序章
『未だ、定まらず、或いは、定まらぬ、然れど、此処に在り』
・・・く、ろ。
これ、つめたい、しる、これ、つめたい。
くろ、しる、つめたい、これ、くろ。
微睡みからの目覚めは、その境目が分からぬほど緩やかに訪れ────、
分からぬほど緩やかなその境目から覘く外に、最初に認識したモノは世界を染める黒と、黒から吹き込む風の冷たさ────、
定まらぬまま得た形は、認識したモノを初めて認識する言葉に変えて、何度も、何度も知った形をなぞる────、
自らの定まらぬ形を、なぞるかのように────、
あれ、あれ、ちがう、あれ、ちがう。
いたい?
いたいの、ちがう。
あれ、ち、がう。
形を定める為に更に覘いた外の世界には、酷く目につく彩がある────、
しかし、違う────、
違うのだと、自らが何であるのかすら判じられぬ身で在りながら、ただそれだけを断定する────、
何故ならあの彩は、ようやくここまで満ちて、漂い始めた形の彩とはあまりにかけ離れていたのだ────、
この彩は、この、彩は────、
もっと、あんな、目が傷むような鮮やかな彩ではなく────、
もっと、もっと、もっと────、
「おまえ・・・、それ、どうしたんだ?」
突然、降ってきた声に、まだ不安定な形はその囲いから半身を出していた事を知った────、
知った我が身に新たに感じる傷みは、何故か痛みとなっている────、
怪我────、
いつの間に生まれたのか分からぬそれは、痛みとして形を作る────、
その痛みを見下ろす、一対の────、
もっと、もっともっと、優しい彩の、瞳────、
「可哀想になぁ・・・、やっぱ、アイツ等がやったのかなぁ・・・、あー・・・、でも、手当もちょっと、俺じゃあなぁ・・・、あぁ、そうだ」
いたい、いたい、これ、いたくない。
いたくない、いたくない、これ、これ、これ、ちがわない。
これ、ちがわない。
これ、これ、これ・・・、つめたい、ちがう。
つめたい、ちがうの、あたた、かい。
これ、あたたかい。
あたたかい。
「これ、やるな。とりあえず、元気、出せよ?」
これ、これ、ちがう、ない。これ、これ、これ、これ、そう。
「あー・・・、これも、やるし・・・、うん、大丈夫だよ、食べればたぶん、平気。なんか、丈夫だって聞いたことあるしな」
すぐ傍に添えられた、それは始まりの時に添えられたモノと同じ彩────、
小さなそれがいくつも重なり、今へと続いていたのだ────、
同じである事実を認識し、見上げた先のそれは、その同じモノを重ねた後、去って行く────、
何度も、何度も振り返り、あの色を・・・、視線の先を案じる彩を浮かべて────、
その色が、最後のひと欠片────、
形を定める為に必要な、最後の彩────、
「・・・みぃ」
聞く者のない最初の形、
見る者のない最初の彩、
『然れど、小さな最後のひと欠片、ただ充ちて、而して無限の広きその場所は、悠久の果てに、ようやくその時、満たされた』