11・12
何か液体のようなものが顔に飛び散った。生温い。ちょうど、血みたいな――
どさっと僕の上に何かがゆっくり倒れ込んだ。
「く、ぬぎ……」
「ゴメン、ね……」
「…………」
耳元で弱々しい声。クヌギのものではない。
「ゴメンね、郷、原く、ん。痛い、ね。痛い、よね」
「桾、さん」
顔の横に桾さんの顔。なんだか、胸の辺りが、濡れはじめた。血、かな。
「心中、みたいで、ゴメン――ガハッ!」
桾さんが血を吐くのがわかった。体が微々と震えているのもわかる。
桾さんは――
「許して――なんて、ふざけてるよね」
こんな状況でも、彼女がはにかんだ気がした。
いつもみたい、語らうときのように、平和であるかのように。
「楽しかったよ、ずっと。話し掛けて、くれて、嬉、かった。ゴメン、ね。ありが」
と――
途端に、桾さんの体が、重くなった。自分の身を全て委ね寝入る子のように――
「桾、さん」
呼び掛けに、彼女が答えることはなかった。
失望的な痛みが、絶望的な孤独が、圧倒的な未来が、仮言的な答えが、命が、一つ、尽きた。それが、わかった。
「死なない、でよ。死にたく、ないよ……」
涙が出た。迷子みたいにいろんなことが急に怖くなった。
自分の内にはびこるもの。それはにくしみか、いとしさか、やるせなさなのか――わからない。
僕は、桾さんを怨んでいるのだろうか。わからない。少なくとも、僕は――
引き戸が開くような音がした。
「いやはや、キミ、しぶといね」
聞いたことない、声がした。
以上で『私がワタシは私』は終了です。最後までお読みいただき、誠に有難うございました。