2
ゆ、許してください
「まあ、とりあえず座りなよ」
落ち着かないと話もできないからね。
そう言って席を勧めたレインだったが、少女は座る気配がなかった。
怖がられているのか、緊張しているのか、はたまた単に疲れているのか。
後者のどちらかであることを願いながらレインは紅茶を出した。
「あ、あの」
遠慮がちに、というにはいささか強張りすぎた声で少女は口を開いた。
「母を、助けて欲しいんです」
絞りだしたようなその声にレインは何を言うでもなく、考え始める。
(どうやら罠である可能性はない。と信じたい。
まだ情報が少なすぎて断定はできないし、してはいけないだろう。)
まだまだ不確定な要素があるが、あまり考え詰めても答えはでないだろう。
というより、出せない。
ならば、この助けを求める少女に応えてやらなければ。
それに、もとより罠であるかどうかは関係ないだろう。
ずっと前にそう誓ったではないか。
「助ける、というのはどういう意味でだい?」
労働力の意味合いなのか。
それとも、例えばどこかで襲われているという文字通りの窮地を救うという意味なのか。
レインは少女に問いかけた。場合によっては厄介なことになりそうだ、と想像しながら。
「その、信じて、もらえないかもしれないですけど、母の、母の体が」
少女は母のことを思い出して辛くなったのか、手で顔を覆っていく。
そしてその指の間から雫が見え始めた時、レインはもう一度問いかけた。
「体が、どうしたんだい?」
「体が、失くなって・・・」
それ以上話せず涙を流し続ける少女だったが、レインにとってはその一言で充分だった。
むしろ、その失くなってという部分に大きく反応した。
そこからのレインの行動は速かった。
実験をしていた部屋に戻り、そこから地図を探しあてると、紅茶を並べた机に広げた。
「お嬢ちゃん、とりあえずこれを一杯飲むんだ。落ち着くから」
カップを手に持たせ、口元まで持っていってやる。
そうしてようやく少女は口を付けた。
二呼吸程置いて少女は肩で息をするのをやめ、レインへ向き直った。
それを見たレインはひとつ頷くと、
「お嬢ちゃん、地図は読めるね?」
少女が頷くのを横目に、レインは地図の上に指を走らせる。
「息が切れてるってことは、走ってきたってことだよね?ってことはここからそう遠くないこの周辺に・・・」
「あ、ここです」
少女が指したのは森から北東、そこには何も描かれていなかった。
「た、たしかにこのあたりの筈なんです」
焦り始める少女にレインは諭すように言った。
「大丈夫。このあたりだね?」
かたく頷く少女を見たレインは立ち上がり、手に燐光を纏っていく。
そのまま手を振るうと、空中に二重の円とその中に幾何学模様が描かれた魔法陣が出現する。
「さぁ、跳ぶよ」
そう言って少女を立たせたレインを燐光が包み込み、一際輝いた一瞬のあと、二人の姿はそこにはなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
燐光が納まり、視線を前に向ければ、そこにはあまり大きくない村があった。
「ここ・・・私の村?」
「たぶんね、地図のあの場所に跳んだから」
困惑する少女をよそに、レインは彼女の母のところへ案内してもらおうとするがその時、村から男が走ってきた。
「おい!何やってたんだ。母親が大変な時に」
今まで少女の母親の近くにいたらしい男は焦った様子で少女を呼ぶ。
手を招き、案内された家に入っていく。
大きくはないその家の奥に、人が数人集まっていた。
大人と子供が混在するその光景はベッドで横たわる女性の人徳を表していた。
「ちょっと通してくださいね」
「なんだあんた!」
いきなり現れたレインにその場にいた人は皆混乱した。
怪しい、素性も知らぬ男だ。無理もない。
「医者みたいなもんです。どうかお通しを」
「医者だって?これはもう」
男がレインを遠ざけようとしたとき、
「いいんです!」
少女が突然大きな声を出したことで子供たちは驚いた。
普段大人しい彼女がそんなことをするとは誰も思わなかったからだ。
「私が呼んだんです。お母さんを助けてもらえるかもと思って」
「だからって、こんなどこの誰とも知らないやつに」
「この人はあの『森の人』です」
その言葉に、一人が目を見開いた。
「こいつがあの!?こんなに若いのか!」
「いいから、診せてくれないかな」
レインの言葉から、はっきりとわかるほどの苛立ちがその場の人に感じられた。同時に、睨みつけるように見られた一人が飛び退くようにして道を開けた。
「邪魔だ。全員この部屋から出ていってください」
「そんな!あんた一人に」
「いいから!早く出ていってくれ」
今度こそ、全員がその気迫に押されて部屋から出ていった瞬間だった。
簡素なベッドに寝かされている女性は、三十代くらいだろうか。
少女と同じ金髪が無造作にベッドに広げられている。
端正な顔立ちは少女に遺伝しているのだろう。
だがその首から下は、ところどころ肉体が欠損していた。
それを見てレインは呻く。
「これは・・・」
それは、ただ欠損しているのではなかった。
通常の欠損のようにそこから先がないのではなく、腕で言うなら二の腕、手首より少し前はあるのに肘の部分が無い。
また、欠損している部位はどう見ても存在していないのに欠損先の部位はシーツの上に浮いていた。
手足だけでなく、胴体にまで。唯一無事なのは顔だけという酷い状態だった。死んでいないのが不思議なくらいに。
「間にあってくれよ・・・」
各部位に魔法陣を展開していく。
全体的に丸い線で構成されるそれは緑色で、柔らかな光が溢れていた。
光が触れた箇所から、肉が目に見えて戻っていく。
時間を巻き戻すように修復していくその魔法は、レインが持つ魔法の一つだった。
肉体の欠損。それも捥がれたり、抉られたりしたのではなくその場所がぽっかりと抜け落ちたような傷跡。
断面からは血管や肉、骨などが覗いているが痛みはない。
日ごとに悪化していき、最後には対象者をこの世から消滅させる。
レインはその様子をよく知っていた。ずっと、ずっと前から。
◇◆◇◆◇◆◇
レインが治療する部屋のドアを一つ隔てた向こうでは、少女が他の村人から問い詰められていた。
「なあ、さっきの、本当なのか?」
おずおず、といった様子で一人が呟くように
「そうだ、あの人が『森の人』だってやつ」
それを皮切りに大人たちは口々に問いかけ、子供たちは目を輝かせた。
「お姉ちゃん、ほんとなの?」
「あの人がお話に出てきた『森の人』なの?」
満面の笑みで尋ねてくる子供たちに、少女は安堵を感じさせる優しい笑みで答えた。
「ええ。きっと、」
それを聞いた大人たちは目に見えて狼狽え始める。
「なんてこった・・・」
「『森の人』だなんて言っても結局は魔法使いだ」
「ああ、何かとんでもないものを要求してくるかも・・・」
その言葉に子供たちは大きく反応した。
「『森の人』はそんなことしないもん!」
「いや、しかし・・・」
なおも食い下がる大人に、真剣な顔で少女は言った。
「大丈夫です。もし何か要求があれば私が、一人で」
そんなことはない筈だと思いながら少女は宣言する。
「それはそれで・・・」
どうあっても納得しなさそうな大人たちに少女がため息をつきそうになった時、村の外でけたたましい音とこちらに呼びかける太い声が響いた。
なんでも(ry