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八百万が祭る お堂の中はお宝満載  作者: 東東
【第四章】お堂を巡って乱回転
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 ・・・電池が切れたようにとか、そんな表現がぴったりの状態で、宇江樹の大騒ぎは収束した。


 実際の時間にすれば、十分程度の大騒ぎ。しかし人間、全力で騒げば十分というのも結構な労働なのだ。

 宇江樹は状況を受け入れたのではなく、慣れたのでもなく、理解したのでもなく、ただ単にたった独りの労働に疲れ切り、脱力することによって結果的に黙った。

 呆然とした表情を斜め上に向け放心している宇江樹の様に、突然動かなくなったアトラクションに乗ってしまった子供のように怪訝そうな顔をしたみーさんは、答えを求めて芦と井雲の顔を交互に見るのだが、二人に出来ることは静かに首を左右に振ることだけだった。

 その仕草の意味は分からずとも、とりあえず楽しんだアトラクションが暫くは復活しないことだけは理解したらしく、みーさんは半ば飛び降りるようにして、ようやく宇江樹の背から離れる。それから芦と宇江樹の間に座り、まだ遊び足りなさそうに三人の顔をそれぞれ見比べていた。


「えっと・・・、お茶、飲みます?」

「腹、減ってるならコンビニの廃棄弁当とかありますけど・・・、食います?」

「・・・みぃ」

「ん? あ、そっか・・・、唐揚げ、まだ食べ終わってなかったんだっけ?」

「みぃ・・・」

「おぉ、よしよし。ご飯の途中だったんだもんな? ほら、食べて食べて」

「みぃ!」


 再び訪れてしまった沈黙の中で、最初に口火を切ったのは井雲だった。

 それに便乗するように、自分が提供出来る物の中で無料だけど商品価値が残っていそうな物を芦が勧めたが、その勧めに引っ掛かったのは唐揚げがまだ残っている弁当を思い出したみーさんで、そうなると会話はみーさん中心になってしまい、頭を撫でながらフォークを持たせてやり、もう冷えてしまった唐揚げを美味しそうに頬張るみーさんをとても微笑ましい気持ちで見守る。

 ・・・虚ろな眼差しを向ける宇江樹によって、すぐに注意は宇江樹に戻ったが。

 そして三秒ほど、何かに耐えきれずに生まれた沈黙の後・・・、時計の針はようやく、その本来の位置に戻って動き始める。

 勿論、その時計を持っているのは宇江樹で、茫然自失、放心状態だった宇江樹が、ある意味平和な自分の世界から帰還し、謎と未知に溢れ、辛いことが積み重なる一方の現実に戻る決意を固めたということだ。

 好きで固めたわけではない証拠として、額に永遠の傷として残りそうなくらいの深い皺を刻んで。


「あの、勝手に押しかけてきたのは僕の方だってことは、重々承知していますし、だから、つまり・・・、僕がこの場で何かを質問したり、剰えこちらのご家庭の事情に口を出したりするのは許されないのかもしれないですけど・・・、いえ、きっと許されない、許しがたい、えぇ、それは重々、本当に重々、もう一つ重々分かってはいるんですけど、でもっ、でもですねっ! それを承知の上で、あのっ、敢えて、そうです、僕は敢えて・・・!」

「・・・あの、とりあえず落ち着きましょう」

「ってか、この後に及んでそこまで丁寧な前置きしてもらわなくてもいいんで・・・、つまり事情説明プリーズってことですよね?」

「そうです! そうなんですっ! 僕っ、僕はぁ!」

「はいっ、深呼吸、深呼吸」

「見られちゃった以上、隠し立てする気はないんで・・・、ってか、隠しようもないんで、興奮しなくてもいちから説明するから、マジ、落ち着きましょう。芦、ちょっと、茶」

「だな」


 戻って来た現実にすぐには精神が適応出来なかったらしく、宇江樹はまたもや異様に丁寧すぎる前置きを語りながら、本題に入る前に興奮のあまり自滅していた。

 その様を見かねた芦と井雲の宥めによって深呼吸を行い始めた傍らで、井雲は宇江樹の背中を撫で摩ってやり、芦は井雲に促された通り、麦茶を取りにキッチンへ向かう。

 適当なコップに麦茶を注ぎ、元の席へ戻りながら宇江樹に差し出せば、たった数回の深呼吸でも大分効果があったらしく、多少は落ち着きを取り戻した宇江樹が礼を言いながら受け取り、ほぼ一気にコップの中身を煽って・・・、勢いよく噎せ、床に沈み込んでいた。

 近場で起きている騒ぎに当然、みーさんも反応しかけたが、そこはある程度学習を活かすのに成功した芦が、にっこり微笑みかけつつ注意をテレビに戻させる。

 ちなみにテレビはクリップを使って四つ股男の節操のない相関図を説明している真っ最中で、一瞬だけ画面の中に映る、そのクリップに視界を止めた芦は、内心、モテるのを良いことに複数の女と付き合う男はみーさんに天罰を下してもらうがよい、と妬みという悪の心で全力の呪いをかけていた。

 楽しげにしているみーさんが、芦のその呪いに気づいた様子は一切無かったが。


「・・・そのっ、すみま、せん・・・、何から何まで・・・、おまけに、うっさくて・・・」

「いや、これはもう、仕方ないからさ。ってか、大丈夫? ちょっとは落ち着けた? 話、聞けそう?」

「はい、もう・・・、お話は、聞けますので・・・」

「分かった。じゃ、まぁ・・・、初めから話すかぁ・・・。よく考えたら、宇江樹さんにはある意味、最初から関わりあることだし、これで丁度良かったのかもなぁ・・・」

「え?」

「そっか、言われてみたらそうかも」

「なっ、何がですか?」

「まぁまぁ。じゃあ・・・、芦が話した方がいいよな?」

「説明あんまり上手くないんだけどなぁ・・・、でも俺がした経験だから、まぁ、俺が話すか」


 当初の予定は完全に崩れ去ってしまったが、確かに井雲が口にした通り、宇江樹はある意味、関係者の関係者、親戚の親戚、友達の友達、みたいな人間ではあったのだ。

 それにどう悪意を持って差し引いても、宇江樹が誠実であることも確実で、それならばこうなった以上、全てを話して完全なる理解者になってもらった方が良いのかもしれないと二人とも思い直したのだ。

 ただそれを口にしている間、宇江樹は不吉な宣告を受けた哀れな犠牲者の顔で尋常でない回数の瞬きを繰り返し、額から一筋の汗を流している。元々哀れな状況下であるにもかかわらず、更に哀れになる確信を得てしまったのかもしれない。

 不幸なことに、その確信は事実となってしまうのがこの時点で決定だったのだが。

 そして決定している道の第一歩目を勝手に歩き出したのは、芦だった。


「直接のきっかけはさ、なんか、ちょっと言い難いんだけど・・・、朝、バイト帰りに宇江樹さんのお父さんを見つけたことだったんだよな」

「あ・・・、親父、ですか・・・、あの・・・、ホント、すみません・・・」


 出だしから宇江樹の謝罪を引き出す羽目になった芦の話は、時系列を追って、今に至る時間帯まで徐々に進んでいく。

 バイト帰り、見つけた二人組の様子に変な使命感を抱き、お堂を見つけたこと、そこで傷ついた小蛇に唐揚げをあげたこと、自宅に帰って一息ついた頃・・・、みーさんが訪ねてきたこと。

 最初は朝の出来事と結びつけていなかったこと、しかし首の鈴でもしかしてと思ったこと、だけどまだ確信は持てなかったのに・・・、とんでもないご利益が齎され、信じないわけにはいかなくなったこと。

 ご利益の大きさを聞いた瞬間、宇江樹の顔は引き攣った。その反応で宇江樹が自分達と近しい種類の性格をしているのだと改めて実感し、何故かとても心強い気分になりつつ芦の話は井雲を呼び出そうと決意したところまで進み、そこで自然と語り手は名前が出た井雲へと引き継がれる。

 巻き込まれるのだとも知らず、暢気にこの場所に来てしまった井雲の視点での話に。

 ここへ来たら宇江樹の時とは違い、問答無用でみーさんと対面する羽目になったこと、混乱の中、突然来訪者があったこと、見つからないようにみーさんとバスに隠れたこと、訪ねて来たのが宇江樹の父親達で、みーさんの様子からして、怪我を追わせたのが彼らであるのは間違いないこと。

 そして彼らが帰った後、手当をしてあげたら、みーさんが自分にも怖ろしすぎるご利益をもたらしてしまったこと。

 芦が話していた時と同じように、井雲のご利益の内容を聞いた宇江樹が、暫し静止画像のようになる。気持ちは芦にも井雲にも痛いほど良く分かったが、その点に触れても何も解決しない為、宇江樹の反応は流して更に話を進める。

 二人で考えた結果、他の神様に縋ろうとしたこと、しかしどの神社仏閣にも神様が居なかったこと、代わりにみーさんが楽しそうに願い事の数々を叶えてしまったこと。

 神社仏閣巡りの辺りで話し手をまた交換し、芦が語ったのだが、実例として幾つかみーさんが叶えてしまった願い事を聞いた途端、三度、宇江樹が生命活動を放棄した。

 呼吸活動を忘れ、瞬きを忘れ、思考を放棄している様が見て取れたが、やはり芦も井雲も敢えてその辺りの反応には触れなかった。触れても自分達が痛いだけだったので。

 色々スルーして進んでいく話は、とうとうラストへと近づいてく。勿論、ラストといっても問題は何も解決していないので、現在に近づいているというだけなのだが、それでもあの神社仏閣巡りでの最大の事件に近づいてはいた。


 あの・・・、血の気も凍る、謎の出没事件だ。別名、リアルホラーとも言う。


 未だに思い出すだけで鳥肌が立つその話を、しかし芦は鳥肌的恐怖心以外にも、ある種の哀れみを感じながら語り始めた。

 河原から上がった際の、何故か異様なタイミングで現れた彼女達と、その発言。みーさんを抱えて生命ダッシュを行った芦の背後を追いかけてきた、怪談話に出てきそうなあの事件を。

 案の上、芦が事前に抱いていた哀れみ通り、その事件を聞いた宇江樹は今まで三度起こった一時停止より、ずっと顕著な反応を見せた。

 今までは静止だったのが、もうそれすらも出来なくなったのか、何かの箍が外れたのか、話が芦の後を彼女達が追跡してきたところまで進むと、何故かそのタイミングで突然、「ふふ」と酷く短い含み笑いを洩らしたのだ。

 しかも顔に笑みはない。笑みは、ないのだ。ただひたすら真面目な表情のまま、笑い声だけが小さく、短く、低く、重く、その軽く引き結ばれていた唇から零れたわけで・・・、


 怖かった。純粋に、怖かった。一瞬、話の続きを躊躇するほど、怖かった。


 芦と井雲の視線はその時、決定的に絡んでいた。勿論、どうする? という、この次の行動を決断する為の視線的会話だったのだが、もうラストまで間もなくのところまで進んでいる上に、宇江樹から少々怖ろしい反応を引き出してしまった事件も語ってしまっているので、選択の余地なく、最後まで話しきるしかなかった。

 その為、芦は視線だけで井雲に『もしもの時は助けろよ!』という悲痛な訴えを送る。視線でされた芦のその訴えに、井雲は当然、重々しく頷く。

 ・・が、分かっている。二人とも、互いが分かっていることすら分かっている。芦が危惧する『もしも』の事態が起きた際、井雲は速攻で、考える余地なく、条件反射に等しいレベルで真っ先に自分の保身を図るだろう。

 小心者とはそういう生き物なのだ。逆の立場だったら自分も保身を図っているのが分かっている為、頷く井雲を見つめながら芦が胸の内で誓うことはただ一つ、『いざとなったらしがみついてでも逃げる井雲を引き留める。死ぬ時は一緒だ』だったりする。

 ちなみに井雲の方は井雲の方で、『いざとなったら蹴り倒してでも捨てていく。生き抜く時は一人だ』と覚悟しているのだから、本当に似た者同士、類友という二人だった。

 芦の誓いや井雲の覚悟はともかく、数秒の微妙な間が空いたが、それでも芦の口は一応動き続けていて、宇江樹の最大反応を引き出した事件も辛うじて語り終わった。

 そこまで語れば後は本当に僅かで、芦の魂のダッシュが功を奏し、無事、部屋に戻って来れたこと、そうして駄目になった他の神様にお縋りする案の代わりに、今後一体どうするべきかを考え出していて、暫定的な案としてみーさんをお堂に連れ行く案が出たが、ご利益の件やあの二人組をどうするべきか案が出せず、悩んでいたところに宇江樹がやって来てと、話はとうとう、今この時間に終着する。


 終着、したのだが、しかし・・・、終着と同時に非常に残念な出来事が起きた。

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