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八百万が祭る お堂の中はお宝満載  作者: 東東
【第五章】お堂を保てばご利益炸裂
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「あのさ・・・、アイツ等止められないなら、いっそあのお堂、先に別の場所に移しちゃうってのはどう?」


 降ってきた天啓めいたそれを受け止めた発言に、一番驚いていたのは受け止めて口にした、当の井雲本人だった。自分が発した台詞であるはずなのに、目を見開き、信じがたい言葉を聞いたと言わんばかりの表情を浮かべているのだ。

 何を言っているんだと顔にはっきり書いてあるぐらい驚いている井雲の様に、突然の提案に驚いていた芦と宇江樹は、逆に驚きが少し落ち着いていくのを感じた。人間というのは、他人が驚く様を見ると妙に落ち着いてしまうものなのだ。

 そして発言者より落ち着いた二人の内、まだ驚きが冷めやらない井雲に対して問いを発したのは、付き合いの長い芦の方だった。落ち着いてきているとはいえ、芦自身、完全に驚きから冷めたわけではないので、発した問いはどこか現実味を失った声をしていたが。


「止められないのは確かだけど・・・、でも、移すってどこに? ってか、向こうが七人がかりで計画しているのに、どこに移すか知らんけど、俺ら三人でいけんの?」

「車、ぐらいなら用意出来ますけど・・・」

「あ、マジで?」

「社用車のうち、材料輸送用のヤツ、こっそり使用出来ると思うんで」

「おぉ、頼りになるなぁ・・・、頼りになるけど・・・、だからどこに?」

「いえ、それは僕には分かりませんけど・・・、どこですか?」

「俺もただの思いつきで発言しただけだから、そんなに二人がかりで突っ込み入れられても困るんだけど・・・」


 芦が発した問いをきっかけに、宇江樹が呆然としたまま建設的に聞こえなくもない提案をし、それにいまだ現実感を失っている芦が大船に乗るかのような気安さで乗り、宇江樹と二人で漕ぎ出したところで行き先を失って、その場で躊躇する。

 抱いたその躊躇は当然の流れで井雲に向かうが、これまた当然の流れで、最初から行き先を知らない井雲は最大限の困惑を浮かべて立ち尽くしていた。

 話は、ここでまた止まってしまうかのように思われた。・・・が、しかし、降ってきた天啓を受け止めたのは井雲だけではなかったらしい。もう一人、本人すら知らずに受け取っていたらしい第二の天啓は、その時、何の意識もされないまま、受け止めていた当人の口から零れ落ちる。


「まぁ、小さいお堂だったから、何とかこの部屋でも収まりそうだけどさー」


 天啓というものは、どうやら受け止めた人間が一番驚くように出来上がっているものらしい。零れ落ちたそれに、今度は口にしたばかりの芦が驚きのあまり、目を見開いた。どうしてこの口はそんな台詞を言ってしまったのだろう、と言わんばかりの表情で。

 ただ、その台詞はこの場にいる三人の人間のうち、芦以外は口には出来ない台詞でもあった。何故なら小さい小さいと口にしていても、実物を見たのは芦だけで、つまりその大きさを把握しているのも芦だけなのだから。

 芦は全く冷めない驚きの所為で全ての動きを停止させてしまったが、代わりに稼働状態の井雲と宇江樹は、部屋の中を半ば無意識に見渡していた。男の一人暮らしにしては程ほどに綺麗な室内。ベッドと小さめのテーブル、その向こう側にあるテレビと幾つか並んだ三段ラック。

 見渡すのに数秒しか必要としない室内を、三度、見渡して・・・、最終的に、二人の視線は一箇所に集中する。

 右側の壁に沿って配置されたベッド、左側の壁に沿って配置されたテレビ、その、二つの設置物の間、ぽっかりと空いている空間。適当な設置物がなかった為、偶々空いているらしい場所。井雲と宇江樹は二人とも、実物の大きさは知らない。

 知らないが、しかしその空間は、芦が何度か口にしていたお堂のスケール感にピッタリ一致している気がして仕方がなかった。

 まるで、その為だけに開けられていた場所かのように。


「待て、違うって、だからちょっと待とう」

「まだ何も言ってねーけど」

「言ってないけど、目が言ってるから!」

「でも芦さん、とりあえず僕の部屋にはあんなにぴったりの空間はないし・・・、それに実は僕の部屋、父が合い鍵持ってます」

「何でだよ!」

「いえ、僕にもしものことがあった時、心配だからって父が言うので・・・、スペア渡してあるんです」

「言っちゃ悪いけど、あの親父に合い鍵渡してる方が何かあるだろ!」

「それには俺も同意するな。合い鍵、取り返した方がいいと思うぞ。・・・まぁ、でもそれはそれとして、芦は知ってるだろうけど、俺の部屋にもあんな空間、ないぞ。ってか、俺の部屋はまず、足の踏み場がない」

「オマエの部屋は汚すぎるんだよ! 自慢げに言ってないで、まずあの汚部屋を片づけろ!」

「あの部屋を片づけるべきだって案にも同意するけどな、でも時間ないだろ。あの部屋片づけるのに、三日はかかるぞ」

「・・・井雲さんの部屋、どんだけ酷い状態なんですか?」

「最低三日。でもシビアにした俺の目算では、ぶっちゃけ五日はかかると思ってる」

「・・・何が起きてるんですか? 部屋で」

「・・・コイツ、まずゴミの定義が理解出来てないんだよな」

「・・・何故?」

「貧乏ってさ、怖いよな」

「・・・僕、これ以上、井雲さんのお部屋問題には突っ込みを入れたくないんですけど」

「・・・俺のダチが微妙な問題孕んでて、マジに悪いな」

「いえ、僕の方こそ変な突っ込みばかりして、すみませんでした」


 何もない空間に視線を定めたままの二人に向かって、芦が全てを察して引き攣った制止の声を出した時には、まだ空気は多少の緊迫感を含んだ真面目なものだった。しかし申し訳なさそうな宇江樹の告白から井雲の汚部屋問題に話題が移るにつれて、漂っていた空気は色を変えてしまう。

 不真面目な色に染まったわけではないのだが、まるで沼地をへっぴり腰で歩くかのように、微妙な笑みを顔に貼りつけるしかないような、何とも表現しがたい色になってしまったのだ。そしてその色は、井雲の異様に穏やかな貧乏発言で最高潮を迎える。

 まず真っ先に、付き合いの浅い宇江樹が戦線離脱した。その哀れな敗走姿に、井雲と付き合いの長い芦が我がことのような申し訳なさを感じて、苦悩の顔で謝罪する。

 その謝罪に、早々に逃げ出すしかない話題を持ち出すきっかけとなってしまった宇江樹が、今度は芦と同じ苦悩の表情で謝罪した。しかし謝罪し合う二人を余所に、何故か井雲の表情は穏やかだった。

 自分が哀れまれているのに、そのことによって二人の人間が謝罪し合うという悲惨な状況が生まれているのに、それでも尚、穏やかだった。穏やかな、笑みにも見える表情を浮かべていた。

 ただその表情や視線に何故か薄暗いものを感じてしまった芦と宇江樹は、自然と視線を逸らし、その暗さについてはコメントを差し控えずにはいられなかったのだが。

 しかしそうして話が一旦逸れた後、戻って来てみれば結論らしきものが纏まっていた。芦には異論が残るものだったが、三人の内、二人は同意しており、また異論を訴える芦が代替え案を提案出来ない以上、他に纏める先もなかったのだ。もう少し考えるにしても、時間が足りない。行動は、今日の残り時間と明日しかないのだから。

 それでも勿論、躊躇はある。芦はお堂の保護先を自宅にされることに躊躇もあるし、他の二人も含めて三人ともが、行政に所有権があるのではないかと思われるものを勝手に移動させるという行為そのものに躊躇を覚えていた。

 実行可能かどうか、自分達の行動力そのものにも疑問を持っているし、誰にも見つからずに無事実行出来たとして、その後、どうするべきかも分からない。

 ましてや芦にしてみれば、自宅にお堂なんて存在感がありすぎるものを移動させたとして、いつまでもそんなものを設置しておくわけにもいかないし、あの謎の能力を所有している東狐がお堂の存在を察知して突撃してくる可能性の高さに想像するだけで、戦かずにはいられないほど怖ろしい。

 ただ、それでも代わりの案はない。時間もない。躊躇だけが山のようにあって、焦りだけが売れるほど残っていて、決断と行動開始の時間は迫っている。ある意味極限状態の中、三人はお堂移設候補地である空間とみーさんを交互に見比べてしまう。

 特に何か意図してのものではない。三人揃った無意識。無意識が三人分揃っているのはかなり凄いことだと思わないでもないが。

 これは色々な差違があるとはいえ、三人が大まかな分類でいえば似たような性質を持った人間であったからかもしれない。

 そして似た性質を持った人間の、揃ってしまった集合的無意識は、決断を下す為の三人にとって都合の良い可能性を思いつく。有り得ないわけではないが、かなり自分達の都合に寄せた、大して根拠のない可能性を。

 おそらくその可能性に思い至ったのは三人同時。ただ実際に最初に口に出したのは、少々意外なことに宇江樹だった。


「素朴な思いつきなんですけど・・・、あの、場所がどこでも、みーさんがお堂っていう本来いるべき場所に戻れたなら、何となく、色々上手くいったりしないですかね? 何がどう上手くいくかってのは、あんまり、その、具体的に想像出来ませんけど」

「・・・俺も、今、同じこと思ってた。ってか、そもそも俺と井雲って、みーさんをお堂に戻してあげれば上手くいくんじゃないかって思ってたぐらいだし」

「アイツ等がまたみーさんに怪我させたりしないかとか、ご利益貰って大丈夫になるのかって疑問があったけどな」

「まぁ、それは確かにあるけど・・・、でもみーさんも小さくても神様なんだからさ、今度はやられっ放しじゃないっていうか、今度こそやってやるっていうか・・・」

「漫画とかだと、力が戻って敵を倒す、みたいな場面になるな」

「本当の姿に戻る、みたいな場面にもなりません?」

「みーさん、実は大人の格好になっちゃったりしてな」

「それは有り難いけど、ちょっとガッカリかも。小さいみーさん、こんなに可愛いのに・・・」

「気持ちは分かるけど、俺達には問題の解決って結末が必要だろ」

「ということは・・・、そのラストシーンの為に、あそこにお堂を移動させるってことですかね?」

「・・・マジ、俺の部屋なの?」

「だから他に場所がないだろ」

「うぅ・・・」

「仕方ないから諦めろ。そもそもの発端はオマエみたいなもんだしな」


 三人とも同世代の所為か、非現実的な現実が迎える結末のイメージは同じだったらしい。

 しかし描けもしなかったみーさんの大人姿の可能性に、芦は自分でも予想外なほどガッカリしてしまい、思わず不思議そうに見上げてくるみーさんの手を握り締めてしまう。ある意味、親馬鹿に近い芦のその姿を、気持ちが分かってしまう井雲も宇江樹も笑ったりはしなかった。

 代わりに軽く肩を叩いて芦を慰めながらも、宇江樹は最後の確認を口にし、まだ躊躇している芦の縋るような問いかけを切り捨てるように、井雲が最後の決断を下す。下す、というか縋る芦の手を振り払っただけなのだが。

 みーさんの手を再び握り締めながら、その手に額を押しつけるようにして崩れ落ちる芦と、そんな芦の仕草が面白いのか、ご機嫌な様子で芦の旋毛を見つめて楽しげな鳴き声を上げているみーさん、それに出された結論に対して気合いを入れて頷き合う井雲と宇江樹。

 時間は既に、朝とは到底呼べない時間になっている。残りの時間は一日半と少し。動き出すには決して早くない時間だからこそ、全力で動き出さなくてはならなかった。

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