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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ひとかべ語り その壱

作者: なかむら貴子

人首と書いて“ひとかべ”と読む

生首にまつわる語り部の話

人魚の話


 人魚の話をしようか。そう、あの人魚だよ。上半身がヒトで下半身が魚の。

 その村は漁で生計を立てていた。代々続いてはいたが、さびれていた。

 お前さんは覚えてちゃいないだろうが、ある年に嵐が何日も続いてね。

 何日も、どころじゃないね。いつまでたっても嵐がやまなかったんだ。

 村の男たちが毎日海辺へ様子を見に行ってはうなだれて帰ってきた。

 多少の蓄えはあったから、皆で助け合ってなんとかしのいでいた。

 ある時期から村の者ではない男が、やはり毎日海の様子を見に来るようになった。

 脇に木箱を抱えて、じっと海を見つめては、村の男たちと同じようにため息をついて去っていく。やはり波が凪ぐのを待っているようだった。

漁師たちの村より少し高いところに奇妙な家が建っていたから、そこの住民だろうと皆思っていた。実際そうだった。

 その家は本当に奇妙だった。まるで椀をさかさまにしたような半円形をしていて、楕円形の入り口と真丸な窓があった。小さい家だったがちゃんと庭もあって、まるで浴槽に毛が生えたような小さなプールまであった。

 どこぞの道楽者が普請したんだろうと皆思っていたが、その男はどう見ても道楽者には見えなかった。


 不思議に思った村の若者が声をかけた。漁師でもないのに何故毎日海を見に来るのか。

 男は漁師たち以上に困り果てたように言った。自分は人魚なのだと。

 お前さんも聞いたことがあるだろう?人魚の肉を食らうと千年の寿命を得るという話を。

 男の妻が捕らわれて売り飛ばされて誰ぞに肉を食われ、ずっと妻の肉を食った者を探していたんだと。長い事探し回ってようやく見つけ出してそいつの首を切り落として持ち帰ろうとしたらご覧のとおり、海は大しけで帰ることができなくなってしまった。

 この嵐では無理に海へ入れば波にもまれて死んでしまう。どうしても、妻の敵を討ったと仲間にこの生首を持って行かねばならない、と抱えていた木箱を示した。

 どうやら生首が入っているらしいが、若者は見せてくれとは言わなかった。

 むしろ、頭のおかしい男に話しかけてしまったと後悔したくらいさ。

 気はすすまなかったが若者は漁師仲間にこの話をした。皆笑って若者に同情した。


 嵐はやむどころか激しさをいや増していった。蓄えていた食料もいよいよ怪しくなってきた。

 どうやら悪天候はこの漁師たちが考えている以上に広範囲で、あちこちで地滑りや崖崩れが起きて死人が出たという話だった。内陸の火山が噴火して土地を追われた者も出たという。

 悪天候が続くのは噴火した山はひとつふたつではないということだった。

 漁師たちの村は風雨の激しさよりも波に押されてとんでくる巨大な岩石に恐怖を覚えるようになった。いずれ村にも大きな岩が降ってきて誰が死んでもおかしくなかった。

 漁師たちは話し合い、村を出ることにした。すこしでも内陸に、高いところへ移動しようと。

 家だの漁だのと言っいる状況ではなくなった。何よりも命が最優先になった。


 最後に何人かが嵐の中海辺へ行った。今まで糧を得ていた場所に別れを告げたかったんだろう。

 そこで彼らは見てしまった。

 浜辺に人魚が打ち上げられているのを。

 死んでいるのは傷みの激しさですぐにわかった。顔はわからなかったが、すぐ近くに木っ端と生首が落ちていた。死んでいたのは例の男だった。

 故郷に帰りたい一心で意を決して海に入ったはいいが、荒波にもまれ岩に打ち付けられ命を落としたのだろう。

 遺体を回収してやりたかったのだろうが、気味が悪くて誰も言いださなかった。無言のまま海を後にして皆村を出た。その後十日も経たずに村は波に呑まれた。今じゃ水位が上がってあの辺は岸壁になってるよ。きれいな砂浜も、のどかな漁師町もみんな消えてなくなってしまった。


 え、何が気味悪かったって?そりゃ決まってるよ。

 転がってた生首が漁師たちの方見ながらニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていたからさ。

 作中にでてくる「椀を逆さにしたような家」は私が子供の頃に多分千葉県の海辺の町で実際に見た家をヒントにしました。浴槽のようなプールもありましたが、いくらネットで検索しても全くヒットしません。ご存知の方、情報お待ちしてます。

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