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後ろ指を指されても、別に  作者: チゴロ
9/20

夏の長い一日1

 ニシオは職員室にいた。手は顎の下、足はガニ股。サンダルばきで片方は足から外れて後ろのほう。周りの机は全て空席。日頃のおばさま方の甲高い笑い声や、丸付けの音でにぎわう職員室も今は誰もおらず、聞こえる音はクーラーの機械音とニシオの鼻息だけ。

 今は夏休みなのだ。

 終業式の日、喜びと悲しみの混じる声に対抗して通知表渡しを終え、子供を教室から追い出すと、学校は途端に静かになった。

 それでも7月の間は事務作業やプール当番があって、職員室は賑わいがあった。しかし、8月の頭にプール当番が終わると、ほとんどの職員は休みをもらい、年に一度の長期休暇に羽を伸ばす。

 そんな中、ニシオは日直という悲しい役割のため、一人職員室に取り残されている。

 ニシオが大きなため息をつく。

 最後勇気を出して三萬を切っていれば。

 夏のはじめ、日直の役割をかけて行った麻雀で、ニシオはオーラスで跳ね満を直撃。18000点を払い逆転最下位になってしまったのだ。直前まで一位をキープしていたため、無茶をすべきでないとテンパイを捨て、安全だと思っていた二枚切れ北を捨てた結果、地獄単騎待ちに振り込んでしまったのである。

 結果、夏休みの日直を二人分押し付けられ、悲しくも学校に来ているのである。

 誰もいない管理職の机の後ろの時計を見る。9時12分。勤務が始まって一時間。遅々として時計の針は進まない。

 ウサギ小屋の掃除、金魚とメダカの餌やり、職員室の掃除、校内の見回り。やることは一応あるのだが、まるで動こうとしない。


 職員玄関から呼び出しが鳴り、飛んでいた意識が戻ってきた。ニシオが時計に目をやると10時3分。わずかばかり勤務時間が減ってくれていた。かゆい左目をこすりながら玄関へ向かうと、郵便局員が事務員宛の小包を持って立っていた。受け取るついでにポストの中をのぞくと何通かのはがきが入っている。そのうちの一通はクラスの小菅からだった。


 しょ中お見まいもうし上げます

 夏は家でごろごろでーす

 二学きもよろしくおねがいします


 裏面はリビングで大の字に寝転んでいる小菅の写真だった。となりで子犬も同じように寝転んでいる。

 何気なく校庭を見ると、真夏の日差しに照らされた日向の土はもはや砂漠のよう。遊具や木々に遮られている部分だけが反対に真っ黒の影を作っている。その日陰の中に麦わら帽子が一つ。

 こんなクソ熱い日に、気が狂ったやつがいるもんだ。

 倒れられたら面倒だと、適当に追い出してやろうと近づいていくと、麦わら帽子も気づいたようで顔を上げた。

「お前かよ。」

 所々ささくれのように藁が跳ね上がっている麦わら帽子の下には、日に焼けた近衛のたるそうな顔があった。

「何してんの。」

 ひまわり柄のポシェットを斜めがけにした近衛は、相手が担任と理解すると、再び目線を落とし、大して面白くなさそうに地面に何かの模様を描き始めた。

「なんだっていいじゃん。」

 いつもの頭に響く尖った声ではない。汗で安っぽいワンピースが湿っている。

「暑いし、家帰れ。」

「いやだ。」

 間髪を入れずに返ってくる。

「ふむ。」

 なんだかややこしいことになったとニシオは感じた。

「何時に帰る。」

「知らない。」

 こいつは一日中居座るつもりだな。

 立っているだけで汗がにじみ出てくる。あっという間に顎まで汗が垂れてきた。空を見上げると、どこまでも続く青空の真ん中に入道雲が空高くまでそびえたっている。

 仕方がないとニシオは思うといきなり近衛をつかみ左肩に担いだ。

「なに?え?」

 抵抗があるものだと思ったが、実際は驚きの方が勝ったようだ。

「どうせ校庭にいてもすることないだろ。職員室へ来い。」

「なんでだよ。」

「うるせえ。文句言うな。」

 口では抵抗するものの、特に暴れることもなく肩に担がれ、校舎の中へ吸い込まれていった。


「このメダカ、卵ついてるじゃん。」

 教室から職員室へ移されたメダカの水槽に餌をばらまきながら、近衛が言う。

「メダカの授業はもう終わったってのに、今更か。」

「そうなの?」

「卵がなくて授業で使えないって五年の先生が言ってた。」

「へー。」

 近衛が指先で水槽をつついてメダカを動かそうとする。しかし、いくらつついても驚く様子もなくその場に留まっている。目線を水槽まで下げ、卵を抱えている親メダカと見つめながら、しょうがないじゃんねと同情の声。

 ニシオが時計を見ると10時45分。昼飯ですら、まだ遠い。

「なあ。」

 声に合わせて椅子の背もたれが悲鳴を上げる。水槽のほうからなあにの一言。

「暇ならちょっと手伝ってほしいんだけど。」

「ん?」

「金魚とウサギも世話してくんね?」

「ウサギ!いいよ。」

 近衛が立ち上がり、職員室を全力で走る。ウサギ小屋のカギを壁からひったくるとそのまま戸を勢い良く開けて廊下へ飛び出す。

「小屋の掃除と金魚もやるんだぞー。」

 わかったー。と廊下の奥のほうから言葉がこだましてくる。

 仕事が減り、満足そうな表情のニシオ。右腕にタオルをかけると頭を乗せ、腕枕にして目を閉じる。

 これでもうひと眠りできる。



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