③
「・・・東狐さんの隙を突いて、親父をどうにか言いくるめて計画の詳細な内容を聞いてきたんですけど・・・、お話しした方が良いですよね?」
「・・・一応、聞かせてください。教えに来てもらっておいて、一応って言うのも・・・、アレなんですけど・・・」
「いえ、いいんです、それは。あの、それで計画なんですけど・・・、決行は明後日の夜、まぁ、夜って言っても暗くなり次第っていうアバウトな開始時間の設定で、とりあえず朝からスタンバイしておいて、暗くなり次第やるぞ、みたいな感じらしいんですけど」
「・・・朝からスタンバイしているの?」
「・・・らしいです。むしろ前日からスタンバイする勢いみたいですけど」
「・・・へぇ。嫌な勢いだな」
「本当ですよね・・・、何か、もっと別のことにその勢いを活かしてほしいんですけど・・・、でも、その勢いでスタンバイ予定なのが、うちの親父と東狐さん、それに親父の次に古株の信者達で、たぶん、五名くらいだと思います。一人は運転要員ですね。親父も東狐さんも、運転出来ないので。あとのメンバーは力仕事を期待されてってことみたいです。親父と東狐さん、腕力もないんで」
「親父さん達、結構何もない感じだな」
「執念はあるんですけどね」
「・・・それは全く無くて良いんだけど」
「・・・僕もそう思うんですけど、何故かそれだけは際限なく湧き出るみたいなんです。まぁ、もしかしたら他に、一人か二人、増えるかもしれませんが、大体それぐらいのメンバーがスタンバイしているみたいです。それで車とスコップとか、必要そうな物を今から明日にかけて用意するみたいですよ。計画としては本当に単純で、用意した物を車に積んで、時間になったらそのお堂がある場所まで向かって皆でお堂の根元を掘り返して、お堂を運び出すってことらしいんですけど、もしあまりに根元が深かったら、最悪、ある程度の深さで脚の部分を叩き折って運び出すってことまで言っているんで、割と乱暴って言うか、とにかく運び出すこと第一の計画って言うか・・・」
「・・・それ、完全に何かの法律に引っかかるよな?」
「ってか、素朴な疑問なんだけど、あのお堂って、人間の法律的には誰に所有権があんの?」
「いや、分からないけど・・・、でもどっかのお寺とか神社とかが所有している感じもないから、やっぱり行政とか・・・」
「あの、そこの土地の地主さんとかになるんじゃないんですか?」
「地主って言ってもなぁ・・・、あそこ、地主的な人、いるか?」
「なんか、ただ野放しになっているって感じの土地だから、やっぱり個人が所有してるんじゃなくて、行政が持ってる土地なんじゃない? 空き地的な感じでさ」
宇江樹が背負って切った口火は、割合アバウトな東狐達の計画内容から始まり、お堂の所有権に対する各の意見交換に移っていく。
現場を知らない宇江樹が首を傾げながら意見する中、三人の中で唯一、あの土地に踏み入ったことがある芦は地主の存在自体を疑問視し、中に入ったことはないが現場を知ってはいる井雲もその芦の意見に同意し、行政の権利を主張する。
しかしその主張が通ったところで、別段、何かが進展するわけでもない。匿名で行政に通報すれば確かにお堂は守れるかもしれないが、それが犯罪行為だとして、荷担しているのは宇江樹の実父なのだ。
宇江樹は勿論、既に宇江樹を仲間として認めている・・・、というより頼りにしている芦達が、そんな提案、出来る訳がない。
その為、何の建設的な意見も出ないまま、宇江樹が掴んできたという計画内容に話はあっさり戻っていく。戻したのは、何となく土地の所有権に対する話が終わった気になっている芦と井雲だった。
「まぁ、それはそれとして・・・、その計画、運び出した後も続いてるんだよな?」
「第一の計画って言ってたもんな。ってことは、第二があるってこと?」
「まぁ、第二も割とざっくりした内容なんですけど・・・、運び出した後、親父達が拠点にしている、元倉庫だったっていう結構大きめの、プレハブって言うんですかね? あんまり立派じゃない、なんていうか、ざっくりした建物があるんですけど、そこに設置することになっているんです」
「プレハブ倉庫・・・、なんか、イメージは分かるけど、結構大きいって、どれくらいの建物?」
「・・・トラック四台は入ります」
「結構デカくねっ? なんでそんなモン・・・」
「・・・親父が物件見つけて、資金提供までしちゃいまして。しかもウチの会社の裏手なんです」
「はぁっ?」
「お父さん、自分が勤めている会社の裏手にソイツ等の拠点、用意しちゃったのっ? それ、会社にバレたらヤバくね?」
「・・・親父、実は社長でして」
「・・・え?」
「・・・しゃ、ちょう?」
「・・・はい、社長です。ちなみにうちの会社の創業者です」
「・・・俺、実はあの人、真面目に働いているのかって疑問に思ってたんだけど」
「・・・それ、俺も思ってた。あの東狐って女にずっと付き従っているから、ぶっちゃけ、リストラ対象になってる人かと思ってた」
「親父、自分が社長だから、結構フリーダムに行動出来るんですよ・・・、残念なことに。ってか、実は離婚の後、あの宗教に嵌まって・・・、それまでは本当に平凡な社会人だったんです。普通のサラリーマンってヤツ。それが親父曰く、『神の教えに従って生き始めたら、必然的に社長になれた』ってことらしいんです。まぁ、つまり起業して、それなりに続くくらいは会社としてちゃんと出来てるってことなんですけど。しかも宗教嵌まって起業して、会社を軌道に乗せるまで一年半ぐらいなんですよね・・・」
「・・・神様、スゲェ」
「・・・ってか、それは普通に頑張ったあの人が凄いだけじゃないの?」
「頑張らせたのは神様だろ?」
「・・・頑張らせたのは、神様じゃなくてあの女じゃね?」
「まぁ、そうかもしれないけど・・・」
「ってことは、凄いのはあの、東狐って女か?」
「・・・凄いのは最初から結構感じてたけどな」
「でも・・・、ってことは、冷静に考えて、宇江樹さんへのみーさんのご利益、会社の商品が売れてるんだから、社長の親父さんにとってもご利益で、それはつまり、あの東狐って女へのお布施に・・・」
「いっくん、もう止めよう。それは止めよう。俺達にはもう、これ以上の問題は処理不能だから」
「・・・だな。悪かった、忘れてくれ」
「あの、僕もそれ、忘れていいですか?」
「とりあえず、ご利益が親父さん達にまで波及しているかもしれないって考えは、忘れて良いと思う」
話の流れから知ってしまった衝撃の事実に、芦と井雲は既に本題を大きく離れてしまっていることすら気にならなかった。むしろ離れてしまった話題の先こそ気になってしまう。
まさか、あの『お付き』という肩書きが目に見えるような宇江樹の父親が、規模は知らないが一企業の創業社長、しかもプレハブとはいえある程度の大きさの倉庫を用意出来るほどの資金力があるぐらい、事業を成功させることが出来ているとは俄には信じられなかったのだ。
確かに一般人から少々離れてしまっている感じはあったが、それでも付き添っている人間が強烈すぎる為、その他大勢的な空気感を持っていた男の意外な事実に、芦達は改めて、思い出す姿に畏怖を抱く。
勿論、抱いた畏怖の先に在る姿は事実を知っても尚、貧相に思えるお付きの男、宇江樹の父の姿ではなく、その宇江樹の父に偉大な行動を取らせた女、東狐美南の姿だったが。
思い出した姿に身震いしている芦達を哀れみに似た眼差しで見つめていた宇江樹は、力ない笑みを口元に刻んだ後、少しだけ広がった静けさを壊さないように気を遣っているかのような口の開き方で、自分が知る計画の最後を語る。
「話を戻すとですね、とりあえず計画として決まっているのは、その拠点に設置した後、次の週末に大々的に信者全員を集めて、私達の神様がこちらにいらっしゃいます、的な感じのお披露目するってとこまでです。お披露目の時、あのお堂とか神様のことをどう話すつもりなのかは分からないんですけど・・・、まぁ、そういう細かい点は、あの人達には全然問題ないのかもしれませんね。世界観が違う感じなんで」
「まぁ、そうかな。たぶん、信者っていう仲間内なら、筋道立った説明とかしなくても、特に疑うこともなくざっくり受け入れられていくんだろうなぁ」
「世界観って、そういうモンだからな。・・・俺らは全く共有出来ない世界観だけど」
「だな」
「で・・・、どう、するかだよなぁ・・・」
「だな」
「ですよね」
宇江樹の話は終わった。そしてその終わりを受けて、井雲が何かを諦めたように、もしくは何とか話きった宇江樹に敬意を表するように、これから考えなくてはならない大きな問題を提示する。
とても曖昧な問いの形をとってはいたが・・・、それでも他の二人、芦と宇江樹がその意味を理解するには充分すぎるほどの形にした問いを。
芦達の静かな同意が響き渡った後、もう何度目になるのか数えるのも嫌気が差すほどの沈黙が広がった。自分の危機でもある話をされていると分かっているのか、いつの間にかみーさんもテレビ画面ではなく、芦達の方へ向き直り、心細そうな顔で三人を見上げている。
円らな瞳を心なしか潤ませて、物言いたげな眼差しで、じっと、じっと。
向けられるその眼差しに、居たたまれない気持ちを一番感じていたのは宇江樹だったのだろうが、しかし芦や井雲も、すぐに何らかの決断や結論を出せない自分達の情けなさに居たたまれなさを感じていた。
きっと頼りにしてもらっている、そう思うのに、向けられる思いに胸を張って応えられていない、むしろ背を丸めてこそこそしているような心境であることが、本当に、本当に情けなかったのだ。
しかしその自分自身を責めるような気持ちが頂点に達する頃、耐えかねたかのように洩らされたそれが、まるで表面張力を壊す最後の一滴と同じ働きを彼ら三人にもたらした。
「みぃ・・・」
本当に、その鳴き声、ただ、それだけ。でも、それこそが唯一でもあったのかもしれない。鳴き声を上げているのは、小さな姿をしていても、そして本当に見た目通りにまだ幼いのだとしても、ちっぽけな人間には計り知れない力を持っている、神様なのだ。芦達にあれだけのご利益をもたらす力がある存在なのだから。
何の力もなく、素晴らしい知恵もない、そんな芦達が出来ることなんてそれこそちっぽけだ。逆にみーさんは、一度は東狐達に怪我を負わされるなんて目にも遭っているが、しかし本当にどうしようもない危機的事態に直面すれば、どうにか出来るだけの力があるのではないかとも思うのに・・・、か細いその鳴き声だけで、芦達のぐずぐずとしていた決断力のない腹は、決定的なほど決まってしまう。
なかなか零れない滴も、零れる瞬間は一瞬にして嘘のように零れ落ちていくものらしい。
三人は指し示したように、視線を結んだ。しっかりと、今度はどんな衝撃があろうと決して解けないように。たとえどんな攻撃に遭おうと、皆で力を合わせて立ち向かえるように。
つまりは何があっても一人だけ逃げるなよ、ここまできたら一蓮托生だからな、という気持ちが込められているのだろうが。
三人は、純粋でもないし決意と言うには少々他の二人に依存していなくもないそれを固めると、お互いにその気持ちを分け合うように一つ、頷き合う。そして他の二人が自分と同じように頷いたのを見届けた後、自分達が今、固めた決意を言葉の形に変えた。
実行という、目に見える行動にその決意を移す為に。
「思うところは色々あるし・・・、まぁ、向こうも向こうで真剣に神様を思っての行動なのかもしれないけど・・・」
「持ち出しさせるわけにはいかないだろ。ってか、みーさんは嫌がってるんだし」
「阻止、ですよね。でも、正直、僕達三人で阻止出来るとは思えません。人数的にも向こうの方が多いですし・・・」
「あっち、少なくとも七人くらいはいるんだよな?」
「そうです。それに・・・、阻止なんてしようものなら、狂信的な馬鹿力で抵抗されること請け合いです」
「・・・狂信的な諸々には、俺達の力で抵抗しきれないもんな」
「ってことは、なんとかその馬鹿力と対決しないで向こうの計画を阻止出来るような計画を、俺達側も立てなきゃいけないってことだろ」
「・・・どんな?」
「だからそれを今から考えるんだろ」
「明後日が向こうの計画実行日ですから・・・、タイムリミットは明日一杯ってことになりますね。少しは時間があるのが、せめてもの幸いってことになりそうですけど」
「・・・だな」
方向性は、決まった。元より向くしかない方向だったが、そこに完全に向き直り、一歩を踏み出す為の切っ掛けをみーさんがくれたのだ。自分はアイツ等にお堂を持ち出しされたくない、芦達を頼っています、そんな思いがあのひと鳴きに込められているような気がしたから。
自分達にその思いに応える資格があるのか、東狐達の思いを阻止する権利があるのか、みーさんと東狐達を橋渡しする役目があるんじゃないのか、そんな諸々の疑問や戸惑いは全てどこかに放り投げ、見ない振りをする決断がみーさんのひと鳴きによって下せたのだ。
だって、みーさんは嫌がっているんだからと。
それだけが、たぶん、全ての免罪符。芦達にとっての、唯一の正論。でもそれだけあれば良いのだと、三人はもう他の方向を向くことなく、自分達に実行可能な計画案を出し合う。
腕力や狂信力では間違いなく負ける、それならば他にどんな手なら打てるのかと、持てる知力を限界まで振るって考える。三人寄れば文殊の知恵って言うからと、文殊の意味すら知らないまま、それでも何とか知恵を絞る。絞る。絞る。
しかし結局のところ、かち合ってしまえば色んな意味で負けると分かっている相手なのだから、向こうが行動を起こすより先に、自分達が動くという選択肢しかない。
問題は、何をどう、動くかなのだ。みーさんのお堂を奪われない為に、非力で何の権力も財力も人手もない三人に一体何が出来るのか? 向こうと比べて唯一勝っている点は、お堂の主であるはずのみーさんが自分達側についているという事実だけ。勿論、それが一番重要な点ではあるけれど。
考えは堂々巡りを繰り返す。
相手は直接的には阻止出来ない力がある、そして自分達に出来ることは限られている、限られているけれど、どうにかしなくてはいけない、どうにかしなくてはいけないけれど相手には色んな意味で勝てないという、思考の迷路を同じようにぐるぐる回り続けるだけの三人は、おそらくそのまま何も起きなければ、少なくとも今日一日は同じ道を回り続けるだけで終えていただろう。下手をすると、明日ですら一日中、同じ場所を回っていたかもしれない。
そんな三人を無間地獄のような迷路から救い出してくれる存在は、やはり・・・、神様たる、みーさんだけだった。
「みぃっ!」
「うぉっ、みーさんっ?」
「どうしたっ、どうした!」
「だっ、大丈夫ですかっ?」
ぐるぐる回り続ける三人に向かって、突然、みーさんが突撃するように抱きついてきたのだ。
小さな手を一杯に伸ばして、並んでいる三人のうち、真ん中にいた宇江樹の腹には頭を押しつけ、伸ばした両手で宇江樹の左右にいる芦と井雲の服の裾を掴み、三人共に抱きつくような行動を取ったみーさんの表情は、宇江樹に頭を押しつけた状態で俯いているので伺うことは出来ない。
ただ、驚きのあまり慌てながらも、次第に聞こえてくる鳴き声が弱々しい、心細いものでなく、まるで芦達を励ますような少しだけ強めの鳴き声であることに気がついて。
みーさんの頭を撫で、裾を掴んでくる小さな手を上から握ってその鳴き声に応えながら、芦達は回り続けている道の途中で、ようやく一旦立ち止まることが出来た。
そしてその数秒後、立ち止まったその場所でほっと人心地ついた井雲が、ふと、おそらく井雲自身、何も意識せず、小さな提案を口にする。
まるで頭上遙か彼方から、偉大な神様によって齎された天啓を口にするかのように。