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八百万が祭る お堂の中はお宝満載  作者: 東東
【第二章】お堂の先から神様襲来
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『とても俺の手には負えません、金額的にも、状況的にも』


 ・・・というのが、徐々に自分を取り戻した芦のとても素直な気持ちだった。自慢げに胸を張った子供・・・、の姿をした、どうやら子供の神様的な存在らしい子が、興奮が収まった後、楽しげな仕草で置いたはずの箸を持ち直し、付け合わせのポテトサラダを突き始めてから我を取り戻した芦は、やはり現実から逃げるしかないという結論に達したのだ。

 箸で上手くポテトサラダを持てないらしく、犬食いのような状態になっている様に、神様に犬食いなんてさせて良いのかなとか、蛇なのに犬で良いのかなとか、むしろ廃棄弁当食わせて良いのかな、せめて同じ弁当でも自腹を切った弁当でないといけないんじゃないのかな、今日バイトに行ったら廃棄でも良いから正規の金額払わせてもらうべきなのかなとか、色々とどうでも良いことを考えながらも、震える手は半ば無意識に携帯電話を放し、あの、とんでもないブツを買った時に入っていたチケット袋に入れ直していた。

 きっちり合わせ目を合わせ、大事な物入れとしている棚の一番奥、他の雑多な物で隠すようにして置いた芦の行動は、手に負えないと認識していながらも浅ましい気持ちが捨てきれない哀しい凡人の性が滲み出ていた。

 そして犬食いになりながらもポテトサラダを食べ終わった子供が、次にもう冷え始めているだろう白米をやはり犬食いで頬張り始めた頃、子供の注意が完全に弁当に集中したところで、芦は静かに、とても静かに一度は放り出した携帯電話を手に取った。

 手にした機械で押すべき番号は、もう一つしか有り得なかった。なんせ大学卒業後、ふらふらフリーターを続けているうちに親しい友人が減り続けている芦には、友人枠で登録してある番号はたった一つしかなかったのだから。


 ・・・せめてゼロの数が五個ぐらいまでなら、どうにか耐え切れたのに。


 芦の心境は、まさにそれに尽きたのかもしれない。封をして仕舞い込む前に何度も確認した番号は、どう見ても凄まじい数のゼロが並んだ金額の当選番号で、当たったら何をしようと夢想していた気持ちが全て吹き飛ぶほどの衝撃があった。

 そう、夢は夢のままだからこそ、平和に楽しい気持ちを持っていられたのだ。芦としては、マジに当たってどうする? と思わずにはいられない。

 あまりに大金過ぎて、芦の血の気は未だに半分くらいは引いたまま、戻ってきてないくらいだ。

 しかしそれも、もしも芦が自分の実力、つまり自分の運で引き当てたものなら血の気が引きながらも、とりあえず少しは素直に喜ぶことも出来たのだろう。・・・勿論、血の気が引かない、という選択肢はないのだが。

 ただそれでも少しは感じられたはずの喜びを、今、芦が全く感じられない理由。否、感じているのかもしれない喜びを覆い隠すほど強く感じている、別の感情。


 勘違いのしようのないほど強い、恐怖だった。


 ほぼ間違いなく、芦が自分の実力で引き当てたわけではなく、今、米を、しかも廃棄弁当の米を頬張っている小さな神様が引き寄せたものなのだ、この当選番号は。それも、おそらく・・・、お礼的な理由で与えられた、ご利益的なものなのだ、きっと。

 しかしそのお礼の元になっているのは廃棄弁当に入っていた唐揚げなのだから、お返しが億単位の金だなんて、怖すぎて受け取れるわけがない。

 だって相手は神様なのだ。芦の中では既に事実として決定してしまった現実が、昨日・・・、いや、朝方までの自分の言動と共に脳裏をぐるぐると回ってしまう。神様、神様、その神様に与えられた、どう考えても過分なご利益。おまけに相手は神様は神様でも、たぶん、子供の神様。・・・ということは?


 神様とか全然信じてません、むしろ信じている奴を馬鹿にしてます発言までしてたのに、あんなゴミ扱いされている弁当の唐揚げあげたくらいで何億円も貰ったら・・・、絶対、お父さん神様とかお母さん神様とかが天罰下しに来るって!


 考えれば考えるほど、芦の中は恐怖で一杯になる。脳裏には、ウルトラマンの音楽が流れ、銀河の彼方から目を爛々と怒りで輝かせたウルトラの父と母が飛んでくる絵面が浮かんでおり、その絵面の端っこの方では子供のウルトラマンと、今、隣にいる子供の神様が、仲良くちゃぶ台を囲んでお弁当を突いているのだから、もう何が何やら、という状態だ。

 冷静になれない芦には、そもそも子供の格好をしている神様に、父親や母親に当たる神様がいるのかどうかを思案する余裕はないし、居たとしても、子供が勝手に人間に与えたご利益に対してその人間に天罰を下しに来るのかどうかなんてもっと分からないのに、そんな考えすら芦には浮かばない。

 ましてや芦がご利益目当てにあの時、唐揚げを分けたわけではないということは本人が一番よく知っているはずなのに、そんな言い分を脳裏に浮かべることすら出来ないのだ。

 何故か超常現象的なモノの父、母、というフレーズから連想して、全く関係ないはずのウルトラマン一家を登場させているぐらいなのだから、もうどうしようもないのだろう。・・・そう、もう、どうしようもなかったのだ。


『うーっす、どした?』

「悪い、いっくん・・・、いや、井雲さん、申し訳ないんですけどお願いですから至急で我が家に来て頂けませんでしょうか?」

『・・・え? なんでいきなり丁寧語? 微妙に怖いんだけど?』

「いやいや、本当に、マジにお願いだから・・・、あのな? 緊急事態なんだよ。でな? 俺、知ってるだろうけどオマエしか頼れる人間がいないっていうか・・・、そもそも他に選択肢がないくらい親しくしてる奴がいないっていうか・・・」

『まぁ、それは知ってるけど、ってか俺もほぼ同じ状態だけど、虚しいから言うなよ、それ。つーか、何があったんだよ?』

「何があったっていうか、色々あったって言うか、現在進行形であるって言うか・・・、とにかく見てもらわないと話にならないから、早く来てくれって! な? 頼むから! あ、昼飯奢るし!」

『それ、廃棄弁当だろ・・・、いいよ、じゃあ今から行くって』

「おぉ!」

「みぃ?」

『あ? 今、なんか・・・』

「何でもない! 何でもないからっ、とにかく、大至急で頼むなっ!」


 どうしようもないが故の、選択肢のない選択をした相手は、切羽詰まった芦の様子に少々嫌そうな雰囲気を漂わせながらも、どうにか要求を吞んでくれた。間違いなく面倒な事態が起きていると察してはいたのだろうが、それでも一応、友人、もっと言えばおそらく親友的ポジションの芦が本気で困っている以上、放っておくわけにもいかないと思ったのだろう。

 もっとも、芦がさらけ出した哀しく虚しい現実が自身にも当て嵌まるが故、身に摘まされたというのも理由の一つではあったのだろうが。

 途中、切実な会話を繰り広げすぎて注意力が散漫となり、すぐ傍で口の中を空っぽにしたままの神様が不思議そうに見上げていたことに気づかず、聞こえてくる鳴き声に電話越しの井雲が怪訝そうな声を上げていたが、向けられそうだった問いを塞ぐように念押しをしながら通話を切った。

 電話越しにこの事態を、隣に座り鳴き声を上げる存在を問いかけられたとしても、何一つ返せる答えなどないのだから。


「みぃ?」

「あー、ごめんな? 煩かったかな?」

「みぃー・・・、みぃ」

「ん? もう食べないの? お腹いっぱい?」

「みぃ・・・」

「そっかぁ、お腹一杯かぁ・・・、えっとぉ、じゃあ、どうしようかなぁ・・・?」

「みぃ!」

「え? なに? あー・・・、もしかして遊んで欲しい的な感じ?」

「みぃー!」

「あ、そういう感じなのね・・・、あ、あのね? でも、お兄さん、今からちょっとお客さんが来るから・・・、てっ、テレビでも・・・、見ちゃったりする?」

「みぃ?」


 通話の途中から携帯電話を興味深そうに眺めていた子供・・・、否、神様は、いつの間にか食事を終えていたらしい。米もあらかた食べ終え、他に付け合わせのキャベツの千切りや卵焼きの一切れなどが残っているのだが、それには興味がないのか、箸を置き、すっかり終了モードに入っている。

 しかし神様は食事を終えたからといってお帰り遊ばす様子を一切見せず、身体を僅かに上下左右に揺らしながら、明らかに『ちょっと暇です。構って下さい』的な空気を漂わせているのだ。

 一人っ子で他に兄妹もおらず、年下、特に子供と今までの人生においてほぼ接したことがない芦ですら分かるほど明らかなその態度に、芦の中は焦りの色に染まり出す。

 いくら子供の姿をしているとはいえ、神様と出来る遊びなんて想像出来ないし、万が一、下手な遊びをして怪我でもさせようものなら、それこそ親御さんに何を言われるか、どんな天罰を下されるかと思うと、気が気ではないのだ。

 ・・・いくら子供の姿をしているとはいえ、神様らしい存在に、一介の、しかも貧弱で軟弱な人間である芦が怪我など負わせられるものなのか、そもそも親がいるのかどうかすらまだ結論が出ていないだろうとか、そういう疑問を焦った脳に浮かべられないのが、芦らしいと言えば芦らしいのだが。

 呼び出した友人が来ると口にはしているが、本当のところ神様とは怖すぎて遊べない、という小心者的な理由で見上げてくる円らな紫の瞳の訴えから逃れたがっていた芦は、必死で考えた。

 もう朝方から何度もショートし、何回線かは未だ切れたまま不良品みたいになっている脳を、それでも必死で動かした。おそらく、生存本能という力を動力にして。

 時間にして、三、四秒。たったそれだけの時間だが必死でフル回転した芦の脳は、普段の芦自身の行動パターンの中に、辛うじて回避策を見出す。回避策・・・、少なくとも、芦にとっては今、自分が取れる唯一の回避策だ。そして芦が普段、家で時間を持て余したり、何となく手持ち無沙汰になると必ず取る行動でもある。

 とりあえずテレビでも点けてみよう、と。

 テレビ、という単語が分からないのか、それとも芦の突然すぎる提案に戸惑っているのか、きょとん、とした顔で何度も瞬きをしている神様に、何度目かの愛想笑いを浮かべつつ、横目でリモコンの位置を確認し、捉えた位置へ素早く手を伸ばす。

 狙い違わず掴んだ硬く、冷たい感触を握り締め、親指だけで幾つかの柔らかい部分を触りながら、目的地である他より少し大きめの電源ボタンに辿り着き、迷いなく押した。

 微かな電子音、それから突然聞こえてくる淡々とした男の語り。視線を向ければ、朝のニュースを真面目な顔で伝える、知ったような気もする顔の男性アナウンサーが映っている。朝の情報番組の中の、真面目にニュースを伝えるコーナー。

 これはつまらないかなとか、朝のこの時間に面白い番組なんてあったかなとか、そもそも神様が喜ぶような番組を人間が作っているのかとか、芦の中ではまたもや疑問符が錯綜し始めたのだが・・・、


「みぃー!」


 ・・・何故か立ち上がり、両手を振り回してまで驚きを滲ませた歓声を上げ、大喜びし始めた神様の姿に、『あ、これでいいんだ』と妙に力が抜けて安堵する羽目になった。

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