16cmのホースを3cmずつに分けます。
「おーまーけ?」
大浦がニシオに算数のノートを見せる。答えの単位が間違っているのだが、何とか丸をもらおうとごねている。
「おまけはない。」
赤ペンがノートの上を素早く走り、派手なチェックマークの跡を残す。
「あー。」
少しだけ悲しい顔をして大浦が自分の席に戻っていく。
16cmのホースを3cmずつに分けます。何人に分けられて、何cmあまるでしょうか。
算数の練習問題。あまりのあるわり算。大浦は席についても直すことなく落書きをはじめ、その横3メートル先の近衛の頭の中は大沸騰中である。
「大丈夫?」
ニシオの雑な丸をもらって戻ってきた小菅が声をかけてくる。
「全然むーりー。」
頭を抱え険しい顔の近衛。
「じゃあ、教えてあげよう!」
面倒見のいい小菅が隣の席に座る。
「何がわからないの?」
実に難しい問いである。これはいったい何を言っているのか全く分からないからわからないのだ。
「んーとね。問題がわからない。」
「ん?」
小菅がどういうことでしょう?という顔をする。
「つまり、何もわからないと?」
「うん。」
「なるほどー。」
さてどうしたものかと、困った顔をする小菅。
「じゃあ物語っぽくすればわかるんじゃないかな!」
素晴らしいアイデアを思い付いたというような表情で嬉しそうに話す小菅。え?という顔の近衛。
「ホースだからわからないんだよ。きっと亀とかならわかると思うよ。」
「たしかに!」
何が確かになのかは不明であるが、納得をしたらしい。
「じゃあいくよ。えーと。」
教科書に目を向け、もう一度問題を読み込む小菅。頭の中で物語を構築していく。
「えっと。昔々、あるところにウサギと亀がいました。」
「なんで昔々なの?」
「え?いいじゃん。物語と言ったら昔ばなしだよ。」
「そういうものなの?」
そういうものなのですと自信満々の小菅。その背後にはいつのまにかノートを持った飯田君が立っている。小菅に席を取られてしまったので困っているのだが、ご機嫌な小菅はまるで気づかない。
「亀は、ウサギに言いました。「おい、ホースを持っていないかい?」ウサギは「確かに持っている。あげてもいいが条件があるのだ。」「なんだい、その条件ってのは。」「それは、僕の弟もホースを欲しがっているので、3㎝ずつに分けて一つを弟に、残りを君にあげるってのはどうだい?」「素晴らしいアイデアだよ。早速切り分けるよ。」そういうと亀はウサギからもらった16cmのホースを力強い顎でかじり始めました。」
小菅は間髪を入れずに物語を語り続け、ここで一呼吸を置いた。そして近衛のほうを見て力強く言い放つ。
「さて、ホースはいくつに分けられて、何cm余るでしょう!」
言い切ったぞと大変なドヤ顔を決める小菅だった。
「んー。」
目線を机の上に向け、頭の中を整理している近衛。小菅はこれならわかるに違いないと表情が明かるい。
しばらくの間沈黙した後、近衛の口が開いた。
「亀は何でホースを欲しがったのかな。」
真剣な眼差しで見つめられた小菅は困ってしまった。そんなことわかるわけないじゃないか。作り話なんだから。
あまりの真剣そうな表情に弱ってしまった小菅。
「それはねー。えーっとねえ。」
見つかるはずもない答えを見つけようとする。
「そうだね。たぶんね、そのホースは選ばれしものだけが使うことができる伝説のホースだったんだよ!」
とんでもないことを言っているなと、自分でも思っている。
「ということは、亀は選ばれしものだったんだね。」
犯人の証言を確かめる刑事のような話しぶりで近衛が語る。
「そう!そしてそのホースをもって、亀はドラゴン退治へと向かったんだよ。」
授業中に何を話しているんだと、小菅の後ろで立ち尽くしている飯田くんはそう思っている。
「なるほど!」
非常に納得した顔をする近衛。
「亀はホースを手に入れることによって、はじめてドラゴンを倒すことができるんだ。」
机をばしりと叩く小菅。弾みで置いてあった教科書が一瞬宙に浮く。
「ということで。」
一旦間をおいて、近衛の顔を真剣なまなざしで見つめる小菅。近衛は眉毛でなく、眼をしっかりと見つめ返す。
「ホースはいくつに分けられて、何cm余るでしょう。」
近衛の表情が驚愕の表情に変わる。鉛筆を持つ手に力がこもり、のどを動かしつばを飲み込んだ。背後の飯田くんはそろそろ声をかけようかと思案し始める。
「わからない。」
「だよねー。」
小菅が机に突っ伏した。机からはみ出た両手を意味もなく揺らす。前方ではニシオが授業終了を宣言し、近衛は頭を抱え、飯田くんはまだ困ったまま立っている。
「終わらなかった奴は休み時間もやれよ。」
貴重な休み時間を苦痛の計算に割かなくてはならず、より一層悲しみが増した近衛であった。