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八百万が祭る お堂の中はお宝満載  作者: 東東
【第五章】お堂を保てばご利益炸裂
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「どうしたもんかって感じだな・・・」

「だな。ってか、どうしたいのかって感じでもあるな」

「・・・どうだと思う?」

「・・・何にも分からないからって、物凄いざっくり纏めた疑問を俺に投げつけんなよ」


 自分の中で深く迷走してしまっていた為、途中から外の攻防を完全に聞いていなかった芦が我に返ったのは、ドアの外から聞こえてきた、とりあえず危機は去ったから出てこいと告げる井雲の声によってだった。

 訳も分からず恐る恐る外に出てみると、疲れ切った顔をした井雲だけが何故か佇んでおり、宇江樹の姿はなかった。

 一瞬、もしや意味不明の恋に自暴自棄になって消え去ってしまったのかと訳の分からない発想が浮かんでしまったが、宇江樹を探し求めて視線が左右に揺れている芦を見て、すぐにその疑問を察した井雲の説明によって浮かんだ発想はすぐさま霧散した。

 代わりに、自己犠牲の精神で一向に話の決着が着かない東狐達を引き摺り去ったと聞いた宇江樹の行動に、感動のあまり再び目頭が熱くなってしまったが。

 瞬きを何度か繰り返し、滲む涙を振り払いつつ、テレビの前に戻って座り込みほっと一息ついた芦達は、色んな意味で犠牲になった宇江樹を哀れみ、静かに目を閉じて数秒、その精神的冥福を祈った。そしてほぼ同時に芦と井雲は目を開き、視線を交わす。

 もう数えるのも馬鹿らしいほどの回数に上った、互いの腹の内を探る為の無言の行動だった。そして結局は数秒後、お互い耐えきれずに口を開き、無意味な台詞を重ねてしまう。

 結論を出そうという積極性すら、初めから放り投げている無意味な会話。その間、みーさんも人心地ついて自分を取り戻し・・・、点けっぱなしになっていたテレビへその視線を向けていた。

 横目で芦が確認した画面内容は、丁度、芸能ニュースのおさらいコーナーだった。さっきも似たような内容を流しておいて、何故またおさらいなんてやっているのだろうという当然の疑問が芦の頭の隅を軽やかに駆け抜けるが、留まることなく駆け去ってしまったので、深く考えることもなく放棄する。

 そして視線を静かに井雲に戻し、会話に戻るのだが、特にこれといって新しい提案はなかった。芦と井雲、どちらにも。


「とりあえず・・・、アイツ等の・・・ってか、あの女の能力が謎なレベルでマジなのは分かったな」

「だよなぁ・・・、あれってさ、やっぱり信仰が成せる技ってヤツなのかな?」

「個人的には、あの異常な力を信仰って言葉で片づけたくない感じだな。妄執力って言いたい感じ」

「言い方はどうでもさ、神様を必要としているのはマジな気持ちなのかなって思ったんけど・・・、ってことはさ、どうなんだろ?」

「どうって、何が?」


 新しい提案は全くなかったが、代わりに井雲が洩らしたとても素直な感想に、芦が酷く複雑な顔で問い返す。それに井雲は露骨に嫌そうな顔で応え・・・、芦はいっそう複雑な顔で、井雲にはすぐに察することが出来ない疑問を口にした。

 当然のように疑問に疑問で返した井雲に向かい、芦は複雑な顔のまま、バスで抱いた疑問を話し出す。

 どんな理由であれ、神様を求めている彼女達からみーさんを隔離するのが正しい行動なのかどうか。みーさんと彼女達の間を取り持つことこそが、自分達の役目なのではないか、と。

 みーさんに聞こえないように小声で話されるそれを聞いているうちに、井雲の表情もまた、複雑なものに変わっていく。芦が浮かべているものと、よく似た表情。そして横目でちらちらと、テレビに夢中のみーさんを伺っている。

 おそらく頭の中で、十数分前まで宇江樹越しに対峙していた存在と見比べているのだろう。芦が問う、自分達が本来果たすべきなのかもしれない役目の、正当性を考慮する為に。

 そして芦が話し終わると、滅多に見せないほどの真面目な苦悩の表情を浮かべ、数秒、沈黙した後、酷くゆっくりと閉ざしていた口を開く。まるで重厚な、深く長い思慮を加えた言葉を象るかのような間の取り方で。


「・・・いや、でも可哀想だろ」

「・・・それだけ間を取って、そのコメントかよ」

「・・・他にコメント出来ること、あるか?」

「・・・ないな」


 とてもシンプル、というか単純なコメントだった。期待していた芦が呆れるほどのレベルではあったが、しかし同時に、芦としてもそれしかないよな、と思わずにはいられないコメントでもあった。結局のところ、芦も同じようなコメントに辿り着いてしまうのだ。

 あの、異常としか思えない東狐達の様子を思うと、どれだけ彼女達が真剣に神様を求めていたとしても、円らな瞳を持つみーさんとの間を取り持つ気にならないのだ。自分達が無信心で、防波堤のように間に入るのに相応しい存在だとは思えなくても、どうしても間を取り持つ気にだけはならないし、それが正しいとも思えない。

 二人、同時に洩れる溜息。視線を一旦離してみーさんを見つめたり、テレビ画面を確認したりしてみるが、諦めたように再び視線をお互いに向けて、また溜息を漏らす。感情的な感想はあるが、理性的な結論はどうしても出せないのだ。

 元より、理論的な議論が出来る問題でもなかったのかもしれないが。


「みぃ・・・」

「ん? どうしたの?」

「みぃ、みぃー、みぃ?」

「なになに?」

「あ、コップの中身が空なんじゃね?」

「ホントだ、喉渇いてるんだなぁ・・・、ちょっと待ってね」


 前にも後ろにも進めない沈黙が広がっている最中、突然みーさんが上げた物言いたげな鳴き声は、ある意味で良いきっかけになった。

 芦には気づけなかった訴えだが、みーさんが持っているコップに気づいた井雲の指摘で腰を上げた芦は、そのまま真っ直ぐ冷蔵庫に向かい、中から作り置きの麦茶を取り出してみーさんのカップに注ぎ、残りを冷蔵庫に仕舞って再び井雲やみーさんの傍に腰を下ろそうとしたのだが・・・、その直前、聞こえてきた音によって中途半端にその動きを止める羽目になる。

 響き渡る、チャイム。

 ・・・完全に、室内の空気が止まった。本当に、誇張なく一切の動きが止まり、動いているものはテレビ画面に映る映像、聞こえてくるものも画面からの音声だけになる。

 そして二秒後、皆の顔が哀れなほどに引き攣り始めたのだが、その固まった表情が恐怖に崩れ落ちるより先に、チャイム以外の音が聞こえてくる。正確に評すなら、音ではなく声なのだが。


「あのっ、すみません! 宇江樹なんですけど!」

「それを早く言えよっ!」

「チャイム鳴らすなよっ! 怖いだろ!」

「あっ、すんません!」


 宇江樹の人の良い声が、その時ほど芦達に怒りの声を発せさせたことはなかった。同時に、脱力するほどの安堵を与えたこともなかったが。固まっていた時間は一気に解け、芦達はドア越しに宇江樹に怒鳴るのとともに、井雲はその場で脱力して崩れ落ち、芦は慌ててドアに走る。

 その後ろで、みーさんは宇江樹が戻って来たことが嬉しいのか、小さな歓声を上げている。

 縋りつくようにドアに辿り着いた芦は、覗き穴で確認するまでもなく間髪入れず解錠し、ドアを開け放つ。あまりにも唐突で力強いドアの開け方ではあったが、既に芦のその開け方を経験済みの宇江樹は、ドアがぶつからない位置に退去済みで、前回のように驚くことはなかった。

 開かれた先に見えた芦の姿に、ただただ、ほっとした顔を見せている。


「あのっ、ホント、すみません! 驚かせちゃって・・・、でも、僕、芦さん達の電話番号とか知らなくて・・・」

「だよな! すぐ教える! 今、教える! ってか、ほら、中入れって! つーか、なんか、さっきは頑張ってもらってありがとうな!」

「いえいえ、元を正せば、僕の父が・・・」

「もうそれっ、いいから! ほら、入れ入れ!」

「すみません、お邪魔します」


 お家芸に近くなった謝罪連打を遮り、芦は宇江樹の腕を引っ張るようにして中へ連れ込んだ。そして宇江樹が玄関に完全に入ったところですぐさまドアを閉め、鍵をかけてチェーンもかける。この防御だけが自分達を守るのだと、固く信頼しているからだ。

 神様であるみーさんだって、鍵を開けるまで中に入ってこなかったのだからと。

 促されるまま部屋の中を進み、前と同じ位置に座った宇江樹を見届けたところで、芦も同じ位置に腰を下ろす。東狐達の襲撃前の状態にほぼ戻った芦達は、そこで何となくお互いに視線を交わし、形容しがたい溜息を漏らした。安堵の溜息ではないところが、少しだけ物悲しい。

 そして同じだけ・・・、溜息を零し終わった宇江樹が、救いを求めるように芦と井雲、両名へ視線を送るその仕草に、何かが起きたのだと確信した当の二人はもっと悲しくなったのだが。

 ただ間違いなく、その物悲しい話を持ち込んでしまっている宇江樹もまた、悲しいのだ。おまけに好きで持ち込んできたわけでもないのだろう。それが分かっているからこそ、芦達も宇江樹を責めるわけにはいかない。

 むしろ知らないままだと危険が及ぶ事柄を態々教えに来てくれたのだろう宇江樹には、感謝をしなくてはいけないのだ。それが分かる。分かるのだが・・・、人間、素直に感謝出来ることと出来ないことがあるわけで。

 一体誰が望んでいない口火を切るのか。空気は妙に緊迫し、硬直していた。しかしその固まった空気は、いとも簡単に崩される。理由は一つ、とても簡単なもの。口火を切るべき一番の理由があり、だからこそ戻って来た宇江樹がそのとても律儀な性格の通り、義務感に駆られて閉じていた口を決意の形に開いたのだ。


「・・・明後日、決行することにしたようなんです」


 声にならない悲鳴は、芦と井雲、二人の口から目に見えない形で迸った。宇江樹が義務感だけで必死に切った口火が象ったその意味が、誰に説明されずとも、二人には分かりすぎるほど分かってしまったからだ。

 決行する、それはつまり、計画として立ててある事柄を実行に移す、という意味。芦も井雲も、現在、計画といって思い当たる内容は一つしかない。実行されるのをただ指を咥えて見ているのはあまりにも躊躇する、宇江樹によって知らされたあの計画だ。


 お堂、移転計画。但し、お堂の主であるみーさんには無許可、という計画。


 芦としても、そして芦の疑問を聞いてしまった井雲としても、それより前から東狐達に抱いていた思いや印象とは別のものが今の胸の内には存在している。しかしそれはそれとして、お堂の勝手な移転計画を今の段階で認めるわけにはいかないと思うのだ。

 否、認める認めないなんて判断、芦達は出来るとは思っていないのだが、黙って見過ごすことは出来ない、とは思うわけで。

 ・・・どこかで、小さな音が聞こえた気がした。それはおそらく、どこからか零れ落ちる汗か何かの音だろう。そんな音が聞こえるほど不気味な沈黙が続いた。宇江樹が話し出す前に広がっていたと沈黙とは多少、その色を変えている沈黙だ。いっそう重くなった沈黙でもある。

 そして芦達にとっては残念なことに、もう宇江樹ですら口火を切る理由を持たない沈黙だった。

 間の抜けたコメントを垂れ流している芸人の声だけが、その場に広がっていた。三人が三人とも、お互いの様子を伺い、無言の駆け引きを繰り広げている。

 みーさんは時折そんな三人を不思議そうに見上げるが、あまりに黙り込んでいるので飽きてしまったのか、すぐにテレビ画面にその視線と意識を戻すと、映っている愚かなニュースに楽しげな目を向けている。映っている内容は、とても楽しげな目で見て良いような品の良いものではないが。

 続いた沈黙。押しつけ合っていた口火。それにとうとう負けて、今度の沈黙を破る口火を切る役目を負ったのは・・・、宇江樹だった。

 先ほどもその役目を負ったのに、再び状況に耐えきれずに重い役目を負ってしまうのだから、芦達以上に根性がないのか、真面目すぎるのか、気が弱いのか、もしくはそれら全てなのか、判然とはしないが、とりあえず芦達が宇江樹のその反応にとても助けられているのだけは確かだった。


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