星が見えない空と踏み切り
【http://ncode.syosetu.com/n3898eo/】『ロッキーロードの矛盾』と、
さいこさんのお話
【https://ncode.syosetu.com/n4128eo/】『ロッキーロードの歪曲』の過去篇になります。
さいこさんとまた合作したいと思い、投稿しました。
主人公
川澄響
・蓮二と6月から始まった特別講習を機に仲良くなる。
・京香とは同じマンションに住んでいて、外部生のよしみで仲良し。
11月上旬の土曜日、放課後、俺と蓮二は和田先生の特別講習を受けていた。
「はい、じゃあ今日はこれで以上。ちゃんと復習しろよ」
「「はーい!」」
「さようならー」と言って2人で教室を出る。
「あ、川澄! これ御堂に渡してくれる?」
「ほ? あぁ、わかりましたー」
廊下を歩いていたら和田先生に追いかけられてプリントが入ったクリアファイルを渡された。パラパラと確認すると古典の入試問題だった。こんなもの御堂には必要ないのにと思いながらもそっとバッグにしまった。
「ぴーちゃん何か食べよ? 腹減った俺」
空腹を訴えるもう1人の受講生は永倉蓮二。彼もこんな講習は必要ないほど成績が良い。特進クラスのA組にいるどころか学年次席だったし。でも彼が熱心に勉強しているのは、ここにはいない学年首席及び和田先生のプリント届け先が原因だったりもする。
「俺は電車あるから少ししかいられないけど、それでもいいなら」
「あ、そうだよなー……。じゃあ駅前のサンマルクは?」
「うん、いいよ」
あそこならゆったり過ごせるし、ホームまでゆっくり歩いても10分かからない。とりあえずチョコクロは食べようと決めて校門を出た。
自己紹介が遅れたが、俺の名前は川澄響。清華学館高等部3年D組。俺は高校受験で高等部に入学したいわゆる外部生だ。この学校は中等部から入学した内部生が多く、俺たちの代の外部生は2人だけだった。そしてもう1人の外部生というのがプリントの届け先である御堂京香。中学時代、学校は違ったけど同じマンションに住んでいて、頭がいいって事と、机に向かってるのが好きだってことは知っていた。だから外部生で学年首席が出たのは20数年ぶりだと先生たちが驚いていたけど、俺はさして驚きはなかった。
「最後のチョコクロ俺がもらう!」
「いいよ俺トーストサンドにするから」
ふざけた口調でパンを取った俺を蓮二は面白そうに見ていた。
二人ともアメリカンコーヒーを頼んで奥まったテーブル席に座った。
「電車何分なの?」
「1時間くらいは平気」
「そっか」
コーヒーに口をつけて一息つく。
「はー……。難しかった……!」
「漢文?」
「全部。もう蓮二が隣で噛み砕いて説明してくれないと死んでしまうよ」
チョコクロを齧って嘆くと蓮二が「そんなことはねぇだろ俺も苦手だぜ」と苦笑した。京香と首席争いを繰り広げていた蓮二は国語が足を引っ張ると言うほど苦手科目らしい。理数教科と英語でほぼ満点を取るのに、点数が一気に落ちるのは古典が苦手すぎるからと言っていた。2年の学年末テストで、国語のケアレスミスが原因で京香に負けて悔し泣きしたという話に笑ってしまった。だって俺には遠すぎてわからない。
「ぴーちゃんはさ、すげぇ悪いわけじゃないよ。だって最終的に出来るし。学校のテストも50とかそのくらいだろ?」
成績の話が出て、ようやく俺は尋ねる気になって、でも気を悪くしないかヒヤヒヤしながら口を開いた。
「なぁ蓮二」
「うん?」
キョトンとしつつコーヒーを啜る蓮二は、なんだか普通の高校生よりも大人っぽく見えた。
「医学部受けようって考え直さないの?」
蓮二はコーヒーを置いて黙り込んでしまった。でも口元が笑ってるから禁句じゃない。蓮二は中等部にいたころから医者を目指していたというのは京香から聞いていた。でも今年の7月の進路調査で蓮二が書いたのは看護系の大学だと、夏休みに京香から教えられた。
「…受けねぇよ」
間を空けて出て来た言葉は、ほろっと床に落ちた。
「何でだよ」
普通に聞いたつもりなのに、彼の肩がビクッとした。怖がらせたんじゃ詰問したようなものだ。俺はなんだか申し訳なくなった。
「ごめん……蓮二の人生だから、俺はどうこう言う資格ないのに」
砂糖の入っていないコーヒーを意味もなくかき回した。蓮二は口を紙ナプキンで拭きながら首を振った。
「いいんだよ。俺も先生に驚かれた」
「そっか……」
それはそうだろう。俺の記憶では学校のテストで京香と蓮二の点数の差は一桁だ。先生たちも期待する。その有望な生徒の1人が突然医学部から看護学部に変更するって言ったんだから。
蓮二がトーストサンドを完食して指先についたパン屑を皿に払った。
「でも高等部に進んでからはさ、京香がずっと俺の上にいて、追わずにはいられなくて……。あいつの成績見る度に、突き落とされる気分だった」
「怖かったの?」
「怖かっ……たのかな?」
「羨ましかったの?」
「……」
ケータイを開いて時計を確認する。あと30分ってところだ。ふと目に入った、紙ナプキンを捩じっている彼の指は節くれ立っている。標準身長の彼が男らしく見えるのはそういうことだったかとどうでもいいことが頭を過った。
「色々考えてるときにさ、3月の終わりに小児病棟のボランティアがあるからやってみないかって叔父さんが。叔父さん総合病院の医者だからさ。『患者さんに寄り添うのも医者には大事だ』って。それで3日間やってみて、俺は医者より看護師の方が性に合ってるかなって」
「そうだったんだ……」
「あとは、もうどっかで振り切ってやろうって気持ちはあった……。いつまでも京香を意識してるわけにもいかないから」
それが勉強における敵としてか、真っ当に向き合う異性としてか。俺にはわからない。でも蓮二が京香っていう壁に苦しんでいたのは、なんとなくわかった。
すっかり冷めたコーヒーを一気飲みする。苦味とほのかな酸味にどうしてか思い切りがついて、ずっと気になっていた質問を蓮二に投げかけた。
「ごめん、ヤなこと聞く」
「なに?」
「蓮二、京香が好き?」
その瞬間、蓮二が突っ伏して上擦った声で笑いだした。怒ってるのか、恥ずかしいのか、彼はどんな気持ちで笑ってるんだろう? はーっと息を吐いてから、鋭さのあるハスキーボイスが少しずつ出て来た。
「あいつがずっと俺の上にいたってことは…勉強する原動力になったから、感謝はしてる。でも他の感情があるかって言われたら」
ちょっとな、とはっきりした答えは出さずに苦笑した。
それは違う。京香を意識してたってことは、振り向かせたかったってことだ。だから京香を絶望させて、気を引きたかったんだ。なんでもいいから京香の心を動かして、満足したかったってことだ。そうに決まってるんだ。
夏休みが始まって間もないころ、蓮二の進路変更を知った京香は荒れた。たまたま講習の終わりに京香と行き会った俺は、帰りの道中で年甲斐もなくボロボロ泣く京香にバシバシと叩かれた。
『痛ってェ! 何だよ!?』
『ぅう…ふっ……れんちゃんが……! れんちゃんがおかあさんのとこもどるってゆってたのぉ!』
それ以来、講習にも来なくなり、始業してから今日までずっと学校には来ていない。ときどきパーカーとロングスカートを着て、トートバッグを持った京香をマンションの周りで見かける。プリントやら書類やらを届けたり、外で見かけたりすれば「いい加減学校来いよ」とは言っているけど、100パーセント「行かない」と言ってそのまま行ってしまう。
俺が「京香は、」声を出すと蓮二のカップを取ろうとした動きが止まった。じっと大きくて丸い目が戸惑いを混ぜて俺を見ている。
「京香は…変わってないよ」
ずっと変わらずに、蓮二だけだ。でも言わない。だって蓮二は絶対信じないし、俺が憧れた女がさらに傷つくのも嫌だった。
「出ようか」
俺の提案に蓮二は頷いた。
日が沈んで、空が暗くなってきた。店を出てすぐに「じゃあな」「おう」と言って別れた。改札を通って、あと8分くらいで来る電車を待つ。今日のこと、京香には伝えるつもりだ。京香はどんな顔をするだろうか。あの時みたいに噎び泣くか、いつものヘラヘラ顔で「そうなの?」と受け流すだろうか。
18時41分、少し空気の冷えた駅のホームで
俺は重い溜息をついた。
ありがとうございました。
今回は蓮二視点ではなく、別キャラを作って書きました。
余談ですが声優クラスタの悪い癖で、
主人公→H山Jさん
蓮二→S木T央さん で再生していました。
もう途中から『うた●リ』聞きながらの執筆だったので余計に。