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八百万が祭る お堂の中はお宝満載  作者: 東東
【第三章】お堂を離れて交々散策
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 問題の根は、深かった。もしくは、芦達に掘り返すだけの根性が足りていなかった。


 問題点を纏めれば、話はとても簡単に要約出来るものではあった。大きく分けて、それは二つしかないのだから。与えられた巨額過ぎるご利益をどうするべきかと、いらっしゃって下さり、現在進行形で楽しげに滞在されている神様に、今度、一体どう接するべきかの二点だ。

 二点とも、正直に言えば問題解決への道が何一つないというわけではないのだが、欲深き人間である芦達は、己の願望も捨てきれずに残っている為、どうしても進むべき道を見つけられずにいた。

 特にご利益は、怖すぎて貰えないがやっぱり欲しい、みたいな自分との戦いの相体も見せ始めている。・・・見ているのは、芦達自身だけではあるのだが。

 そしてそんな芦達が唯一、前進出来たのは・・・、


「みーさん、ちょっと待ってね、今、唐揚げ、チンしてあげるから」

「みぃー」

「いや、ちょっと温めた方が美味しいから、待っててね? ほら、井雲とテレビ見てよう、ね?」

「みーさん、ほら、芸能ニュースやってるぞぉー」

「みぃ? みぃっ、みぃー!」


 ・・・神様という、人間を人間呼ばわりするのと変わりない漠然とした呼び方から、個人を限定する呼び方に変えた点だろうか。個人、というか個神というか。解決しなくてはいけない大きな問題と向き合うことがどうしても出来なかった、二人揃っても一ミクロンも根性量がアップしない芦達が、散々無意味なやり取りをした結果、見つけ出した小さな問題。

 神様って呼ぶのはちょっと可哀想だ、というそれを、最初に言い出したのがどちらだったのかは定かでない。定かに出来ないほど些細なきっかけで生まれた問題だったからだ。

 しかしその小ささが丁度良かった芦達は、喜び勇んで浮かんだ小ささに飛びついて、ああでもない、こうでもないとひたすらその問題解決に時間を費やし、結果、芦のバイト時間がやってくる二時間ほど前にようやく解決案を見出した。


 それが、『みーさん』だ。


 勿論、鳴き声からの連想による名前だった。本名があるのかどうかも分からない為、あくまで暫定的な名前・・・、いや、むしろ渾名のレベルのそれは、鳴き声からの連想ではあったが蛇を巳とも言い換えられるので、そちらの意味でも使えるのではないかという話になったのだ。

 ただ、二人とも大分エキサイトしていた為、どちらが最初に言い出した案なのかはやっぱり今となっては分からないのだが。

 しかし二人にとってなかなかに良い案だと思えるそれを決定するまでには、またもや二つの大きな問題に直面していた。一つはいくら善意で、且つ、真剣に考えたとはいえ、神様に勝手な名前、もしくは渾名を付けてしまって良いのかどうか、という問題。

 そしてもう一つの問題は・・・、神様に付ける名が、そんなに安易なもので良いのかどうかという問題だった。

 大きな、問題だった。大きすぎる、問題だった。特に二つ目の問題は、二人にとってどころか、誰がどう聞いても立ち止まらざるを得ないほど大きな問題だった。

 むしろ何故そこまで大きな問題があるにも関わらず、そんな問題が生まれるような案を思いついてしまったのか、思いついたとして、どうしてすぐさま立ち止まって却下することが出来なかったのかという突っ込みを入れたくなるほど、大きな問題だった。

 本来ならそこまで大きな問題がある以上、立ち止まり、引き返すのが当然の反応だったのかもしれない。そして一般的に普通と評される立ち位置から動く気もなければ力もない二人は、当然だと思われる反応をするのが当然のはずだった。

 ・・・が、しかし。出来なかった。二人はその時、当然であるべき反応をすることがどうしても出来なかった。もしそんなことをしてしまえば、逃げたはずの大きな問題と向き合う羽目になるからだ。

 一体どこまで逃げれば本来の問題の元に戻れるのか、心の片隅で考えながらも、直視することは出来ないでいる二人だったりする。

 そして二人は、直視出来ない問題の代わりに議論した。二つの、本来なら立ち止まるべき問題を抱えた小さな問題を、徹底的に議論した。結果、二人は結論を出す。一つ目の問題には、これは愛称だ、人間が親しみを持ってつける、人間側の渾名だと思おう、という結論。

 たぶん、大した議論をしなくても出るだろう、わりと安易な答えを大真面目に出した。そして二つ目の問題、一つ目より更に大きなその問題には・・・、愛称なんだから、安易でもいいんじゃね? という、一つ目の答え以上に安易な答えを出してしまった。

 議論する意味がどこにあったのか、二人はその疑問にこそ、答えを探すべきだったのかもしれない。午後一杯、人生にとって有限であるはずの時間を湯水のように使っての、その結論。しかも無事答えを出せたことに多少の満足を顔に滲ませ、視線を合わせて何度か頷き合うに至っては、どうしてこの場に突っ込み役がいないのか、それが本当に悔やまれるほどで。

 ちなみに何故『みー様』ではなく『みーさん』なのかといえば、小さな子供の姿をしている存在を、いくら神様だからとはいえ、様付けで呼び続けていると自分達が少々危ない人間に思えてくるから、という理由だった。

 神様という存在を本当に敬っているのかどうか、かなり疑問に思える理由だが、本人達には自覚がない。自分達のことを客観的に捉えきれない、ある意味、これが今時の『普通』の若者なのかもしれない。

 そうして芦達が小さな疑問を解決し、人心地ついて、早めの夕食を取ってしまうと時刻はもう、芦のバイト時間になっていた。今日ぐらいはバイトを休むべきではないかという意見も出たが、バイト時間が迫っているのに今更店長にそんな申し出をする勇気は芦にはなく、そうなると神様改め、みーさんだけを部屋に残してしまうことになるわけで・・・、流石にそれは無理だろうと考えた二人が、更に考えて、考えて、結局、芦が居ない間、井雲が部屋に泊まり込むということで話は決着した。

 当然、何で俺が! という井雲の悲痛な突っ込みが部屋に響き渡ったわけだが、当事者の一人になってしまったのだから仕方がないだろう、というのが芦の考えだった。

 しかしその考えを芦があからさまに口に出すことはない。何故なら一応の自覚はあるからだ。自分が巻き込んだ側だという自覚が。

 少々微妙な笑みを浮かべた芦と、がっくりと項垂れた井雲、二人の寸劇めいたやり取りを、おそらく訳も分からないまま楽しげに見ている神様、みーさん。

 三者三様の反応を見せた彼らは、それから芦は深夜労働に励み、井雲はみーさんの子守に専念し、みーさんはテレビで流れるくだらない番組全てに喜び、結局、真面目なニュースばかりの時間帯になるまで嬉しそうに井雲と並んでテレビの前にいた。

 その後、ベッドに並んで横になり、井雲に掛け布団の上から軽く叩かれながら眠りにつく様は、神様というよりは本当にただの人間の子供のようで、井雲にも自分が寝ぼけながら寝かしつけている存在が人ではないことを半ば忘れかけるほど・・・、平和な眠りが訪れていた。


 そうしていつも通り、ある程度、勤勉に芦が労働し、井雲が静かで平和な眠りを得ている最中、神様同居ライフ二日目が始まることになる。


 芦は労働を終え、帰宅に着こうとする直前、散々迷っていた。勤め先のコンビニでタイムカードを通した後、鞄を肩にかけながら迷っていた。目の前に積まれたブツを、どうするべきかを。

 店長から直々に、毎回『どうぞご自由に』とされているブツ・・・、つまり廃棄弁当を前に、いつもなら三つ、もしくは井雲が来ると決まっている日はもう幾つか選んで持って帰るそれを見て、今日ばかりはどうするべきか本気で色々悩んでしまったのだ。

 自分と井雲の分を持ち帰るのは構わない。否、むしろ節約の為、是非持ち帰るべきだろう。井雲だって、廃棄弁当だろうと何だろうと食事代が浮けば喜ぶのだ。いつもそうだし、今日だってそうだろう。何の弁当でも特に文句も言わないので、だからその点は何も悩んでいない。

 悩むべきなのはそんなことではなくて・・・、みーさんの食事についてだった。

 視界に映ってしまうのは、幾つか積まれた唐揚げ弁当。しかも廃棄弁当とはいえ、まだ数時間の賞味期限猶予を残している。いつもなら持って帰るそれを、今日も持って帰って良いのか、持って帰ったとして、神様であるみーさんにまた廃棄弁当を差し出すわけにはいかないのではないか、でもこれを持って帰らないのは勿体ない、買うとなると五五〇円する、今流行のワンコインで買えないし・・・、等々。

 芦の葛藤は深く、重かった。たとえ他者から見ればどれほどくだらなかろうと、浅かろうと、軽かろうと、芦本人にとってだけは重かった。なんせ芦は決して裕福ではない。

 夜の十時から朝の六時までコンビニでバイトを週五日はやっているし、実家からは金銭的な援助はないが、色々と食料を含めた定期便もあるのだが、しかしそれでもワンコイン以上を軽々使えるほどの身分ではない。使ったとして、後悔しないほど思い切りも良いわけではない。

 だからこそ、迷った。タイムカードを通して、上着を着て、帰宅する準備は万端に備えたにも関わらず、自分と井雲の分の弁当は袋詰めしたにも関わらず、事務所から出ることが出来ないほど迷っていた。

 もし事務所に積まれている唐揚げ弁当を持ち帰らないのなら、事務所を出た後、自腹を切って唐揚げ弁当を買わなくてはいけないからだ。大切な、大切なワンコインが・・・、否、それ以上のコインが財布から出て行く様が脳裏に浮かんでしまうと、芦の足はどうしてもその場を動こうとしない。

 自宅に、その廃棄唐揚げ弁当と多大なる苦悩を引き替えに、数億円相当の紙切れを所有しているとは思えない男の苦悩ぶりだった。


「あれ? 芦君、まだ帰ってなかったの?」

「あっ、すみません!」

「いや、べつに謝ってもらわなくても全然良いんだけど・・・、どうかしたの? なんか、ぼうっとしているみたいだったけど」

「あー・・・、えっとぉ・・・、弁当、廃棄のヤツ・・・、持って帰ろうかどうしようか迷ってて・・・」

「え? どうしたの、突然。持って帰れば良いじゃない。いつもそうしてるでしょ・・・って、あれ? それ、もう袋詰めしてるんじゃないの?」

「いえ、他のは詰めたんですけど・・・、この、唐揚げ弁当、どうしようかなって・・・」

「どうしようって?」

「いや、なんか・・・、あの、俺、いつも全然弁当買わないで、ただで持って帰ってばっかりだから、悪いかな、なんて思って・・・、偶には唐揚げ弁当ぐらい、買った方がいいのかな、なんて思ったりして・・・」

「えぇっ?」


 唐揚げ弁当を見つめること、数分。店から戻って来た店長に声をかけられ、自分が取っていた明らかな不審行動を誤魔化すように立て続けに芦が吐き出した台詞は、考えてのものではなく、吐きながら考えたものだった。

 しかし自分の声が耳に入った時、芦自身は咄嗟に口にしたにしてはなかなか考えられた台詞だと感心した。なるほど、筋が通っている、と。

 しかしそう思ったのはどうやら芦だけだったらしく、目を丸くして数秒、芦の顔をじっと見つめた店長は、客商売に最適な人の良さそうな、人畜無害的な、系統的には芦と同じ方向性の顔に突如、朗らかな笑みを浮かべると、何の拘りもない、笑みと同じ朗らかな声で芦が咄嗟に口にした言い訳を優しく粉砕してくださった。まずは最初に響かせた、楽しげな笑い声で。


「・・・えっとぉ、店長? どうかしましたか?」

「いやっ、だって芦君がいきなり変な気を遣うから・・・、なんか、おかしくなっちゃってね」


 ごめん、ごめんと笑う店長は、目尻に涙まで浮かべて笑っていた。そして指先でその涙を拭うと、とてもあっさり言うのだ。「今更気にすることないよ」と。顔一杯に浮かべた笑みは、完全なる善意によって築かれていて、向けられる眼差しは鉄壁の信頼によって支持されている。

 それは芦が既に年単位で勤めるこのコンビニで築き上げた信頼だ。

 それは芦がこの数年で得た、価値があるもの。その認識に間違いはない。ただ、その掛け替えのないものが良い結果を出すかどうかはまた別問題になるのだが。


「笑っちゃってごめんね、吃驚したけど・・・、そうやって気遣ってくれて嬉しかったよ。でも気持ちだけ貰っておくから、気にせず持ってお帰り。どうせ捨てるにしたって廃棄代がかかるんだから、それぐらいなら持って帰って貰った方が経費も浮くし、何より捨てるよりは毎日真面目に働いてくれている芦君のお腹に入ってくれた方が、この弁当を手配した僕だって嬉しいよ」

「・・・そう、ですか?」

「勿論。うちに勤めている特典だと思って、持って帰ってよ。じゃなかったら、従業員として、経費削減に協力していると思ってもらってもいいからさ」


 二つくらい持って帰っちゃいな、袋に入るでしょ? ・・・と、そう言った店長は積んであった唐揚げ弁当を二つほど手にし、芦が持ったままだった袋に器用に納めてしまう。芦はその様を、ただ眺める。つまり店長の行動を妨害したりはしなかった。しなかった、というより、芦の主張としては、出来なかった、という表現の方が正しい。

 何故なら芦は善意でやっている人の行動を自分の判断で止めることが出来るような、芯や骨がある人間ではなかったからだ。そういう固そうなものを全て引っこ抜いて立っている、軟体動物よりは少々固めの生き物であるだけで、それ以上では決してない。


「はい、チンして食べてね」

「・・・ありがとうございます!」

「いえいえ、これ食べて、明日も元気に働いてね」

「勿論です!」


 持たされた弁当の数は、明らかに一人では食べきれない量。誰かと食べるなんて言っていないのにこれだけの量を持たせるのは常識的に考えて可笑しいと思うのだが、可笑しいと思っている人間は最初からこんな数を持たせないので、簡単に纏めると店長は多少、変わっているのだろう。

 しかし芦が受け取って良いのかどうか判断に迷う状態にも関わらず、全く意に介した様子もない店長は変わってはいるのだろうが間違いなく善人で、その善意だけで容量を超えた廃棄弁当を詰め込まれたコンビニ袋が手渡されてしまったのだ。

 芦はそれを受け取った。しっかりと、両手で受け取った。思いっきり笑みを浮かべて、受け取った。元気なお礼つきで、受け取った。芦にはそれしか出来なかった。出来なかったのだ。

 出来なかったのだが、しかし・・・、心の片隅で、この場合は仕方がないよな、だって店長が強引に渡してきたんだし、と何かに対して言い訳している自分もまた、はっきりと自覚していた。

 ワンコインを超過する支出をしないで済んだ、という打算まであることもまた、自覚して。


「それじゃあ・・・、お先に失礼します!」

「うん、お疲れ様」


 いつも通り、否、いつも以上に膨らんだビニール袋を自転車の前籠に収め、芦は颯爽と早朝のまだ暗い道を自宅へ向けて出発する。色んな言い訳を内心だけで誰かに改めて告げつつも、支出がなかったことを喜ぶ心を、これまた誰かから隠しながら、誰と出会うことなく順調に進む。

 途中、あの緑の前で心拍数が上がる自分も感じながら、見渡す限り人影がないことを歓迎しながら、ひたすらにペダルを踏み続けて。

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