごとも発せられなかった。
「……見事だ。報奨は追って沙汰を待て」
そう言うと、太子忽は地面を蹴るように席を立ち、肩を怒らせてその場を後にしていった。
「いやぁ、ヒヤヒヤしたよぉ全く……」
一時解散となり、邑内をプラプラしていると、鮑叔が駆け寄って来た。
「申し訳ありませんでした鮑叔殿。しかしながら、風英殿には山戎を殺すだけの理由が見付けられなかったのです。苦肉の策でしたが、なんとか切り抜けられて良かった……」
「僕としては、風英が人を殺せないことは当然だと思っていたし、太子忽様に何らかの罰を与えられることも想定内だったから構わなかったんだよ?」
呆れ顔の鮑叔に、管仲は微笑を浮かべて言う
「風英殿は、鮑叔殿が太子様から叱責されることを、良しとしませんでした。それよりは戦場で馬を三頭狩る方を選んだのです」
「ほぅ。そうだったのかい? 風英」
「いや、はは……まぁそうっすね」
「うん、そうか! ありがとう、風英」
鮑叔は俺に頭を下げたあと、嬉しそうに笑った。
「近日にも、斉君がここに到着するらしい、正式な歓待はその後になるだろう」
鮑叔によると、山戎が攻めていたのはこの邑だけではなく、斉の軍がその防衛にあたっていたらしい。
そりゃそうだよな。
鄭軍が斉のために戦っているのに、当の本人は傍観しているだけ、なんて許されるわけがない。
そちらの防衛戦も勝利にて片付いたらしく、救援に駆けつけた鄭軍を労い、勝利の喜びを分かつため、斉の王である釐公が、こちらに向かっているところだということだった。
勿論、到着までの間も、邑をあげて俺たちを歓待してくれるらしいけれど、これは参加してもしなくても良いらしい。
「鮑叔さん、そんじゃ俺たちは軍営地に戻りますよ」
「だよね。流石に今日の今日で太子忽様と顔を合わせるのは気まずいよね」
「です!」
軍営地に戻った俺は、解体した件の馬を調理することにした。
兵に解体が出来る人がいたので、肉を食わせることを対価として枝肉にして貰っていたのだ。
枝肉を更に切り分け、香草と味噌に漬け込む下ごしらえも、既に終わらせてある。
味噌の在庫が少ないので、足りない分は醤油か塩をまぶすだけでお茶を濁した。
「後は焼くだけだなぁ……」
と、俺は遠巻きに肉の山を見つめた。
これだけの量を焼く手間を考えると、流石に死ねる。
だけど、俺が殺した馬の肉を、食わないで捨てちまうってのは、馬を殺した言い訳が成立しなくなるので却下だ。
薪を集めて火を起こす。
肉を木の枝にぶっ刺して遠火で炙っていく。
新鮮だし、幸い気温が高くないので、生でも食えるような状態の肉だ。ウェルダンに焼く必要はないだろう。
とはいえ、これだけの肉を焼くのに、一体どれほどの時間が掛かるのだろうか……
「よっし焼けた!」
取り敢えず、焼いていた10ブロック程の肉の調理が終わる。
味噌と肉の焼ける香ばしい匂いが、食欲を大いに刺激した。
「英人。早く妾にそれを持ってくるのじゃ!」
戦車の中で、麻布を被って隠れている風花が、旨そうな匂いを嗅ぎつけて騒ぎ出した。
「まだダーメ。まずは解体してくれた兵士の人に、食べさせるのが先です!」
さて、あのおっさんは、どこにいるかなぁー?
と周りを見渡すと、
「うわっ! なんじゃこりゃ!!」
いつの間にか、ジュルリと涎を垂らした兵士に、俺たちは囲まれていた。
恐い、恐いよ!
山戎との戦いよりも、今の方が絶体絶命感が凄いぞ?
「あ、おっさん! お礼の肉を渡すから、こっち来てくださいよ」
解体を担当したおっさんと、その仲間がいたので、手招きしてこっちに呼び寄せて焼けた肉を渡した。
慣れない味噌の匂いにクンクンと鼻を鳴らしていたおっさんたちだったか、刺激された食欲に負けて、がぶりっ! と肉に喰らいつく
「な、何だコレ……! 旨すぎる!!」
この時代の調理の仕方は【煮る】がメインだから、そもそも焼いた肉ってのは余り食べないし、香草で匂いを付けたり調味料で下味を付けることに至っては、庶民はほとんど行わないといって良い。
その上での【味噌】だ……彼らが驚かないわけが無いのである。
「くっそ! 俺も食いてぇ……」
「馬か? 馬を絞めれば良いのか?」
「俺らも火を起こして、何か焼いてみるか……」
「いや、大将は肉に何か細工をしていたぞ? それが旨さの秘訣に違いない」
ザワザワと、俺たちを取り囲んでいる兵士たちが騒ぎ出す。
うん。そりゃ君たちも食いたいよねぇ。
丁度良いから、肉の処理を手伝ってもらいましょう!
俺は何人かの兵士に、枝に肉を刺すやり方や、肉を焼くのに適した火の距離や時間を説明して、指導者的役割を担ってもらった。
彼らを中心に、残りの肉をどんどん焼いて貰って、食って貰おうという算段だ。
もちろん、味噌をたっぷりと塗った良質な部位の肉は、俺たち用として避けた上で、だけどね。
「「「うぉぉぉ! 美味ぇぇぇ!!」」」
各所から感動の声が上がっている。
フフフ……料理で誰かを喜ばせるってのは嬉しいものだ。
これを機に、鄭国を中心に【焼く】という料理法がメジャーになっていくのかもしれないけれど、それは俺の知ったことではないのだ。
そもそもこの時代、【焼く】という調理法が全く行われていないわけではない。
単純に【煮る】方が人気があるっていうだけの話だ。
だけど、香草や調味料で下味を付けてから焼く方法が庶民に広がれば、人気が逆転する可能性もある。
いや、そこまで行かなくても、市中の料理人がさらなる工夫を考案して、現地の食材をフル活用した美味い焼料理を生み出してくれるかも知れない。
「うちの大将は最高だ!!」
「風英様バンザイ!!」
「オレ、鄭に戻ったら、風英様に雇って貰いてぇなー……」
肉への賛辞に混じって、なぜか俺を褒め称える声が聞こえる……。
そりゃぁ嬉しいんだけどさ、俺にはまだまだ、君たちの命を背負う覚悟はありませんよ?
面白可笑しく生きていきたいって目標を取り下げるわけではないれど、この人たちも幸せにしてあげられる力が欲しいなぁって、素直に思う。
俺なんかが何が出来るか分からないけれど、しばらくは管仲が言ってくれた言葉に乗せられて頑張ってみるか……って思ったのだ。




