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『崎山 太一』またの名を『聖翼王(せいよくおう)タイチコフ・ザキヤマ』

 俺と店長はすぐにアイコンタクトをして、外に飛び出した。


 店の自動ドアが「ピンポン♪」と普段通りの間の抜けた音を出して開いたが、一歩外に踏み出すと、いつもの日常とはかけ離れた『異物』がそこに存在していた。


 巨大な一つ目の蝙蝠と言ったところだろうか。大人がすっぽり入る大きさの目玉が蝙蝠のような羽を忙しなくバッサバッサと羽ばたきながら、地面にへたり込むスーツ姿のOLを睨んでいた。


 先ほどの悲鳴は間違いなく彼女が発したモノであろう。


 全身がガクガクと震え、今にも泣きだしそうな顔でこの世のモノとは思えない『魔物』を見ていた。魔物も何か調べる様に彼女の周りを忙しなく飛んでいた。


 初めて見るその魔物を冷静に観察しながら、戦う方法を考えていた。


『あれ?もしかして……魔法が使えるんじゃないのか?』


 体の奥底から湧き出る力の渦に気づいた。前のように魔法効果にストッパーがかかってるような感じはない。今なら異世界にいた時のように魔法が使える気がする。


 『なにか!……なにか、武器があれば!』


 とっさに、その辺に落ちていた掌ぐらいの石を掴む。触って意識を集中することによってその物にどれぐらいの威力の魔法を込めることができるかわかるので鑑定する。


『初級爆裂魔法が限度か……まあ、目くらまし程度にはなるかな?』


 魔剣グリエルどころか、一般兵士が使うロングソードにも遠く及ばないが、一瞬の隙をついて彼女を救い出す事ぐらいは出来るだろう。


 魔物が動き出す。目の真ん中がパックリと左右に開き、巨大な口が現れた。そして、彼女を飲み込もうと醜悪な涎を垂らしながら巨大で長い舌を出したのだ。


 すぐに魔力を込めて、投げた。

 石は剛速球で魔物の口の中に入り、火を噴いた。


「ゴオゥオアァァ!!」


 魔物は口から炎を出しながら悶える。


 同時に店長は女性に駆け寄りながら「逃げて!!」と手を出した。しかし、女性は何とか自力で立ち上がり、一目散に逃げた。店長は掴みそこなった手をにぎにぎと動かし、苦笑いを浮かべた。


 店長は逃げずに少しだけ魔物と距離を取っていた。巨大な魔物を前に妙に冷静で、何やら考える様に腕組をしてプヨプヨとした下あごを触っていた。


 思わず店長に叫ぶ。


「店長!!なぜ逃げないんですか!?」


「え?……いや、なんとなく。というか、なんで火を噴きだしたのかなぁって思って。そういえばユウちゃんこそなんで逃げないの?」


「えっ!?あ……いや、その~」


 店長の冷静な考察に言葉に詰まってしまった。『異世界で戦った事あるんであれぐらいだったら大丈夫そうです!』なんて口が裂けても言えなかった。


 しばらくして、店長は「……まあ、いいや。今は魔物退治が先決だね」と俺の前に立った。


「退治って……店長!?何を言ってるんですか!!」


「さっきも言ったろ?僕は個人的には大丈夫なんだって」


 巨大な魔物を前に変な方向に錯乱したと思った。なので、目を覚まそうと後ろから店長の肩を持ち、揺すろうとしたがその肩はビクとも動かなかった。


「さて……むかし取った杵柄でも見せるかな」


「はぁ!?」


 店長が神々しく全身を輝かせ始めたので驚く。そして、肩の少し下あたりから白く輝く翼が生え始めた。


 思わず後ずさりする。


 輝きが一層強さを増し、目がくらんだ。

 しばらくして光が弱まったので、ゆっくりと目を開ける。


「てっ!てんちょう!?」


 驚きのあまり素っ頓狂な声で叫んだ。


 そこには、背中から巨大な純白に輝く翼を生やし、古代の神様が着るようなローブを身にまとって、細かな刺繍がされている光を輝き放つ銀色の剣と盾を持つ、中年太りで禿げ上がった頭をしている店長が居た。


「……!?」


 そのすさまじいまでの服装と人物のギャップに頭が痛くなった気がして、思わず頭に手をやった。まるで、趣味の悪いコスプレを見ているようで気持ち悪かったが、そんな心情など知らない店長は、魔物に向かって剣を構え、叫んだ。


聖翼王せいよくおう!タイチコフ・ザキヤマ!ここに参上!!」


「せっ!せい……よくおう!?」


 驚きの声を無視して、翼を羽ばたかせ飛ぶ。その飛び方は空力学的という感じではなく、明らかに魔法的な力で飛んでいるようだった。魔物も異変に気付いたのか、月を背に上空に佇んでいる店長……いや、タイチコフを見据えた。


「魔物よ……わが聖剣グランドクロスの一撃……思い知るといい」


 空から一直線に魔物に向かってすごい速さで落ちてくる。魔物は口を大きく開き、魔法で氷柱作り、放った。


 しかし、店長の一撃は凄まじかった。


 魔法の氷柱をいとも簡単に真っ二つに切り裂き、勢いそのまま紙を突き破るかのように魔法の障壁を貫いて、魔物を一刀両断したのだ。


 店長は華麗に着地し、ゆっくりと立ち上がる。


 魔物はまるで漫画のように時間差で真っ二つに分かれ、紫色の体液を撒き散らしながら倒れ、絶命する。


「僕の前に現れた……それがお前の運の尽きだったのさ」


 店長はそう決め台詞を呟くと、剣と盾を魔法でどこかに仕舞った。そして俺のもとへ悠々と歩いてきた。状況が理解できずに口をあんぐりと開けながら「その恰好は……いったい」と呟くことしかできなかった。店長はにこやかに笑いながら語る。


「僕……むかし異世界で最強の力を持つ王様だったんだ」


「えーーー!」


「もう、19年ぐらい前の話だけどね。最近、なぜか力が完璧に戻ったんだよ」


 いろんな意味でショックを受けて呆然とする。そんな時、店長は何かを感じて、振り向き、魔物の死体を見つめた。


 魔物の死体は、体液を含め、すべて蒸発するように消えかかっていた。しかし、その中に倒れている人影が見えた。俺と店長はアイコンタクトで確認しあい、人影のもとに走った。


 そこには、金髪のサラサラとしたロングヘアーに豊満な体系をした眉目麗しい美少女がスゥスゥと寝息を立てて倒れていた。店長が着ていたような女性もののローブを羽織っていたが、その容姿や雰囲気から非常に似合っている感じがした。


「店長!女の子です!まだ、生きてます!!」


 店長は女の子の顔を見つめ、何かを考える様に腕を組み、下あごを触った。


「はて……なんだか見覚えがある顔だ」


「そうなんですか?じゃあ、魔物の仲間って感じではなさそうですね。真夜中にこんなところで寝かせとくのも何ですから、とりあえず店の休憩室とかで寝かせときます?」


「そうだね。ちょっと手伝ってもらってもいい?」


「はい!」


 俺と店長は店の奥においてある担架を持ってきて、女の子を慎重に抱えてお店に連れて行った。


 担架で運ぶ途中、少しだけ悪寒が走ったが、気のせいだろうと思う。


☆  ☆  ☆


 コンビニがあるビルの屋上に、気配を消すようにたたずむ騎士がいる。月夜に照らされ先ほどの裕次郎と太一の戦いを見ていたその者は異様な出で立ちであった。


 顔全体を覆うフルフェイスの漆黒の兜をかぶり、顔は口元しか見えない。同様に重厚な漆黒の隙間のないフルプレートの鎧は顔以外の全身を隙間なく包んでおり、言うなれば『漆黒の騎士』と表現するのが適当ないでたちだった。体型こそよくわからないが身長はそこまで高くなく、踵まである漆黒のマントをたなびかせ、ビルの上から裕次郎と太一の様子を伺っていた。


「あれが『勇者ユウ』か。今回のメインターゲットの随行者。実力が推し量れなかったのは残念だ」


 女性のような声音で漆黒の騎士は呟いた。一方、裕次郎と太一の二人は協力して女性を救出し、担架で運ぼうとしていた。魔物はもう蒸発しかかっており、大部分が消えかかっていた。


「……あの白く光る羽の生えたデブ。なかなかの強者だ。情報を引き出すため転移者を殺さずに捕えておいて正解だった。記憶情報を照合すると……タイチコフ……異世界ゴンドワナの聖翼王……なっ!何と破廉恥なやつだ!!」


 漆黒の騎士は恥ずかしいのか頬のあたりを触る。しかし、冷静になり「コホンッ!」と咳払いをする。


「しかし、実力は本物のようだな。ゴンドワナと言えば、破壊王ガルクニコフ・ガランゲイマルクの故郷のはず……クックック。面白い。実に面白い」


 高鳴る感情を噛みしめる様に小さく笑う。


「この『暗黒騎士 カース・オブ・マイハート』の手の中で踊れ!異世界の勇者たちよ!ハーッハッハッハ!」


 月明りだけの闇の中で高らかに笑う暗黒騎士。

 視線の先には、裕次郎と太一が女の子を担架に乗せて連れて行こうとしていた。


「おっと、一応、マーカー兼バックドアを付けさせてもらおう」


 暗黒騎士は手を裕次郎に向けて、呪文を唱える。

 すると、小さな魔方陣が浮かび上がり、何かが飛んだ。


 魔法は、一瞬にして裕次郎の背中に張り付いて見えなくなった。


 しばらくして、二人は店の中に入った。月が雲に隠れ、漆黒の宵闇が辺りを包む。道路の向こうから赤色灯を灯した車がこのビルに向かってきているのが見えた。


「……ではまた会おう。同じ境遇の異端児たちよ」


 魔法陣が夜の闇に浮かぶ。


 騎士はマントを風にたなびかせ、魔法陣に吸い込まれるように消えた。


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