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八百万が祭る お堂の中はお宝満載  作者: 東東
【第三章】お堂を離れて交々散策
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「なんだろな・・・」

「みぃ?」

「いや・・・、なんだろ、上手く言えないんだけど・・・、でも、どうなんだろ・・・、叶えるのかな、ここの神様」

「みぃ、みぃ・・・、みぃみぃ」

「ん? どうしたの? みーさん」


 形が分からないもどかしさで芦がつい微妙な呟きを漏らせば、じっと女を見つめるばかりだったみーさんが、ようやく芦に振り向いた。

 しかしせっかく振り向いてくれても芦は今の自分の気持ちをどう表せば良いのか分からず、曖昧に誤魔化すしかなくなり、顔にもその曖昧な発言そのままの曖昧な笑みが浮かべるしかなかった。

 ここにいる神様に対する、本当に素直な疑問。思っていることの全てを口に出すのは天罰が怖くて出来ないが、かといって何も疑わずに信じることはどうにも出来ない、そんな曖昧な状態。

 するとそんな芦を見上げていたみーさんは、何度か左右に小さく首を傾けると、ふいに神社の方へ視線をやって・・・、そうかと思うとすぐに芦にその視線を戻し、今度は緩やかに首を振った。明らかな、否定の態度。

 しかし一体何を否定しているのかが芦にはさっぱり分からない。特に何かを質問をした覚えもないのだ。それなのに何を否定されているのか?

 みーさんの不可思議な態度に、今度は芦が首を傾ける羽目になったのだが、芦のその態度には疑問を覚えないのか、みーさんは再び視線をあの女の方へ向けてしまう。

 そしてじっと、じっと見つめた後、小さい子が大人ぶってやる仕草のように、難しげな顔をして眉間に小さな皺を刻み、浮かべたままの難しげな顔の上に、哀れむような色を滲ませて、力強く一度、頷いたのだ。

 その後、何か偉大なことを成し遂げたかのように満足気に綻んだ顔をフードの影に見つけて、壮絶に嫌な予感が芦の全身を駆け抜けたのは、おそらく、経験に基づく確信に等しいものだったのだろう。

 そしてその確信は、まともに思考が出来ない状態の芦が、それでも駆け抜けた予感に微かに震えて見守る先で現実のものとなる。あまりにも、呆気なく。


 突然境内に響き渡った携帯電話の着信音は、起きてはならない、起こしてはならない奇跡の音だった。


「もしもし・・・、え? うそ・・・、本当? 本当に本当なの? 宗二君、あの女と別れるのっ?」


 静かすぎる境内では、多少の距離があってもテンションの上がった女の高い声は良く聞こえた。

『ソウジ』ってどういう字を書くんだろうな、女二人に好かれるくらい良い男なんだから、それに相応しいぐらい格好良い字なんだろうな等、聞こえてきた声に対して抱いた芦の感想は、明らかに現実から全力で目を逸らしたものだった。

 それはもう、力の限りというより、力が足りなくても絞り出すくらいの気持ちで現実から目を逸らした芦から僅かに離れたそこでは、このまま目を逸らし続け、事態を理解することすら放棄し、この場所から離脱しようと画策するしかない現実が誕生したわけなのだが、非常に残念なことに、芦が我を失いかけながらも行ったその画策を現実のものとすることは叶わなかった。

 何故なら芦の視界の範囲内で、目を逸らしたはずの現実を突きつけるような光景が広がっていたからだ。


 みーさんが、満足げな顔で再び力強く頷くという光景が。


「みっ、みーさん!」

「みぃー!」

「いや、『みぃー』じゃなくって!」


 見えてしまった光景につい突っ込みを入れてしまった時点で、芦の敗北は決定していたのかもしれない。もし見えたそれさえも無視して画策を現実のものとし、その場を逃走していたなら、とりあえず一旦は心の平和を確保出来たのかもしれない。

 たとえそれが一時のものであっても、一時だけでも心の平和が訪れるかどうかは、人生の中で結構重要な意味合いを持つものだ。

 つまり芦はその重要な、得がたきものを得られなかったのだが、そんなちっぽけなこと、ご機嫌状態の神様、みーさんには興味がないらしく、芦の現実を嫌々ながらも直視した制止は、全く通じなかった。

 それどころか身を屈め、視線を近づけて必死に言いつのろうとしている芦の様子が面白いのか、それとも芦がたった今、自身が成したことを褒め称えているとでも思ったのか、尚いっそうご機嫌になって視線を向けようとする。あの・・・、


 明らかに、起こるべきではない奇跡をみーさんによって得ている女へ向かって。


 ・・・そう、間違いなく、芦の視線の先で起きているらしい奇跡はみーさんの仕業だった。みーさんの様子、あの女に訪れたタイミングが良すぎる電話、及びその会話内容からして、まず間違いないのだ。

 みーさんが、あの女が自分勝手だろうと何だろうと、切実に望んでいた奇跡をもたらしてしまったのは。そして今まさに、更なる奇跡を起こそうとしていたのは。

 たぶん、拙い。いや、確実に拙いだろ。それも物凄く拙いのかも。いや、間違いなく物凄く拙いに決まっている! ・・・等々、芦の精神は焦りのあまり一杯一杯になっていた。

 それもそのはず、芦がネットで見た話によれば、この神社は元々結ばれていた縁を切って願った方に縁を結び直してくれる、一部の当事者にとってみればいい迷惑な神社ではあるが、それも一応、思いの真摯さや重さを計ったうえで、という話のはずだった。その、はずだ。


 ここの神様が対応に当たってくれていたならば、だが。


「みぃっ!」


 ご機嫌だった。みーさんは、ひたすらご機嫌だった。良いことをしたと言わんばかりにご機嫌で、更に何かしてやろうかと言わんばかりにうずうずしている。

 それは神様の態度というより、自慢げに余計な手伝いをした子供の態度と同じで、どう見ても、そう、どう頑張って見ても、話にあったここの神様のように、それぞれの気持ちを比較した上で視界の先にいる女に有利な現象を授けたとは思えない。

 ただ単に、目に止まったから手伝ってあげました的な行動に違いないのだ。


 ・・・どーすんだ、これ?


 嬉しげに、楽しげにしているみーさんを前に、芦の意識は遠退き始めている。先ほど図ろうとした全力の現実逃避とは違い、意識そのものがこの世から離れそうになっているのだ。

 それぐらい、直視させられた現実は途方もなく、あの怖ろしい金額の宝くじの当選を齎された時同様、何をどうすればいいのかさっぱり分からなくなってしまって。

 だが間違いなく、そのすぐに遠退いてしまう脆弱な精神の、すぐに途方に暮れてしまう現実に対する対応力の低さが敗因だった。もしもその場に踏み留まる程度の力が芦にあれば、事態は最悪、そこまでで終わりを見たかもしれないのに。

 何よりみーさんが何かしたくてうずうずしているのに気づいていながら、どうして呆然としていられたのかと、芦は数秒後、真剣に直前までの自分を罵倒する羽目になった。いくら遠退いても聞こえてくるみーさんの一際ご機嫌な鳴き声と、いくら遠退いていても見えてしまう力強い頷き、それにやっぱり聞こえてきてしまう、女の歓喜の声によって。


「ほん、とう・・・に? 本当に本当なの・・・? 私と・・・、結婚しても良いって、今、本当に・・・、本当にそう、言ったの・・・?」


 誰だそんなこと言ったのは! ってか、オマエらまだ付き合ってもいなかっただろ! 展開早すぎだぁー! ・・・という絶叫が響き渡った。勿論、場所は芦の胸の中だ。物凄い大絶叫。そして同時に、神様から与えられるご利益の理不尽なほどの大きさに眩暈にも似たものを覚えて。

 覚えて? いや、ちがう、今は優雅にそんなものを覚えている場合ではなく。


「みっ、みーさん、駄目だって!」

「みぃ?」

「いや、だから『みぃ?』じゃなくって! マジに駄目だったらっ、勝手に人間のお願い叶えちゃ! みーさんはここの神様じゃないんだから! つーか・・・、」


 ────ここの神様、どこ行った!


 最後の悲痛な絶叫は声にならなかったが、たとえ声に出していたとしてもここの神様には届かなかっただろう。

 なんせ、みーさんのその後の反応と、いくら念じても何の反応もない神社の様子からして、どうも何故かここの神様はお留守らしく、その為にみーさんという別の神様が勝手気ままに代わりに願い事を叶えてしまっても、文句一つ言ってこなかったようなので。

 それでいいのか、神様? ・・・という、虚しい芦の問いかけにも、当然、応える者は存在していなかった。


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