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八百万が祭る お堂の中はお宝満載  作者: 東東
【第四章】お堂を巡って乱回転
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「実は良く分からない部分も多々あるんですが、何かとんでもないことのような気がして、それでどうしようかと思ったのですが、芦さんのお名前があったので分からないかもとは思いつつも、一応と思いまして、突然で失礼かとは思ったのですがこうして伺わせていただきまして・・・、あの、今更ですけど、すみません、お邪魔じゃなかったですか? あの、こちら、お友達・・・、ですよね? あの、もしご都合が悪いようでしたら、そのもう少し何か、分からないですけどとにかく調べて、それでもし宜しかったら、もう一度お邪魔させていただければと・・・」

「いや、あの、とりあえずですね、コイツはまぁ、俺の友達の井雲海翔って言うんですけど・・・」

「井雲さん、ですか。あの、僕、宇江樹と申します。宇江樹蒼空です。実は先日から、僕の父が芦さんに大変なご迷惑をお掛けしてまして、本当に、なんてお詫びをすればいいのか・・・」

「あの、その辺りの話は芦から聞いているんで、改めて説明してもらわなくても大丈夫ですよ。ってか、話聞く限り、ぶっちゃけ、宇江樹さんも被害者みたいなもんでしょ? だからそこまで俺らみたいなのに畏まらなくて全然オーケィなんで・・・、あの、とりあえず具体的に何が起きて、何を話にきたのか言ってもらってもいいですか?」

「宇江樹さん、あの、井雲の言う通りなんで・・・、遠慮せず、言っちゃってください」

「いいんですか?」

「どうぞどうぞ!」

「もうっ、どんどんどうぞ!」

「じゃあ、その、有り難く・・・」


 中に招いたは良いが、突然の来訪に加えて、面識のない井雲が居た為、異様に恐縮してしまった宇江樹の発言は、腰を落として落ち着いた体勢になったにも関わらず、丁寧に迷走していた。

 腰が低いにもほどがあり、しかし卑屈というには醸し出す空気と苦悩を刻みすぎている眉間の皺が誠実すぎて、漂う悲壮感も併せて、哀れにしか感じられない様だった。

 その哀れすぎる台詞を最後まで聞くことが出来ず、とうとう芦と井雲の二人がかりで止めに入ったのだが、それでも尚、本題に入るのを躊躇していた宇江樹の誠実さは、何というか、芦と井雲を居たたまれない気分にさせていく。

 決して芦と井雲が誠実さのない、不実な人間というわけではない。・・・が、家族の為に必死な人間の誠実さは、突き詰めれば自分の為だけに必死な人間達にとって、目の奥が痛む存在なのだ。

 目がこれ以上痛まない為に、そして何より、おそらく得ておくべきだろう情報を得る為に、つまりはやはり自分達の為だけに駄目押しとして宇江樹を促すと、ようやく突撃してきてしまった自分を許せたのか、宇江樹の頑なに畏まっていた肩から微かに力が抜け、おずおずと芦と井雲を何度か見比べて・・・、何かを覚悟するように深呼吸を三つほど繰り返した後、真っ直ぐな眼差しに決意の色を滲ませてその口を開いた。


「実は最近、父親の動きが激しくて・・・、あっ、別に動き自体は中年なので特に素早くないんで、そういう意味じゃないんですけど・・・、なんていうか、そわそわしているし、頻繁に何かを調べているし、とにかくいつも以上に何かやるなって感じだったんです。それで僕もいつも以上に父の動きに注目して、ありとあらゆる所について回って、ありとあらゆる持ち物をチェックして、勿論、携帯の中もチェックして・・・」

「・・・スゲェな」

「・・・ってか、宇江樹さん、アンタの生活的には大丈夫?」

「え? 僕の生活がどうかしましたか?」

「どうかって言うか・・・」

「別に、普通ですけど?」

「・・・そっすか。なら、いいんで、話続けてもらえますか?」

「あ、はい。えっとぉ・・・、そうそう、それで父の様子がおかしかったので色々調べていたら、手帳に妙な内容の記述があって・・・、どうもおかしなことを計画しているみたいなんです。しかも芦さんのお名前もあって・・・」

「俺っ? 俺、俺がっ、俺が・・・!」

「あの、芦の名前って・・・、ってか、その計画って・・・」

「実は意味がよく分からないんですけど、なんか、どこかから何かを運び出すって計画みたいなんです。で、運搬に必要な物とかが羅列してあるページがあって、そこの隅っこに、芦さんの名前がメモみたいな感じで書かれていて・・・、それが何でなのかが良く分からないんですけど・・・、ただかなり気合いが入った計画みたいで、運搬作業みたいなのに、代表の東狐さんも含めた、会の重要メンバー全員で挑む、みたいなことが書かれていて・・・、あれ、絶対ただごとじゃないですよ! 僕、凄い嫌な予感がしてっ、それに芦さんのお名前も書かれてしまっていたので、とにかく妙なことをしようとしているっていうのはお知らせしないとって思って・・・」

「いや、それは本当に有り難いんですけど、でも、俺の名前って、何で・・・」

「つーか、運搬って何? どこから何を運ぶつもりなわけ? そういうの、書いてなかったの?」

「いえ、書いてはあったんですけど・・・、なんか、意味が分からなくて・・・」

「意味が分からない?」

「え? だから何? 何を運ぶって書いてあったの?」

「それが・・・」


 色々不吉な要素を孕みながらも軽快に進んでいた話は、その謎の計画の中心たる運搬物が何か、という辺りで宇江樹の何とも言えない困惑した表情と共に停滞した。

 何を運ぶかが書いていなかったのならともかく、書いてはあるがその意味が分からないという、聞いている方が意味が分からなくて困惑する台詞に、芦と井雲も宇江樹が浮かべているのと同じ困惑を顔に浮かべざるを得なくなる。

 芦達にしてみれば、あの二人組と宗教関係は意味が分からないことだらけなので、今更その行動に一つ二つ、意味が分からないことが増えようと、それ自体を戸惑うには値しないと思うのだが・・・、やはり身内が当事者だと感覚が違うのだろうかと、そんな発想ぐらいしか出来ない困惑の中で、二人共、今度は躊躇する宇江樹の口を開かせる台詞が出てこない。

 しかし幸いにも宇江樹は自力で踏ん切りをつけたらしく、いまだ強く困惑を滲ませた表情を浮かべてはいるものの、半ば閉じかかっていたその口を何とか開き、芦達が聞きたがっていたその先の台詞を発してくれる。

 宇江樹にとっては意味不明の、目にした瞬間から疑問と困惑しか生み出さない運搬物名称であり、そして・・・、芦と井雲にとっては、それを知るだけで計画の全容も目的も全てがすっきり分かってしまう、決定的な名称を。


「何のことか分からないんですけど、なんか、お堂運搬計画って書いてあったんです」


 だから運ぶ物はお堂なんでしょうけど、お堂を運ぶって何って感じですよね? ・・・と続いた宇江樹の声は、芦と井雲、二人共の耳に酷く遠く聞こえていた。

 首を傾げて困惑を継続中の宇江樹には悪いのだが、芦達にはあまりに決定的すぎる名前が聞こえてしまった為、数秒間、二人の意識は本気で二人の中から逃避をしてしまっていたのだ。それこそ出来ることなら永遠に逃げたいと願うほどの、本気の逃走を。

 勿論、出来る訳がない。出来る訳がないので、二人にとっては非常に残念なことに、数秒後には我に返る羽目になる。戻って来た先がたとえどれほど目を背けたくなる現実だったとしても、彼らが帰るべき場所はもうそこしかないのだ。

 もう、というより、最初からそこしかないわけなのだが。


「あの・・・、どうかしたんですか?」


 流石にすぐ傍で、数秒とはいえ意識が全力で逃避していれば気づかれるもので、自分の話に手一杯になっていたはずの宇江樹も、現実に戻って来たばかりの二人に向かって心配そうに声をかけてくる。

 口調としては、具合が悪い人間を心配しているそれだ。実際、芦達の顔色は急速に悪くなっている為、宇江樹の反応は適正といえば適正だった。勿論、理由は知る由もない。


「・・・あ、いや、なんでも、ないです・・・、な?」

「え? あ、うん・・・、平気、です」

「でも・・・、顔色、白いんですけど・・・」

「あ、俺ら、インドア派で、元々結構白いんで」

「もやしっ子なんです。子って言うか、大人なんですけど」

「大人のもやしって、不味そうですよねー」

「なー」

「・・・そう、ですね」


 心配されても、理由を問いかけられても、答えられることなんてない。

 だからこそ誤魔化す為に訳の分からない会話を重ねていくと、具合の悪さでおかしくなったとでも思われたのか、それとも純粋に突っ込みを入れるのを遠慮したかったのか、最後には宇江樹も曖昧な笑みを浮かべて何だか分からない芦達の会話を肯定する。

 そして宇江樹がとりあえず自分達の会話に否定を挟まなくなったのを良いことに、芦達は互いの顔を見合わせて、にっこりと微笑み合う。困難な事態を乗り切ったぞ、と互いを褒め合う笑みだ。

 ・・・本当は、特に何も乗り切っていない。そんなことは芦も井雲も分かっていたが、それら分かっている全てに目を瞑り、代わりに自分達にとって都合の良い解釈に伴う甘い現実を見ていた。少しぐらい夢を見ても良いだろう、そんな甘い精神で。

 甘い、甘い、甘い判断。だからこそ次の瞬間に、彼らは少々手痛いバチを受ける。天罰という程のものではない・・・かもしれないのが、せめてもの救いだが。


「みぃ・・・」


 ・・・手痛いバチの始まりを告げたのは、芦と井雲には既に聞き慣れてしまった、そんな愛らしい鳴き声だった。いつの間にか馴染むほど慣れてしまった鳴き声だった為、最初、無意識下で『あぁ、可愛いなぁ』と思う以外、他に取り立てて思うことはなかった。

 しかしその三秒後、二人同時に気づく。

 二人の間に挟まれた形で座っている宇江樹が、ホラー映画並みに顔を鳴き声の方向、つまり真後ろに向けていて、身体を死後硬直ばりに固め、瞼が裏返るのではないかと思えるほど、目を見開いていた。

 おそらく、呼吸は停止している。願わくば、それが一時停止であって、永遠の停止でなければ良いのだが。宇江樹のその様を目の当たりにして状況をようやく飲み込めたばかりの芦達は、呼吸の再開を促すことはおろか、願うことすら出来ないでいる。

 実は、芦達自身の呼吸も止まりかけていた。というより、いっそこのまま呼吸を止めて、酸欠で現実逃避してしまいたいと願ってすらいた。

 その間の対応を相手にしてもらい、目が覚めた暁には全てが万事、落ち着いていてほしいと二人揃って願っている辺り、本当に二人は似た者同士で、それ故に、お互いの願いが叶うことはない。二人とも相手に押しつけたいと願っているのだから、叶うわけがないのだ。

 三者三様の硬直時間、誰一人自主的には動かせない時計の針を、しかし全く無関係でいるただ一つにして絶対の存在だけはあっさり動かすことが出来た。時計の針が止まっていることすら気づかずにいるその存在は、同時に、彼らの時計の針を粉砕せんばかりに止めてしまった当事者でもある。

 勿論、非はない。たとえあったとしても、芦達が全力で否定する。万が一にも、天罰が下ったら怖いので。


「・・・みぃ? みぃみぃ? みぃー? みぃ・・・、みぃ!」


 時が止まっている為、人間三人は身動きが取れないでいるのだが、独りぼっちでバスに篭もることに飽き飽きしてしまったのか、いつの間にやら出てきていたみーさんは、子供らしい好奇心で目を輝かせ、初めて見る宇江樹を見つめていた。

 これがたとえば、芦も井雲も居ない状況なら多少の警戒心が沸いたのかもしれないが、二人と会話を交わしていたのが聞こえていた所為か、何の警戒も躊躇も沸いていなかった。あるのはその瞳で輝いている、好奇心だけ。

 首を傾げて宇江樹を見つめながら、何かを問いかけるように幾度か聞こえてくる鳴き声は、最初は伺うような響きを持ち、音量も小さく保たれていたのだが、固まり続ける宇江樹に業を煮やしたのか、それともやはり危険そうな人間ではないと確信が持てたのか、次第に音量は普段のレベルまで戻り、最後には何故か興奮した雄叫びのレベルにまで達していて。

 宇江樹はともかく、芦と井雲だけでもせめてその時点で我に返るべきだったのだ。

 みーさんの存在にある程度慣れていた彼らなら、それが出来たはず。しかし完全なる腰抜け二人組は出来るはずの行動すら起こせず、ひたすら固まって自分以外の誰かがどうにか対応を取ってくれないかと心のどこかで願うばかりだったので・・・、その願い通り、とうとう行動が起こされてしまう。

 勿論、起こした相手は腰抜け共ではなかったが。


「みぃー!」

「・・・うっ、おぉおぉぅーっ!」

「・・・あ」

「・・・おわぁ」

「みぃっ!」

「なにっ! なにっ! なにが何っ!」

「あー・・・、あの、とりあえず、すんません・・・」

「みーさんって言うんですけど・・・、ってか、俺らはそう呼んでるんですけど・・・、良い子なんで・・・、うん、大丈夫、大丈夫」

「みぃー!」

「いやっ、何がっ! 何がぁー・・・!」


 現場は数秒にして大荒れになった。というか、宇江樹が大荒れになった。芦と井雲は宇江樹が大荒れになった時点で自分達を当事者以外に無意識に置いてしまい、逆に妙に落ち着いてしまう。

 今まで混乱していそうな時もあまり大声を上げることはなかった宇江樹が、声を張り上げて荒れている姿を見ながら、芦と井雲は二人で何の効力もない、やんわりとした穏やかな台詞を発しながら視線を交わす。まぁ、無理もないよなと。

 興奮が頂点に達したのか、自分も仲間に入れて、遊んでよと思ったのか定かでないが、雄叫び・・・、というか歓声のような鳴き声を上げて突如、突進してきたみーさんは、考える余地のない自然な流れで宇江樹の背中に突撃した。

 より正確に表現するなら、背中を向けていた宇江樹に勢いをつけたおんぶ要求をした形だ。走ってきた勢いのままに宇江樹の背中に体当たりし、首に細い両手を回してしがみつく。小さな子泣き爺状態。

 傍から見ていると愛嬌があることこの上ない行動だが、芦達は見慣れていてもみーさんは全身黒鱗という、明らか過ぎるほどの異形だ。

 そんな存在が突如、背後に現れ、そして振り向いてその姿を見たきり固まり続けていた身体にいきなり突進されてしまったのだから、宇江樹にしてみたら堪らないだろう。

 勿論、この場合の『堪らない』は、耐え難い悦びを示す方の『堪らん!』ではない。『お助け下さい!』の方の『堪らない』だ。

 おまけに抱きつかれた時の宇江樹は、みーさんに背中を向けてはいたものの、顔は真後ろに向けていたのだから、抱きついてきたみーさんの顔を物凄い至近距離で目の当たりにする羽目になり、それがまた、いっそうのパニックを生んでいた。

 円らな紫の目や、愛嬌のある笑顔などは相変わらずとても可愛らしいのだが、そういう造りは別として、落ち着いてもいなければ慣れてもいない時点で眼前に鱗顔が広がれば、左右から聞こえてくるほぼ無意味なコメントなんて耳に入るわけもなく。

 身体を統一性なく前後左右に揺らしながら、ひたすら意味を成さない単語を喚きつつ、両手を訳の分からない方向へ振り回している宇江樹はみーさんにしてみれば面白いアトラクションでしかなく、「みぃ!」とはしゃぎ声を上げては時折、左右にいる芦や井雲に笑顔を向けている様は、本当に、本当に満足そうで。


「楽しそうで何よりだなー」

「そうだな。終わり良ければ全て良しとかって言うもんな」

「なー」


 ・・・二人は意図的に作った穏やかな声で穏やかな台詞を交わし、全てを諦めて戦線を勝手に離脱した者に特有の中途半端な笑みを浮かべ、とりあえずは暫くの間、もう仕方がないので自分達の平穏を満喫することに専念しようと誓ってしまったのだった。

 善良と保身、この二つはどうやら並び立たないものらしい。

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