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―― 早く 会いたいな 早く 早く 早く ――
段々日が短くなる秋口。夏の名残に蝉がどこかで鳴いている。
いつも通り写真部の部室で窓から街並みを見下ろしながら、僕はデジタルカメラを布で拭いていた。雲に覆われた街は薄暗い。
この部室は四階にあり、放課後になれば生徒のとおりはほとんどなくなる。だからとても静かで、隔離された気分になる。今のところ僕しかいないからなおさら。もう一人の部員はまだ来ていない。図書委員会だとか。早く来ればいいのに。そう思いながら、僕は窓際の席についた。
かっかっかっ――
そのつまらない空間に、廊下を駆ける音が響いてきた。だけど、これはもう一人の部員のものではない。こんなふうに駆けるタイプじゃないから。
「やっほー、郷原くん」
ノックなしでドアが開けられた。廊下と部室の境界にクラスメイトの女の子が立っていた。長身で髪は短い。だから遠目で見たら男の子に見えてしまうかもしれない人だ。手には筆記ボードを持っている。その人は知り合いだった。
「佐田さん、こんにちは」
佐田さんは答える代わりに頬笑んだ。僕も頬笑み返した。
と、さも彼女が部員であるかのような挨拶を交わしたが、佐田さんはここの部員ではない。何をしに来たんだろう?
「佐田さん、どうしたの?」
「部活監査だよ。ここはちゃんと活動してるかな?」
佐田さんの説明に、僕は合点がいった。
彼女は生徒会の役員だ。だから、こうやって部活の活動状況を聞きに来たのだろう。以前何度か生徒会がやって来たことはあったが、佐田さんが来るのは初めてだ。
「お疲れ様」
「いえいえ。で、早速質問! 今日の活動時間は?」
「四時から五時までかな?」
「活動人数は?」
「おそらく二人」
「うーん。新入部員来ないと、そのうち同好会に格下げされちゃうよ!」
ボードで止めてある書類に何やら記入しながら、さらりときついことを言う。
「余計なお世話だよ」
生徒会に言われると不安になってくる。
「まだヘーキよ。来年部員が入ればいいんだから!」
安心するに値しない救済案を出され、僕は苦笑してしまう。
「そんなやる気ない笑い方しない! 君らならなんとかなるよ!」
フォローを入れ忘れない辺りが生徒会の器かな?
「それじゃあ、これから一週間、毎日調べに来るからね。じゃあ、バイビー!」
アイドルみたいな笑顔で、彼女は視界から姿を消した。かっかっかっの音がふたたび聞こえ、ドップラー効果のようにどんどん離れていった。
と思ったら、逆の方から違う足音が聞こえてきた。こつっこつっこつっ、という足音。
「こんにちは、郷原くん」
開いたままのドアからひょこっと顔を出したのはもう一人の写真部部員、高須桾さん。清廉可憐、なんて言葉がぴったりかな? 髪は肩にとどくぐらい長く、今時の女子高校生にしてはめずらしくスカートも長い。僕は男子としてかなり背が低い方だけど、彼女はそんな僕よりも小さい。
「こんにちは、桾さん」
桾さんはドアを閉めながら含羞した。いつもはこうやって挨拶のあとにはにかむ。
「さっき、佐田さん来てた?」
僕の前の席に鞄を置き、ちょこんとしゃがんで僕と視線を合わせた。しゃがんだとはいえ、少し体を前屈させたのとかわらないけど。
「うん。生徒会の部活監査だったよ」
「そうなんだ。佐田さん、大変だね」
僕と桾さんは、去年佐田さんと同じクラスだった。二年生になった今年、僕と佐田さんが同じクラスで、桾さんは隣のクラスになった。
「ふーん。あっ、蝉、鳴いてるね」
桾さんは視線を窓へ移した。こつこつこつと窓に近付き、外を覗き込んだ。
「あの森にいるんだ、きっと」
彼女は一人満足そうに頷いた。
森はこの高校から徒歩で五分ほど離れた場所にある。この高校はもともと市街地の外れに位置しているため、森は住宅の見当たらない田園風景の中に忽然と生えている。その森の中には廃墟に近い状態の神社がある。
「久し振りに久岩神社へ遊びに行かない?」
窓の外から顔を戻し、期待ばかりの目を僕に向けた。
僕は頷いた。