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八百万が祭る お堂の中はお宝満載  作者: 東東
【第五章】お堂を保てばご利益炸裂
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 三人のうち二人が積極的に動き始めてしまえば、いつだって大きな流れに乗せられてしまう芦もまた、動き出さないわけにはいかない。


 まず、そろそろバイト時間が差し迫ってきていた井雲が、残りの時間を駆使してバイト仲間へ幾つも電話をかけてシフトを調整し、翌日の休暇をもぎ取った。その際、どうしてそんなに簡単に休みをもぎ取れるなら、あの神社仏閣巡りに付き合ってくれなかったのかと喚く芦を軽くスルー。

 そして本当に残り僅かになった時間で芦達と簡単な打ち合わせをし、自分に出来る役割を引き受けて昼食も取らずにバイトに出かけて行った。

 井雲が引き受けたのは、車の調達。宇江樹もしようと思えば出来たが、社有車になってしまう為、万が一、あの父親に気づかれたら一貫の終わりだという心配が拭いきれず、井雲がその役を負ったのだ。

 バイト先、もしくはバイト仲間からどうにか大型の荷物を積み込める車を借り受けてくると誓いを立て井雲が去った後、芦のバイト時間までの間、持ち帰っていた廃棄弁当を宇江樹にも振る舞いながら、井雲が居る間には時間が足りずに詰めることが出来なかった明日の計画を詰めていく。

 ・・・とはいっても、やることは単純と言えば単純だ。車でお堂へ向かい、何か道具を持ち込んでお堂の脚を切断、運び出して車に積んで、芦の部屋へ向かうというもの。

 本当に、言葉にすればただそれだけ。しかし大して力もなければ体力もない三人組には辛い力仕事になるのは分かりきっているし、あのお堂を運び出すための道具の調達もしなくてはいけないし、実行する時間帯が限られている。

 時間的猶予は明日一日あっても、小さいとはいえ、無断でお堂なんてものを持ち出すのだから、人目につくわけにはいかない。つまり決行は今夜から明日の早朝にかけて、日が昇り、人目につくより前に終えなくてはいけないということになる。

 幸い、井雲のシフトチェンジはどうにか成功したし、宇江樹の会社もかなり社員の有休取得に理解があるらしく、どうにか明日の午前中は休みをもらえた。芦もまた、芦自身が想定外なほどあっさり突然の休みが承認されてしまう。

 どうやら最近の芦の言動に少々の心配を覚えている店長の計らいらしい。察した芦は、今まであまり意識したことがなかったが、自分がとても恵まれた、思い遣りも理解もある職場で働いていることをこんな状況下で初めて知り、通話を切った途端に思わず目頭を押さえるほど感動してしまった。

 ・・・現代人らしく薄情な部分も多々ある為、三秒ほどで感情の切り替えに成功してしまったが。

 しかしこうしてとりあえずは今夜から明日の午前中一杯、三人の空き時間を揃えることには成功した。そして井雲から、意外なほど早く車確保の一報も入る。

 芦と宇江樹は作業に必要な道具を二人で考え、車のような存在感が大きすぎるものとは違っておそらく気づかれないだろうと判断し、宇江樹が会社で調達出来るものをその考えた道具の中に当て嵌めて持ち出しを決定した。経済的理由により、道具を買い揃えるのは難しかったのだ。

 ある程度決定した後、会社へその道具を無断持ち出ししに行く宇江樹を見送った芦は、バイトと正社員という身分の違いを目の当たりにした気がして、少しだけ虚しい気分になった。

 あれだけ色々な道具が揃い、しかも持ち出せるなんて、一介バイト、コンビニ店員の身分では難しいからだ。ただその代わり、廃棄弁当は持ち帰り自由だが・・・、分類的にゴミに入るものと道具に入るものの違いは、想像以上に気分的な違いがある。

 少なくとも、芦が宇江樹を見送ったまま、玄関で暫し固まってしまうくらいには。


「・・・いや、確かにバイトだけど、俺だって真面目に働いてるし。どっちが上とか下ってことはないよな」

「みぃ?」

「・・・みーさん、分かってないのは承知の上で言うんだけど、今このタイミングで首を傾げるのは止めよう。俺が泣いちゃうから」

「みぃ!」

「・・・元気にお返事されるのも、ちょっと微妙なんだけど・・・って、そんな細かい注文つけられても、分かんないよねー」

「みぃー」


 既にチェーンまでかけたドアを前に立ち尽くし、独りで自分を励ます為の呟きを零していた芦を心配したのか、それとも放っておかれて退屈していたのか、気がつけばみーさんが芦のすぐ傍まで近寄って来ていた。

 じっと芦を見上げ、首を傾げながら発せられた鳴き声は仕草と同じく疑問符に満ちていて、零していた呟きの意味を理解していないとは察しながらも、込み上げる惨めさの為、思わず縋るような声でその疑問符の撤回を求めてしまう。

 結果、やはり全く分かっていないみーさんの元気な返事の所為で更に微妙な心境になり、しかしだからといってどうしようもないので微妙な笑みを貼りつけてみーさんを伴い、玄関から離れるしかなかったのだが。

 そして定位置に戻り、既に常習性が身についているとしか思えない仕草でリモコンを持ち、みーさんが興味を持ちそうな番組を探し回る。

 時刻は既におやつの時間帯。勿論、十時のおやつではなく、三時のおやつだ。ふと時間の概念を思い出した芦は、今までこの時間になっても特別に何かをしたことはなかったのに、今日に限って、何かおやつの時間らしいことをしようと思い立つ。

 おそらく自分一人が空き時間を過ごすことになり、手持ち無沙汰になってしまったからだろう。もしくは一人だけのんびりとした時間を得てしまったことに対して、多少の罪悪感めいたものが生まれていたのを誤魔化そうとしたのかもしれない。


「何かあったかなぁ・・・?」


 小さな自問自答と共に下ろしたばかりの腰を持ち上げ、キッチンへ向かう。まずは冷蔵庫を開けてみるが、基本的に飲み物の作り置き、他は貰ってきた廃棄弁当しか入れる予定のない冷蔵庫は、いつも通り他には何もなかった。

 予測するより確信していた結果に半ば納得してすぐに冷蔵庫を閉めると、次はキッチンに備え付けられている小さな戸棚を開く。カップ麺やレトルトカレー、芦自身にも何故あるのか分からないコーンの缶詰とワインビネガーの一リットルボトル、それに・・・、非常時用のビスケット缶。

 すっかり忘れ果てていたのだが、少し前にテレビで災害特集を見た際、感化されて買ったものだった。取り上げて賞味期限を見てみれば、流石に災害用備蓄として売られているだけあって、かなり先の日付が印字されている。

 それに買った時の記憶によれば、味にも拘っているのがこの商品の売りだったはず。お菓子として普通に食べられるレベルの味。それならば本当にお菓子としておやつに食べても特に問題はないだろう。

 今はある意味、非常時だし、それにもしこのビスケットを食べ終わった後に災害がきたとしても、それこそ今は自分の元に神様がいるのだからどうにかなるだろうとそんな計算までして缶を手に取り、みーさんの元に戻る。

 みーさんは午後のワイドショーを、いつも通り楽しげに見ていた。内容は芸能人の副業の、成功例失敗例比較コーナーだ。借金や利益を表示して、失敗した人間は何を過信していたか、どれだけ天狗になっていたかを上げ連ねている。

 比較コーナーと銘打っている割には失敗例に力を入れて特集している気がするのは、たぶん芦の気の所為などではない。人間には他人の成功より失敗を楽しむ悪趣味な性質があるのを承知しているからこその、番組内容なのだろう。

 ・・・小さな子供や神様には見せてはいけない内容だなと、改めて芦の口から溜息が零れる。小さな子供、神様、その見せてはいけない要素が両方とも入っているみーさんに、喜ぶからという理由だけで見せている自分は本当にいつか天罰が下るかもしれない、と内心でもう幾度目か忘れてしまった恐怖に戦きながらも、結局、芦はチャンネルを変えられないのだが。


「みぃ?」

「ん? あぁ、これ? あのね、人間は三時にお菓子とか食べる習慣があったりなかったり・・・、まぁ、時々そういうことをしたりもするんだよ。だから今日はこのビスケット、食べようか」

「みぃ!」

「おぉ、嬉しい? 一応、美味しいって評判だったから大丈夫だとは思うけど・・・、非常食だから、そこまで美味しくなかったらごめんね」


 横に座った芦が手にしている見慣れない物に気づいたらしいみーさんが上げた物言いたげな鳴き声に、芦は缶のプルトップに指をかけながら説明する。

 すると芦の仕草や缶に描かれたビスケットの絵を見ていたみーさんは、缶の意味をすぐに察したらしく、座ったまま身体を弾ませるようにして喜びを示す鳴き声を上げ、両手まで上げて喜んでくれた。

 みーさんが喜んでくれれば、自然と芦も嬉しくなる。だからこそすぐにビスケットを食べさせてあげたかったのだが・・・、流石非常食、やたらと固い。指に引っかけたプルトップを渾身の力で引くのだが、細いアルミが指に食い込むばかりで、なかなか缶の中身を見せてはくれない。

 根性のない芦の指は簡単に根を上げ始めていて、もう引っ張りたくない、痛いのだと訴え始めているのだが、まだ開かない。

 これだけ固くては、今、すぐに食べなくては死ぬというくらいの非常時が訪れてしまった際に飢え死にするのではないか、そんな少々行きすぎた妄想が浮かび始めたのは、引っ張り始めて一分後ぐらい経った頃だった。

 既に指は真っ赤になり、顔も赤みを帯びていて、眉間の皺は笑い話にならないくらい深くなり、顔は強ばり目はそろそろ血走ってくるのではないかという状態になって、期待に満ちた目で見上げていたはずのみーさんの表情が、不安を一杯に滲ませた泣きそうなものに変わった頃、それは起きた。


「うぉっ!」

「みぃっ」

「・・・取れた」

「みぃっ!」

「・・・プルが」

「みぃ?」

「・・・マジ、非常事態到来なんだけど・・・、ってか、非常用のくせにこれは有り得んだろ」

「みぃみぃ?」

「あ、ごめんね、吃驚させて。でも俺が悪いんじゃないんだよー・・・、ってか、もう少し待っててね」

「みぃ!」


 根性のない芦が振り絞った根性で引いた結果・・・、何故か引っ張っていたプルトップだけが取れた。丁度、芦の指に安物の指輪のように嵌まった状態で。勿論、缶自体は開いていない。

 プルトップがあった部分に少しだけ隙間が空いてはいるが、中身は固形物、当然、そんな僅かな隙間では一枚だって取り出すことは出来ない。

 丈夫に作られているはず非常食を入れた缶の、ある意味とても丈夫な、そして別の意味ではとても軟弱な造りに、芦としてはもう乾いた笑いしか出てこない。たった一分と少しとはいえ、必死で頑張った結果がこれなのかと。

 人生の虚しさを少々実感しながらも、芦の様子に驚いているみーさんを宥めつつ、静かに立ち上がる。

 あまり量のない根性を使い切ってしまった為、正直にいえばもうあまりこの缶とは関わりになりたくはなかった。少なくとも、少しだけ時間を置きたい。

 ただ、みーさんに期待させるような台詞を吐いてしまった後だった為、今この場で戦いを放棄するわけにもいかなかった。放棄しても代わりになるようなお菓子は、現在の芦宅にはないのだから。

 芦を信じてじっと見守るみーさんの視線を感じながら、再びキッチンへ向かう。そこで自分を信じて戸棚を探してみれば、僅かな記憶の通りに引き出しの一つに殆ど使ったことのない缶切りが入っていた。頼みの綱は、それだけ。

 だから芦は取り出した缶切りを軽く水で洗うと、缶に開いた隙間にねじ込むようにして、缶切りを押しつけた。床に缶を置き、押しつける缶切りに全体重をかけるようにして。

 使ったことのない道具というものは、やはりかなり使いづらいものなのだ。危なっかしい手つきで缶切りを使う芦が缶を開けるのに要した時間は、十分以上十五分未満だった。缶の大きさからすれば、やはりかなりの時間が掛かったが、しかし戦いは無事、終わったのだ。

 芦は自分が成し遂げたことに満足げな溜息を漏らし、それから一度、きつく目を瞑って洩らした溜息を感じ入った後、静かに目を開いて・・・、一体自分は何をやっているのだろうと我に返って少々呆れながらも、ビスケットを缶から出すのに適当な大きさの皿と、作り置きの麦茶を持って待ち侘びているみーさんの元に戻った。


 訪れたのんびりとした時間、刻一刻と迫り来る時間、次第に落ち着きをなくしていく時間、それらの時間の果てに、先に戻って来たのは宇江樹だった。

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