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八百万が祭る お堂の中はお宝満載  作者: 東東
【第二章】お堂の先から神様襲来
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芦は自分に意外なほどの正義感があることを、今日だけで二回も実感する羽目になってしまった。


「なぁ、救急箱的な物、どっかにあるっけ?」

「そんな洒落たモン、俺の部屋にあると思ってんのかよ」

「だよなぁ・・・、じゃあさ、せめて消毒薬とか、バンドエイド・・・、は微妙か? 包帯とか、ねーの?」

「・・・オマエさ、先にもっと別に言うべきこと、あるだろ? 俺はたった今まで、信じられないほどの恐怖と向き合って、死闘を繰り広げて、どうにか、辛うじて、勝利・・・、とまで言わなくても、その恐怖の元凶たる存在を外の世界に押し返したんだぞ?」

「押し返したっていうか、入っては来てないだろ」

「チェーンの隙間からにたって笑ってて、おまけにヤクザよろしく足を挟んでいる奴に頑張って近づいて、ドア閉めたんだぞ! 挟んである足、蹴り出して! それだけで充分、押し返したって言ったっていいだろう! 文句があるならオマエ、同じ目に遭って同じことやってみろよ!」

「文句じゃなくて、とりあえず指摘してみただけなんだけど・・・」

「それなのにっ、オマエは俺がその死闘を繰り広げている間、避難してただけだったくせに、なんで救急的な物が必要になるんだよ! 風呂で新たな敵にでも遭遇したんかっ!」

「いや、敵には遭遇してないけど、神様の怪我、見せてもらったから、手当をって思って・・・」

「怪我ぁっ? ・・・って、あぁ! そうだ! 怪我っ! だっ、大丈夫? 大丈夫じゃないよなっ? ごめんなっ、ごめんな! そうだよな、怪我だよっ、怪我! 今すぐ、救急的な物、探すから! たしか小さい救急セットみたいなヤツならあったと思うから!」

「みぃ!」

「・・・いや、分かるけどさ、ちょっとあからさますぎねぇ?」


自分の労力を正当に評価しないで、不可解な要求をしてくる井雲に対する芦の怒りは、すっかり忘れかけていた記憶が蘇るような答えによって全力で棚上げになった。鮮やかに蘇る朝方の記憶では、黒く、細い小さな蛇が怪我をしていて、芦自身はどうしたものかと悩みに悩み、最終的には唐揚げを差し出している。手当をする代わりに。

つまり怪我自体は放置していたことをようやく思い出した芦は、慌てて壁際の棚に取りつき、心当たりの場所を片っ端から引っ繰り返す。片づけなんて後でどうとでもなる行為は最初から考慮せず、うっすらとした記憶に残る、何かの切っ掛けで貰った救急セットを探し求めてやたらと焦ってる芦には、あまりにも簡単に態度を変えた様を呆れる井雲の呟きは届かない。

・・・これもまた、親友という関係性の現実が露呈する一場面だった。

辺りを散らかし、親友に呆れた顔をさせながらも、芦の努力は無事、報われる。掌に乗る程度の小ささだが、記憶していた通りの救急セットが見つかったのだ。ガーゼに消毒液、それにあまり長さはないが、包帯もついている。成人男性では間違いなく足りないだろうその長さも、細い腕の持ち主である神様相手なら充分な長さで、これなら無事、朝は諦めた手当が今度はちゃんと出来そうだった。


「こんな簡単なセットしかないけど、これで大丈夫・・・、かな?」

「まぁ、あんまり凄い薬とかあっても、人間用のヤツ、そんなに使って良いかどうかも分からないし、消毒して包帯巻いておくくらいで丁度良いだろ。ほら、神様、ここ座って。今、手当してあげるからさ」

「みぃ」


掌に乗せたその簡易救急セットを井雲に見せつつ意見を問えば、当の井雲は簡単に頷いて同意を示しながら、神様を手招きする。部屋に来た当初は見せなかった、ある意味軽い態度で神様をすぐ傍に座るよう促す様は、狭い場所にお互いだけで篭もるという経験を得て、井雲がある程度、神様の存在に慣れてしまった事実を示していた。

芦もそうなのだが、流されやすい人間というのは、ある意味、高い順応性を持っているものらしく、そこにあったはずの問題すらも簡単に記憶の彼方に放り投げられる性質を持っているらしい。たとえば芦が所有してしまった何億円というブツや、ここに呼ばれて巻き込まれそうになっている井雲自身の状況についてとか。

他人事だと傍観し、流されている井雲は、素直にすぐ傍に座った神様に先ほど目にした怪我の部分を見せるよう促す。これまた素直に差し出された腕に、息を飲んだのは子供の姿の状態で傷口を初めて目にした芦だった。

鱗が剥がれた哀れな姿に、眉を顰め、心配そうな顔をしてしきりに「大丈夫?」という問いを繰り返している。その度に小さく頷く神様の姿はとても健気で、頷かれる度に芦と、そして消毒薬を取り出して脱脂綿を使いつつ傷口を消毒している井雲が、顔を歪める。

哀れみで顔を歪める人間二人と、傷口が沁みるのか、目に涙を浮かべて眉を顰める小さな神様。その円らな瞳から涙が零れる前にと消毒を切り上げた井雲は、短い包帯で長さギリギリまで傷口を覆って留めると、涙ぐんだままじっと見つめてくる神様の顔を覗き込むようにして、「大丈夫か?」と尋ねた。

同じ問いを揃って発する人間二人に、神様は力強く一つ、頷く。小さな子供が精一杯頑張って返事をしました、という仕草に感じるのは微笑ましさとある種の誇らしさだ。それは一人前の善良な大人として、か弱く健気な子供の力になってやれたという自己満足に近い感情だった。

抱いた感情の相手が一体どういう存在であるのかを、すっかり忘れ果てて悦に入る人間二人。

別段、それが悪いわけではない。自己満足だろうと勝手に悦に入っているだけだろうと、二人の行いが悪事ではないことや、確固とした対価を求めたものでないことは事実だったし、行動そのものは善良な分類に入れても差し障りない類いのものであることは間違いなかったのだ。・・・が、しかし。


それが問題になるのだと、自身の状況を所詮他人事だと判じて届かないほど高い棚に置いていた井雲は、全く想定していなかった。


「みぃ」

「あー・・・、いやいや、どういたしまして?」

「みぃ・・・、みぃ!」

「・・・ん? なになに? なぁ、何言ってるんだと思う?」

「いや、お礼言っているのまでは分かったけど、流石にこれは・・・、具体的に言ってくれないと・・・」

「だよなぁ? 友好の印、みたいな感じなのかな?」

「それ、外人の時じゃね? 日本人は違うと思うけど・・・」

「日本人か?」

「・・・日本人、ではないかもしれないけど、日本だろ。だってお堂だったんだぞ? お堂は日本だろ? 海外は教会」

「いや、その決めつけもどうかと思うけど・・・、まぁ、でも日本か」


手当が終わった後、嬉しげに上がった声がお礼の言葉の代わりだということは、何となく分かった。しかしその後、手当が終わったばかりの手で井雲の右手を掴み、もう片方の手の人差し指を伸ばして何か、井雲の腰の辺りを示しているその行動の意味が分からない。

何かを訴えたがっているのは伝わるのだが、鳴き声ばかりの為、具体的な内容までは理解が出来ないのだ。

困惑した井雲は芦に答えを求めるが、当然、芦にも分かるわけがなく、求めた答えが得られなかった井雲は掴まれたままの手を握手と解釈してみるのだが、その見解には民族的風習として否定的な芦の意見に最終的に賛同し、答えが得られないまま困惑し続ける羽目になり・・・。

だが井雲が抱いた困惑は、幸か不幸か・・・、そう、本当に幸か不幸か判断に迷う形で断ち切られる。井雲に向けた訴えを理解してもらえないことに業を煮やしたらしい神様が、井雲の右手は掴んだまま、膝立ち状態でにじり寄り、伸ばした自身の右手の人差し指で確認でもするかのように、井雲の腰より少し下、履いているズボンの一部分を数回、叩いた直後に鳴り響いた、聞き慣れた音によって。


「・・・あ?」


響き始めたその音に、井雲と芦は、小さく細い人差し指が叩いた先に何があるのかをその時、ようやく理解した。

しかしその時点でされた理解は、神様が叩いた先に井雲のポケットがあり、そしてそのポケットの中には入れたままになっていた携帯電話が入っていて、今、その携帯電話が呼び出し音を高らかに鳴り響かせ始めたという事実だけだった。

現代人の習性により、井雲はすぐさまポケットに自由な状態の左手を突っ込む。思考力を全く必要としない動作は流れるように続いていき、ポケットの中で掴んだ携帯電話を取りだして、画面に表示された番号を確認した。自分とコンタクトを取りたがっている相手を確認する為に。

そして確認した相手の顔を思い浮かべながら、話の内容を予想しつつ通話のボタンを押す・・・、のが普段の一連の流れなのだが、今日は途中、画面に視線を落としたところで井雲の動きが止まった。何か、普段とは違う場所で躓いたみたいに。


「・・・誰だ? これ?」

「え? 知らん相手なの?」

「うん・・・、見たことないし、登録もない番号。悪戯かな?」

「かもなぁ・・・、でも、携帯持って出なくてさ、他の奴に借りたとか、公衆電話とかって可能性もなくないし」

「まぁな」

「とりあえず、出たら? なんか、ずっと鳴ってるじゃん。至急かもよ?」

「・・・ったく、誰だよ」


見知らぬ番号からの電話に、不信感を顔一杯に浮かべながらも、芦が指摘した可能性も捨てきれずに舌打ちを一つ零しながら通話ボタンを押し、いつも通り耳に携帯電話を押し当て、「はい」とだけ発せられた声は、表情と同じほど不機嫌そうだった。

そんな井雲の様子を、芦は興味津々で眺めていたのだが・・・、段々と変わっていく井雲の表情と、微かに震え始めた唇、大きく震え始めた身体、それにその唇から零れ続ける「はい」という返事、その声が段々と調子を変えていくに従って、抱いていた好奇心を仕舞い込むことになる。

ある種の、予感がしたのだ。おそらく、経験者は語る、みたいな予感だ。


「いや、あの・・・、あ、はい、はい、そう、です・・・、はい」


芦の予感が色を深め、確信へと変わり始める頃、井雲の顔は血の気が失せ、誰に何を取り繕っているのかは謎だが、顔は引き攣った、微妙な笑みの形で固まっている。唇は顔と同じく色を失い、視線は宙を彷徨い、それ以上に、思考が宙を彷徨っているのが丸分かりの状態。

彷徨っている視線がやがてぼやけ、微妙に涙ぐんでいるのだが、そんな井雲を純粋な好意に充ちた笑みで見つめる神様の姿を見るにつけ、芦の中の予感は決定的な確信へと変わった。

そして芦は少々、薄情な親友と化す。哀れみさえ誘い始める親友、井雲の様子に、抱いた確信に、具体的な内容は分からないまでも、井雲も自分と同じ状況に陥ったことを理解して・・・、嬉しさのあまり、抑えきれない笑みを顔に滲ませてしまったのだ。

井雲が困れば良いとか、不幸になれば良いとか、そこまで悪辣なことを願っているわけではないし、思っているわけでもない。そうではなく、ただ・・・、


これで仲良く二人で困れるなぁ・・・、流石、親友!


・・・という喜びを感じていただけなのだ。独りぼっちではなく、二人になった。二人とも当事者になり、一緒に困ることが出来る。一人だけ取り残されることはない、何か起きても一蓮托生、みたいな喜び。もしも井雲が今の状態で耳にしたら、怒りで血管が何本も切れるだろうことを考えている芦の笑顔は、黒っぽい輝きに充ちていた。

陥った事態に脳味噌にも血が通わなくなっている井雲は気づかないその感情を前面に垂れ流しながら、芦は静かに、静かに、ここ数時間なかったほど穏やかな気持ちで蒼白を通り越して土気色に変わっている親友の様子を見守っていた。


────井雲の人生を芦の横に行儀良く並べる電話は、おそらく十分程度で終了した。

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