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八百万が祭る お堂の中はお宝満載  作者: 東東
【第二章】お堂の先から神様襲来
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 宇江樹蒼空(うえき そら)、とその男は名乗った。


 蒼空、という爽やかな名前のわりには思い詰めた顔に悲痛な色を浮かべ、実年齢に似合った若々しさが失せている男だった。

 ちなみに、年は芦達より一つ下の二十三才。眉間に苦労が染みついたその顔で年齢を告げられた時、芦は自分達より遙かに長く、重い苦労を背負ってきたのだろう男に、理不尽な言いがかりをつけられたことすら忘れて物凄い同情をしてしまった。

 そして詳細な話を聞くより先に、察してしまう。あのイカれた二人組に迷惑を被っている被害者なのだと。


「突然押しかけて、変な言いがかりつけてすみませんでした。てっきり新しいメンバーなのかと思って・・・」

「いや、こっちも怒鳴りつけて悪かったよ。ってか、おたく、被害者の会的な人なの?」

「僕個人としては被害者なんですけど、大きな意味では加害者的要素もないと良いなぁって言うか・・・」

「えっとぉ・・・、語尾が曖昧すぎてなんだかよく分からないんだけど?」

「実は・・・、身内が、あの宗教に嵌まってまして・・・、それで、困ってて・・・」

「・・・つまり詳しい? アイツ等のこと」

「まぁ、ある程度は」

「・・・ちょっと待ってて」


 ドア越しに放った芦の反撃に、思い詰めていた男、宇江樹は我に返ったらしい。芦の反撃の残響が消えるのと同時にとてもおずおずとした口調で「すみません、あの・・・、会の、関係者じゃないんですか?」と確認してきた宇江樹の声に、元より強気の態度が持続しない性格の芦も、あっさりと我に返った。

 そうなるとお互い、たとえドアを挟んででも感じられるのは、あの二人組、しいては『埋け火を授かる会』とやらに迷惑を被っている者同士であるという直感で、芦はまるで同志が訪ねてきたかのような心境であっさりとドアを開いた。勿論、チェーンはつけていたのだが。

 そうしてまず最初に名を名乗り、改めて謝罪をしてくる男の様に、善良且つ、誠実さを認めた芦もとりあえずは謝罪を返し、それから幾つかのやり取りの末、告げられたそれに芦は一旦、ドアを閉めた。圧倒的なまでに情報が足りないのだと、芦も自覚していた。だからこそ、やってきた情報源を逃す手はないと考えたのだ。

 すぐさま立て籠もり中の井雲に状況を告げ、二人で簡単な意見交換を行うと、井雲も芦同様の結論を出し、結果、井雲は神様と共に立て籠もりを継続し、芦は玄関にとって返してチェーンを外し、ドアを開けた。開け放ったその先には、酷く不安そうな顔をしたままの宇江樹が佇んでいる。


「どうぞ」

「いいんですか?」

「いや、ちょっと話聞きたいし」


 情報収集の為、部屋の中に誘うと、宇江樹は希望と不安を織り交ぜたような顔をしながらも、小さく「お邪魔します」と告げながら中に入る。その遠慮がちな仕草に、芦はいっそうの安堵を感じた。とりあえず、自分の感性と激しくずれた奴ではないな、と。

 自分のフィールドに入れるで、あまりにおかしな人間だと困るし、特に今は見られては困る存在を匿っている身でもあるので、遠慮がない、いきなり部屋の中を勝手に動き回るような人間でも困るのだ。

 しかしそういった行動をしそうにないと確信出来たことに心底安堵しつつ、部屋の奥まで案内して、念の為、出入り口側、つまりバスのドアを庇う位置を陣取りって向かい合った宇江樹に、アレは結局どういう会なのかと尋ねようとした直前、先に宇江樹の方が思い詰めた表情で口を開いた。


「あの・・・、僕、あの人達の後つけてたんです。それでここのドアの前でやり取りしてるの見て、もしかして新しい信者の方なのかなって思っちゃったんですけど・・・、違うんですよね? もしかして、勧誘とか受けてたんですか?」

「まぁ・・・、そんな感じ、かな」

「でも、どうして勧誘なんて受ける羽目に?」

「いや、分かんないんだけど、突然やってきて・・・、何で俺が狙われたのか全然分かんないっていうか、そもそもあの人達、なに? って感じって言うか・・・、危ない宗教系ってのだけは分かるんだけど、どんな宗教なのかも分かんないし・・・、つーか、どんな宗教でも良いけど、もう俺を巻き込まないでほしいって言うか・・・」

「あの、マジ、すみません・・・、なんで狙われたのか分かんないけど、すみません・・・」

「いや、べつに・・・、つーか、なんでアンタが謝るの? そんな、謝らないでいいんだけど・・・」


 切り出された問いに、素直な答えは返せなかった。アイツ等が来た理由に全く思い当たる部分がないわけではないのだが、その理由を口に出来ない以上、曖昧に誤魔化すしかない。

 大体、どうしてアイツ等が察知してきたのかが分からないのだから、理由が分からないと言っても差し障りはないだろうとも思ったのだ。

 しかしその芦の答えとは別に、宇江樹の反応は反応で不自然だった。確かに加害者的な発言もあったが、それ自体が良く分からない。本当に申し訳なさそうな顔をして何度も謝るその様が、理由が分からないながらもなんだか哀れな気がして、思わず慰めるような声で謝罪を止めようとしたのだが・・・、理由は、次の瞬間知らされた事実ではっきりした。


「・・・あの、ここに来てたお付きみたいなおっさん・・・、俺の、父親でして」

「・・・あぁ、なるほど・・・、大変、だなぁ・・・」

「本当にすみません・・・」

「いや、うん・・・、まぁ、アンタが謝ることじゃないし・・・、ってか、マジ、大変だなぁ・・・」


 衝撃の事実をこの世の終わりのような顔で告白された時、芦が驚きとともに思ったのは、あのおっさんをぼろくそに言わなくて良かった、ということだった。

 たとえばこれが、あんな訳の分からん宗教に嵌まる父親なんて親じゃないと切り捨てている子供なら構わないが、こうして態々、後をつけたり、代わりに謝罪したりしているぐらいなら、まだ情があるのだろう。そんな子供に対して、オマエの父親は頭が可笑しい女に付き従う頭の可笑しいおっさんだ、と言うのはあまりに惨い。

 そんな惨い発言が出来るほど、芦の心臓は強くないのだ。

 父親が頭の可笑しい宗教に入り、おかしな行動をしている。そんな父親を持ちながら、その父を案じている子供・・・、目の前で肩を落とし、苦悩を顔に刻む男に対して沸き上がる哀れみが、心の底からの同情の台詞に繋がる。

 芦のその同情溢れる台詞に、おそらく事実を話せば責められると覚悟していたのだろう宇江樹の身体から、目に見えて力が抜けた。同時に、縋るような目を芦に向ける。同情というのは大して役にも立たないが、立たなくても良いから欲しい時というのは確かにあるのだ。


「そう、なんです・・・、本当に、大変で・・・、あー・・・、あの、迷惑かけて本当に申し訳ないんですけど・・・」

「いや、それは良いんだけど・・・、良いっていうか、困っている時はお互い様っていうか・・・、とにかく、アレって結局、何なのかってのが聞きたいって言うか・・・」

「『埋け火を授かる会』がどういう会かってことですよね?」

「うん、まぁ、そう。俺、ちょっとサイコ・・・っていうか、あの、宗教全般に詳しくないからあれなんだけど・・・」

「いや、いいですよ、気を遣ってもらわなくても。僕もアレ、サイコだと思いますから」

「でも、お父さん・・・」

「・・・マジ、止めさせたいんですけどね」


 深い苦悩を滲ませた声を洩らした宇江樹は、声以上に深い苦悩が滲んだ溜息を漏らした後、再びその重すぎて音割れでもするのではないかと思える口を開いた。そして芦や井雲が持っていたあやふやな情報に、詳細さを付け加えてくれたのだ。


「『埋け火を授かる会』っていうのは、さっきここに来ていた黒ずくめの東狐美南(とっこ みな)って女が主催している、少人数の新興宗教なんです」


 宇江樹がそれから語った会の概要は、聞けば聞くほど、芦には真剣味が持てなくなる話だった。もし今、すぐそこに神様だと認めざるを得ない存在がいなければ、顔に苦笑いを浮かべて内心で盛大に馬鹿にしてしまうほど遠い話でしかない、それ。

 しかしどう考えても我が身に危険が迫っているとしか思えなかった先の体験も併せて、薄れる真剣味を必死で保ちつつ、話を聞いた。

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