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かたっかたっかたっ――
社へ続く石畳の上を歩くと、そんな音が響いた。自転車の車輪が回る音とも重なって、かしゃかた、かしゃかた、かしゃかたと不調和を奏でた。
「懐かしい。去年のままだ」
石畳から外れた砂利の上に駐輪し、石階段へ駆け寄った。初めて会ったときと同じ姿勢で彼女はそこに腰掛けた。ただ、俯かず、僕を見て頬笑んだ。僕は微笑を返し、彼女が停めた自転車の横に自分の自転車を停めた。それから彼女の傍へ向かった。
「雨、降るのかな?」
木々で覆われた小さな空を見上げて、心細そうに呟いた。僕も点だらけの天上の奥を流れる灰色を見た。
「曇ってる」
「晴れてはいないね」
しばらく無言のまま、僕らは空を仰いでいた。だけど、近くで蝉の鳴く声がして、同時に視線を相手の顔に移した。それで互いに目を細めたりした。
「カメラ、持ってきたの」
彼女は自転車の籠を指差した。籠の中には彼女の鞄が入っている。カメラはきっとその鞄に入っている。マトリョーシカみたいだ。
桾さんは立ち上がり、自転車まで駆けた。僕はゆっくり近付いた。
「何撮る?」
聞くと彼女は颯と振り返り、両手で構えたデジタルカメラのレンズを向けた。それは部活のものではなく、彼女個人のもの。勾玉のストラップがついている。
かしゃっと音がして、場の空気が白んだ。
「何してんの?」
「いや、そのう……なんとなく」
はにかむ。
「とりあえず保存で」
「消してよ!」
はにかむ。
桾さんにはにかみまくられると、どうしても自分の意見をとおす気がなくなる。
「んん、じゃあ、いいけどさ、そんなの残してどうするの?」
「なんだろう……アルバムでも作る?」
「今更部活の?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど」
「ついでに郷原くんのアルバム作ろう! 写真集!」
「それイヤだ!」
「えー!」
と不満を漏らしながら桾さんはカメラを構えた。僕は咄嗟に体を左へ滑らした。かしゃっと音がする。
「あー、ぶれちゃった」
ディスプレイを確認して桾さんは言う。
「消去しよう」
「影分身中の郷原くんってタイトルで」
「いらないよ! 破棄しよう!」
桾さんは幼稚園児みたいに溌剌と笑った。僕がカメラを奪おうとすると、カメラを握っている両腕を伸ばして僕の手が届かないようにした。僕とカメラのあいだに自分自身の壁を設け、悪戯っ子の笑みを浮かべ続けている。
「もう、いいよ」
諦めを零すと、また桾さんはカメラを構えた。だけどシャッターは切らなかった。構えただけ。
「どうしたの?」
「カメラ、止まっちゃった?」
「えっ?」
桾さんはカメラのレンズを上向きにして、そのレンズを覗き込んだ。近付き、なんとなく一緒にレンズを覗き込んだ。途端に、シャッターが切れた。
「って、桾さん!」
「引っ掛かった!」
騙されてムッとしたけど、ちょっと頬笑む僕。桾さんがちょっと悪びれながら笑ってる。それが飼い主にじゃれる仔犬みたいに見えた。
「仔犬みたいだな」
咄嗟に思いついた意味不明な言葉を述べた。
「犬……」
一言前までは明るかった表情がオセロの駒みたいにひっくり返って、それとは対象的な表情を呈した。
「ゴメン、気に障った?」
まさか彼女の気分に影響を与えるとは思ってなかったから、とても焦った。
「いや、なんでもない」
なんでもないとは思えない顔で彼女は言う。犬にまつわる悲しい過去でもあるのかな?……そういえば、前になんか話してたような。
「ゴメン」
「なんで謝るの?」
桾さんは陰りのない顔で言った。
「それより、雨、かな?」
木々が、かさかさっと音をたてはじめた。




