話が長くたっていいじゃない!
「先生!あのね、昨日公園でね。」
近衛が両手で犬の形を作り、薬指と小指で吠えるようなしぐさをさせる。
「犬がね!それも子犬!」
もう可愛くって、と色あせた黄色のシャツをよじらせ、如何にであった子犬が素晴らしかったかをご機嫌に語り始める。
「ふわっふわなの。ふわっふわ!もうね、ずっと背中を撫でちゃった。それでね、鼻をツンって押したらね。くぅ~って鳴くの。んー!!!!!」
頭の中で想像をしたのか、両手を頬にあて、嬉しそうに上下に体を揺らす。
そんな姿を,事務机を挟んだ反対側で、延々と見せられているのがニシオである。
ニシオが時計を見る。10時38分。聞き始めてから実に13分。睡眠不足なので昼寝をしようと思った矢先に、この長話。もう話の半分も入ってこないし、たまに意識が飛んでいる。
そんなニシオにはお構いなしに、まだまだ子犬の話を続ける。意識が飛びかけのニシオがふと近衛の黄色のTシャツを見ると、隅に虫食いの跡があった。
「なあ。」
ついにこらえきれず、おそらく出会った子犬であろう謎の物体を描いているこの絵に向かってニシオが声を出す。
「ん!」
疑問形でもなくただご機嫌に返事をする近衛。
「話、長くない?」
意識が飛んで、「はーし、なあくない」としかほぼ聞こえないようなニシオの声。
「だって、かわいいんだもん!寝ない!」
肩をつかみ、眠りかけのニシオを激しく揺らす。
「こえらけ聞いたんだからいいだぁろ。」
近衛の弱弱しい力を無視し、事務机に伏して寝る態勢に入った。
「ダメ!聞け!かわいいんだから!」
「れる。」
近衛の論理も破綻し、よくわからない押し問答になる。
拳に筆箱に肘に頭に。あらゆるものを伏した背中に浴びせるがお構いなく寝息を立てる。
打撃では効果がないと理解したのか、近衛は机に乗り出し、ニシオの耳に
「子犬ちゃんかわいいんだぞお。」
とささやいた。
すると、ニシオがくすぐったいのか、背中をびくりと揺らした。
それを見た近衛が面白がり、「子犬ちゃんは肉球がかわいいんだぞお」「名前はきっとニシオだぞお」「ニシオとニシンはにてるぞお」と適当な言葉を嬉しそうに耳元でつぶやく。
こそばゆいのか、ニシオは耳をてのひらで隠すが、お構いなしに、その手にもささやく。
段々慣れてきたのか、動きがなくなり、心地よい寝息がニシオから聞こえてきた。
反応がなくなったことに機嫌を損ねたのか、近衛の表情が硬くなる。
すると、近衛が右足を後ろに素早く蹴って器用に上履きを宙に飛ばす。右手でつかむと思い切り振り上げ、
「いいじゃん別に!」
振り下ろした上履きはニシオの頭ではなく、この絶妙なタイミングでニシオの頭に小さな鶴を置こうと思った飯田くんの右手に当たった。
「え?」
「あ。」
学校中でチャイムが鳴り、休み時間の終了を告げた。