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雨が降りはじめ、僕らはすぐさま帰ることに合意した。
「雨」
「帰ろう」
土の匂いが煙り、僕らの周辺は静謐な雰囲気になっていた。僕らがここにいることはだいぶ場違いだな、と自転車にまたがりながら思った。
「傘、持ってる?」
桾さんが聞く。彼女は折り畳み傘を鞄の中に忍ばせていた。だけど、僕は生憎用意がなかった。だから僕は首を振った。
「えっ、どうしよう……まだ小雨みたいだけど、強くなったらずぶ濡れになっちゃう」
「だから、早く帰ろう」
僕はペダルを踏み込んだ。桾さんはすぐに続いた。柄の部分が伸びているだけで開かれてはいない傘を持ったままだった。
「差さないの?」
「森、出るまで」
歩くと二、三分は掛かる森の入り口まで、自転車だと半分も掛からずに着いた。直接雨に曝されているコンクリートの道路がずぶ濡れてる。空を切る雨の線が目に見える。意外と雨は強かった。
「どうする、郷原くん?」
傘を差して桾さんは聞く。その顔は僕よりも困った呈をしていた。
「どうしようかな……ここでなら、雨宿り出来るかな?」
さすがにずぶ濡れはイヤだから、ちょっとのあいだ様子を見ようかと思った。すこし待ってもかわらないようなら諦めれて濡れながら帰ればいい。
「雨宿りなんて無理だよ! 風邪引いちゃう!」
桾さんの言うとおり、頭上は木で覆われていても雨が結構降ってくる。雨に濡れない期待は持てそうにない。
「傘、一緒に入ろう」
逡巡もなさそうに桾さんは言った。
「折り畳み傘だけど、きっと、大丈夫。だから、行こう」
僕が何かしら言う前に桾さんは話しを進めた。傘に入れてもらえれば雨を避けられるだろうけど、小さな折り畳み傘じゃ、二人とも肩の辺りは雨で濡れるに違いない。僕だけならいいけど、桾さんは雨で風邪を引いたことがあるらしいし……。
「いいよ、べつに。僕こそ大丈夫」
「雨は怖いんだよ! 簡単に風邪を引かせるんだから!」
彼女はぐっと傘を握る拳を突き出した。真剣な顔でそんなことを言われると、どうしても苦笑しちゃうな。
「じゃあ、お願いしようかな」
彼女は破顔した。
僕は自転車の右側に回り、左側から自転車を押す桾さんの横にならぶようにした。頭上に心許ない大きさの水色の六角形が広がった。
「じゃあ、行こう」
自転車を押しながら帰路につく。案の定、傘に入りきれない左肩がさっそく濡れはじめた。
僕らは地元の駅までは同じ通学路で、駅のロータリーで左右にわかれる。
「小学生のとき、雨の中傘差して帰ってたら、野良犬に襲われたことがあるの。傘をダメにして、雨に濡れながら家に帰ったの。そしたら風邪引いちゃって。怖いよね、雨って。それよりも犬かな」
いつだったかな。桾さんはそんな話しをした。そのとき、どうしてかな? とても桾さんが悲痛そうにしていた。犬に襲われた思い出があったから、さっき顔が強張ったのかな?
駅へ向かうあいだ、僕らは始終無言だった。元来桾さんも僕も話すことを苦手としているから、普段はこうやって沈黙の中にいることが多い。桾さんが話してくれるのは、何か話したいことがあるときだけ。僕から話すことがあればいいんだけど、生憎話すネタがなかった。
駅傍にあるスーパーの、住宅街へとおり抜け可能な駐輪場で僕らはわかれることになった。ここの頭上はスーパーの二階部分で屋根になっている。ひとまず自転車を停めて挨拶する。
「傘、ありがとう」
「どういたしまして。でも、肩、濡れちゃったよね?」
「平気だよ、これぐらい。それに桾さんだって」
彼女は苦笑いを浮かべた。
「この傘、貸せればいいんだけど」
また大層なことを言ってくれる。僕は両手と首を振った。
「そんな心遣いはいいよ」
「でも、傘差してきた意味ないし……」
「平気平気! 家、ここからすぐだから」
そう言い笑った。桾さんは「ゴメンね」って笑った。




