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「どうして、桾さんが……!」
桾さんはにたにた笑う。そこに普段清廉で可憐な彼女の雰囲気は微塵もなかった。
「桾、ね。まあ、間違ってはいないんだけどさ」
面白がってる桾さんに、僕は憎悪と恐怖を覚えた。
「桾さんが、佐田さんを、殺したの?」
「イエス。だけどノーでもある」
間髪入れずに桾さんは答える。ああ、楽しくてしょうがないな、そんな呈をしながら。
「確かに佐田さんを心底殺したいと思ったのは桾だけどさ、実際殺したのはワタシなんだよね」
なぞなぞのような解説。
「どういうこと?」
「ワタシは桾であって桾でない。しいていうならクヌギって感じかな。桾の深層心理。欲望。本望。表なる裏。桾の真実。桾の本物。君にも誰にもあるだろう? ただ、具現化はされないだろうけどさ」
――……桾さんの本音、とでも言いたいのか。
「まあ、さしずめ桾の本音ってとこかな。それの具現化」
「…………」
つまり、多重人格みたいなものと思えと?
「桾さんが多重人格者だなんて、聞いたことも見たこともない」
「そりゃそうさ。桾の深層心理で欲望で本望で表なる裏で真実で本物なんだからさ。桾でさえ気がつかないんだから。桾は自分が野良犬殺しだったり人殺しであったりする実感はなかった。まあ、ワタシと入れ替わってたんだからね。ワタシは桾の真。そして虚。桾の感情とか理性とかのたがが外れたら現れる。桾はワタシでいるあいだのことを夢として捉えている。実際、桾は野良犬に襲われた経験はあっても、そこからはなんとか逃げ出したっていう記憶しかない。知らない小父さんに話し掛けられたことはあっても、逃げ出したという記憶しかない。同級生の男子にからまれたという記憶はあっても、逃げ出したという記憶しかない。
だけど、さすがにからまれた男子を殺した夢を見たような気がする次の日からその男子がいなくなれば、恐怖を覚えるだろうさ。それからだよ。桾が誰かと接するのを極端に避けるようになったのは」
だから、桾さんは誰とも群れず、部活にも入らなかった。
「郷原くんのときだって、ワタシが出てきそうだったんだ」
「…………」
「だけど、君のまたねって言葉が温かすぎたんだね、これが。それに比べたらさ、君はだいぶ冷たかったけどね。だけどまあ、桾は君を信頼した。けど、君はそんな桾を友人の一人みたいな感じで捉えてただろう? 拾ってきた猫ぐらい自分で面倒みろよ」
これが桾の本音さ――
「桾は、過度に危険を意識しすぎるんだな、これが。自意識過剰って言うの? ついでにこれも桾の本音。つまり桾自身は気付いてる」
腹に何か鋭いものがあてられた。
「まともな凶器を使うのはこれが初めてなんだな」
楽しげに桾さん――クヌギは言う。はにかむように笑いながら。
「じゃあ、最後に佐田さんを殺した顛末。朝一緒に図書室へ行く途中、放課後この神社で話があるって持ち掛けたんだ。そのとき、桾は佐田さんを殺すつもりだった。それで放課後。桾に人殺しは出来ないから、やってきた佐田さんをワタシが殺した。凶器はそこらに落ちてた大き目の石」
じゃあ、説明終わったし、終わりにしよっか――
骸骨が囁く甘言のような恐怖を覚えた。
「……佐田さんみたいに、殺されるの?」
「うん。それが桾の望み。でも勘違いしないでね。桾は君が憎くて殺したいんじゃないから。愛憎っていうのかな? なんとでも言えるけど」
じゃあ、ばーい――
「っつ――がっああぁあぁぁああああぁっ! なん、で――」
腹部に激痛、否、死痛。痛い、痛いいたいいたい、痛いいたいイタイ痛いイタイッ!……あああぁ!
血が溢れるのがわかる。咄嗟に手で押さえようとしたが、クヌギに両腕どころか体全体を押さえつけられていて出来ない。
「ふーん、ワタシからすれば鈍器の方が使いやすいな。あっちなら、一回でみんななくなるのに」
冷静なクヌギの声がする。こんな状況なのに、クヌギの声は脳内で直接響くようにクリア。クヌギの声のためなら痛覚は一歩引くとでも言うのか? でも、痛いのにはかわら……ああぁ……血が、口まで血が……。
堪え切れず咳をし、血も吐いた。それを見てか、クヌギが笑う。
「じゃあ、仕上げ」
激る感覚の中でも、やはりクヌギの声は次元を異にする。
――仕上げ……。
受容出来ない痛みの上に同じ痛みが――死ぬ……!
「ばいばーい。郷原くん」
携帯電話のライトが、そこで切れた。