表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八百万が祭る お堂の中はお宝満載  作者: 東東
【第二章】お堂の先から神様襲来
12/37

 

「・・・絶対違うと思うんだけどさ・・・、アイツ等の、埋け火を授かる会ってヤツの神様・・・、じゃないんだよな?」

「みぃ・・・」

「だよなぁ・・・、でも、アイツ等が神様って言っているのって・・・、たぶん、オマエの・・・、あ、オマエって言うか、神様のっていうか・・・、なぁ、アイツ等のこと、知っている? アイツ等の神様じゃないんだろうけど、知り合いとかだったりする?」

「・・・みぃ」

「だよなぁ・・・、俺もそうだと思ってたよ」

「みぃ」


 芦が人生最大の恐怖を味わっている頃、唯一の隠れ場所に神様と共に潜んだ井雲は、神様をバス専用のプラスチックの椅子に座らせてから、閉め切ったドアに耳を貼りつけるようにして、外の様子を窺っていた。耳をつけたドアは見た目に比例して薄い造りで、外のやり取りがほぼ筒抜け状態で聞こえていた。

 ユニットバスは寒かったが、井雲の背筋は場所が原因である寒さ以上に冷え、悪寒が身体を上下に走り回っていた。それは間違いなく、芦が感じていた恐怖と同じ類いのものだが、芦とは違って恐怖の対象と対面していない分だけ、井雲の悪寒はまだ、井雲自身から冷静さを完全に奪い去るまではいかない。

 ただ聞こえてくる話の内容から、芦が対峙しているのが井雲の中でカルト認定されている二人組であることを察した時には、流石に口から色んなモノが飛び出そうになった。主に、驚きと恐怖心による言葉にならない悲鳴的なモノが。

 何故、と思う。同時に、良かった、とも思ってしまう。もしあんな理解不能なメンバーと対峙するのが自分だったらと思うと、芦には悪いが立て籠もる役目が自分で良かったとつい思ってしまうのだ。今、芦がどれだけの恐怖に怯えているのか手に取るように分かってしまうが、悪いと思いながらもどうしても安堵してしまう井雲は、なるべくなら自分に素直にありたいと願っている。

 そしてその願い通りに、気になることは事前に確認してしまおうと決意した。安っぽい椅子に座り好奇心のまま方々へ視線を飛ばす神様に近寄ると、隣に並んでそっと様子を窺う。

 するとてっきり好奇心だけで落ち着かなく視線を彷徨わされているのだと思っていた神様の様子が、少々予想とは違っていることに気がついた。落ち着きがないのは間違いないのだが、あの、テレビの前に座って、素直な好奇心を示していた様とは明らかに違うのだ。これは好奇心による落ち着きのなさではなくて・・・、不安に伴う落ち着きのなさのような気がして。

 神様は近づいて来た井雲を見上げると、その大きな紫の瞳を揺らして物言いたげな色を浮かべてくる。不安です、どうしましょう、そんな言葉を映しているように思える瞳に、井雲は半ば以上、確信した。外から聞こえてくる会話、井雲が気になっている疑問、それらが否定で返される答えを持つことに。

 脳裏に浮かぶのは、道端で井雲や芦には理解不能の信仰を示していた二人の姿。その信仰の先に在る神を、外にいる彼女等はどうもこの神様に求めているようだが、外の声を聞いて明らかに不安そうにしているこの様から、彼女等の求めがこの神様の本意でないのだという確信が得られ、井雲は素直な安堵を覚えた。

 井雲にとっては、あんな頭がおかしいとしか思えない相手の信仰にこの神様が味方していないのなら、それは安堵すべき事実だったからだ。

 そしてその安堵を確実にする為に言葉にした問いの答えは、何かを訴えるような瞳と、左右に振られる、つまり否定を示す仕草で、ひとまず井雲の肩の力は八割方、抜けていく。

 少々の不安と多大なる不安で動きの遅くなっていた脳も通常の動きを取り戻し・・・、だからこそ、未だ聞こえてくる声に対する根本的な疑問に立ち返った。

 どう見ても嫌がっているようにしか見えない神様の表情。それなのに何故、彼女等はあんなにも自信満々にこの家を訪ねてきたのか? そもそもどうして神様がいることを確信しているかのような態度でこの家を訪ねてくることが可能だったのか?

 自分で抱いた疑問に、井雲は腕に鳥肌が立つのを感じた。得体の知れない女達の行動に、全てを見透かされているかのような異常な力の存在を感じてしまったのだ。狂信、そんな単語が脳裏に浮かぶほどの気味悪さ。


「みぃ・・・」


 しかし感じる悪寒に耐え続けている井雲の視界に入ったのは、眉間に小さな皺を寄せ、眉を八の字にして哀しげな表情を浮かべている幼い神様の姿で、耳に入ってきたのは、小さな、小さな、表情とピッタリ一致した哀しげな鳴き声だった。

 ・・・井雲は、自分は芦よりは冷静、且つ、客観的な人間だという評価を自分にしている。実際、それはその通りではあるのだが、しかし二人は根本的なところであまり大差のない性格をしており、それはつまり、自分はただ可愛いらしいと思ってしまったからという理由だけで流されたりはしない、と井雲自身が思っていても、実際にその場面に直面してしまえば、案外、芦と変わらぬ状況に陥るということだった。

 見上げて不安げに、哀しげに鳴く神様は、正直、とても、とても可愛らしかった。物凄く、愛嬌があった。その異質な外見がうっかりどうでも良くなるくらい、微笑ましかった。

 井雲の中の、まだ客観性や冷静さを捨てていない部分はそんな井雲の感情的な部分を諫めていたりもするのだが、しかし神様が小さな両手で小さな握り拳を作り、その拳を口に軽く押し当て、うるうるとさせた瞳でいっそうじっと見つめてくれば、そんな自分の中の忠告や警告など、井雲の気持ちには届かなくなってしまう。

 基本、井雲も芦も、警戒心や深刻さを長時間維持出来ない、平和的な人格の持ち主なのだろう。それが良いか悪いかは別にして。

 そんな井雲に、神様は口に軽く押し当てていた手のうち、左手をそっと差し出してきた。目の前に黒い鱗で覆われた細い手を伸ばされ、困惑している井雲によく見えるように腕を伸ばしきった神様は、それからもう片方の手も口元から離し、伸ばした腕を覆っていた衣服を少しだけ捲り上げたのだ。


「・・・え? それ・・・、どうしたの?」

「みぃ・・・」


 見せられたその場所、衣服で覆われて見えなかった左の腕を目にして、井雲は思わず、掠れた声を出してしまう。そして半ば無意識に顔を目の前に晒された腕に近づけ、じっくりその部分を見つめると、これまた無意識に先ほどの神様と同じように眉間に皺を刻んでしまった。

 ・・・尤も、神様とは違い、その皺は深く、怒りに似た感情を滲ませたものではあったのだが。

 そこには、はっきりとした痛々しい怪我が存在していた。本来なら鱗で覆われている腕の一部、丁度腕を折り曲げる関節部分で、柔らかい内側に位置する部分の鱗が、可哀想なほど捲れ上がっているのだ。鱗の内側の肉、その肉もまた黒いのだが、その部分がはっきり見えるほど捲り上がった鱗は、おそらく一枚分、剥がれていて、鱗なんてついていない井雲にもその痛みが想像出来るくらいに痛々しい。

 井雲のイメージとしては大きな瘡蓋が強引に剥がされているとか、そんな形ではあったのだが、しかし実際に剥がれているのは鱗で、それは瘡蓋のように怪我をした後に出来上がるものではなく、神様にとっては人間で言うところの皮の部分に当たるのだろうから、その痛みは瘡蓋が剥がされる以上のものなのかもしれない。

 とにかく痛々しかった。神様が子供であるが故に、いっそう、痛々しかった。そしてその痛々しい様を見せるきっかけになったのが今、声高々と、井雲からしてみれば頭のおかしいと評するしかない発言を繰り返している存在にあるのは明らかすぎるほど明らかだった。


「アイツ等に、やられたの? ・・・って、そっか、それが芦が見たっていう怪我なんだ。アイツ等が原因だったんだな」

「みぃ、みぃー・・・、みぃ」

「そっかぁ・・・、神様神様って言っておいて・・・、ひっどい奴等だな。痛いだろ? 痛そうだもんな」

「みぃ・・・」

「アイツ等がいなくなったら、手当・・・、してあげたいけど・・・、人間用のヤツで消毒しても大丈夫なのかなぁ・・・?」

「みぃ?」

「唐揚げは大丈夫だから、消毒くらいなら良いのかなぁ・・・?」

「みぃ!」

「ん? あ、唐揚げは好きなの?」

「みぃー!」

「そっかそっか・・・、芦、しょっちゅう唐揚げ弁当持って帰ってるから、そんなに好きならまた分けて貰えば良いよ。あと、ちょっと声は小さくしような」

「みぃ・・・、みぃ」


 怪我とその原因を結びつけた途端に、すっかり脳から外れかけていた芦の話が井雲の中で呼び戻される。その後の展開が凄すぎて所々薄れていた話だったが、芦がとんでもないご利益を得るきっかけになったのが、そもそも蛇の姿だった神様の怪我にあったのだ。

 その怪我を哀れんで、少しでも元気が出ればと思って渡した唐揚げが、結果として億単位の、あまりに怖ろしすぎて素直に受け取れない金額のご利益になってしまったわけで。

 対価を求めない親切って怖い・・・、等と少々微妙な感想を抱きながらも、井雲もまた、実際に目の当たりにした怪我の具合に哀れみの感情が急速に募っていくのを感じていた。芦の時とは違って、目の前にいるのが蛇柄・・・、というか鱗柄とはいえ、愛らしい子供の姿をしているのも相俟って、感情の高まり度はあの時の芦以上の早さだったかもしれない。

 その所為で、つい芦には無断で好物になってしまったらしい唐揚げの約束まで簡単にしてしまったのだが、現在、その唐揚げを神様に差し出した所為で困った事態に芦が陥っている事実は、さり気なく脳から追い出していた。

 哀れみ、というのは所詮他人事だからこそ感じる、無責任な感情なのかもしれない。つまりその哀れみから発生する発言というものも、結構な無責任さを維持しているものなのだろう。

 どうせ俺があげるわけじゃないからな・・・、と具体的にそこまで思っていたわけではないのだが、親友という名の他人であるだけの井雲は、困るのは自分ではないという漠然とした思考の後ろ盾を得て、とても軽く請け負いつつ、嬉しげな神様に声の大きさの調整だけをお願いしていた。

 声が大きくなりすぎて外に聞こえてしまえば、あの電波な人々が何らかの方法で襲撃してこないとも限らない。それは困る。なんせ、この場には自分もいるのだから、と。

 ・・・自分に関わるか関わらないか、たとえ親友といえどもその二択が全ての行動を左右する。友情というものの冷めやすさを危機的状況にあって実感せずにはいられない、心の真ん中に『所詮は他人事』とはっきり刻んでいる井雲だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ