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  ―― きっと 私は 人で 無し ――


「暗いよ、怖いよ……」

 受話口から続けて聞こえてくる。言葉とは裏腹に、その声は酷く落ち着いているように思えた。

「桾さん?」

 間違いなく声は桾さんだった。だけど、雰囲気が違う。というより、桾さんと初めて話したときはこんな感じだった。

「どうしたの? えっと――」

「神社」

「神社?」

 神社って、あの神社?

「……郷原くん」

「何?」

「もう、戻れない、んだ」

「戻れない?」

 何を、言ってるんだ? 戻れない? 何から?

「桾さん、いったい、どうしたの?」

「気付いたら、もう、無理、だった」

 えっ、と、ちょっと待った!

「ちょっと待って。桾さん、だから、いったいどうしたの?」

「…………」

「……桾さん?」

 急に、受話口からの声は途絶えた。耳が痛くなるような沈黙――いや、何か聞こえる。雨、かな?

 カーテンを開けて外を見ると、夜は闇と微かな雨音で溢れていた。

「フフフッ」

 不意に潜めた笑い声がとどいた。冷笑。ハッピーエンドのあとに訪れるバットエンドへの伏線みたいな笑い声。

「もう遅いね」

「……?」

 声がじゃっかん違う。女性にはかわりないんだけど、桾さんじゃない。似ているけど、違う。

「桾さんじゃ、ないね。……桾さんをどうした」

「郷原くん。君は罪だね」

「……誰だよ、おまえ? それに、どういうこと? それよりも桾さんは!」

「落ちつけよ。ワタシが誰だって? 誰だっていい。どういうことだって? 君がわかってないだけさ。桾かい? 気になるなら来ればいいさ。桾は言っただろう? 神社だって」

 声の主はくつくつ笑う。

「死んじゃうよ、郷原くん」

 くつくつ声が脳内にはびこる。今、なんて言った? シンジャウヨ?

「死んじゃうってなんだよ! 桾さんに何した!」

「君、君君君! そんな質問はナンセンスさ。自分で確かめて見ることだね」

 ――あれ? 今、なんか、聞き覚え、ある……。

「佐田さん……」

「……?」

「佐田さんなのか?」

 君、君君君――これは、佐田さんが今朝言っていた。

「それも確かめてみればいい」

 そうして通話は切れた。ぼーと一瞬なってから、慌てて着信履歴から掛け直した。だが、電源が切られたらしく通じなかった。

「……桾さんが――行かなきゃ」

 すぐさま着替えてポケットに携帯電話をしまうと、家を飛び出した。自転車にまたがり、夜中の街を学校方面に漕ぎ出た。雨は降っている。だけど、傘なんて差しても邪魔になるだけだ。それに小雨だから気にならない。雨の線が自転車のライトに映し出されてちょっと不気味だけど。それよりも――

「なんで、佐田さんが? どうして桾さんを……」

 放課後桾さんも佐田さんも来なかったのは、佐田さんが桾さんをあの神社へ――どうしたんだ? 連れ出したの?

 考えてもわからない。わかるのはわからないってことだけ。

 ほぼ無意識のままペダルを漕ぎ、僕はどんどん鎮守の森へ向かって行った。


 当たり前すぎる話といえばそうだけど、人の手入れが入っていない神社なんかに街灯なんて代物はない。それはそこへ向かう道に関しても同じだ。

 闇。夜よりも深い闇。森への入り口は、お笑い芸人ですら冗談の一つも言えなさそうなほど、暗く深く容赦ない。この世とあの世を繋ぐ入り口って、きっとこういうのを言うんだろうな。この先、神社だし。

 怖いと思わないわけがない。怖すぎる。こんなところには少しだっていたくない。だけど、桾さんはこの先にいる。佐田さんも……。

「そもそも、怖がってる場合じゃないか」

 僕は自転車を降り、ライトを頼りに歩き出した。人の心の闇の方が明るいんじゃないかと思われるほど暗い鎮守の森の闇は、自転車のライトを容易く呑み込んだ。

 かたかたかた――かさかさかさ――

 チェーンの音と雨が葉にあたる音。それだけが空間を支配している。

 ――ここだ。境内だ。

 きっと森に入ってから二、三分しか経っていないんだろうけど、僕にはそのあいだが一時間にも感じた。境内は雨音にまみれていた。木々の間隙から落ちた雨が石畳を打ち、そこら中で不協和音。ぼんやり社の輪郭が浮かんでいる。枝葉がせせら笑う。自転車のライトは自家発電式だから、停まっている今は点かず。雨が強くなった。

 竦んでいる足を進めた。それと同時に目の前に自転車のライトがぼんやり道を作る。

 ――……何か、ある。

 石階段の一番下。そこに、明かりを反射する何かがあった。さらに近付くと、それがカメラであることがわかった。

「これ、桾さんの」

 そこにあったカメラには勾玉のストラップがついていた。

 じゃらっ――

 カメラを持ち上げた瞬間、背後で音がした、のは、わかっ――

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