表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後ろ指を指されても、別に  作者: チゴロ
21/21

うだる昼下がり

 あー。

 意味はない。意味なんてない。

 あー。あー。

 とりあえずに声に出してみる。

「あーーあー。」

 言うと何が起こるかというと、何も起こらないのである。

 近衛は山の神社の賽銭箱に腰を掛けている。

 あー?

 声の調子を少し変えてみる。少し前の夏祭りではあんなに盛り上がっていたのに、広い境内は何にもない。賽銭箱に座ろうと誰もいないから何も言われることもない。神様ですら特に関心を示さず、天罰も落ちない。

 何も考えることがなさすぎて、目の焦点を合わせるのも面倒だ。周りがぼんやりする。

 うっすら聞こえる知らない虫の音も貴重な暇つぶしだ。

 頭を重力に任せて後ろに倒すとと首から音が出た。別に心地よくない。

「神様だって相手してくれりゃいいのに。」

 仕方がないから賽銭箱からずり落ちて地面に座る。少し湿気っていて気持ちいい。

 サンダルの隙間、右のかかとを蟻が登ってくるのが見えた。

「お前は相手をしてくれるのか。」

 何だか嬉しくてそのままにしておく。少しくすぐったいのをこらえて好きにさせた。

 親指のてっぺんまで来て少し止まった後、元来た道を戻って地面に降りていった。

 なんだよ。

 立ち上がって拝殿を回り込む。本殿を囲む玉垣は一箇所だけ板が外れるところがある。三日前に見つけたときには勇気がなくて入らなかったが、もう「やけ」である。

 潜り込んだ後、本殿の真下の隙間に寝そべる。この真上に神様いるのか?

 右を見ると目があった。

「ぐっ!」

 間抜けな声が近衛から出てきた。肘を柱にぶつけて膝を膝にぶつけた。なんだなんだとよく見ると転がった狛犬だった。

「こんなところに。」

 古いものなのか、だいぶ削られて輪郭がぼんやりしている。右耳は欠けていてどこかへ行ってしまっている。

 暗がりで狛犬と一人と一匹。近衛は狛犬を眺め続ける。境内に建っている狛犬とはだいぶ雰囲気が違う。

 近衛は狛犬の顔をじっと見つめた。

 石のはずなのに、じろりと目が動いたように見えて心臓が跳ねる。すぐに目をこすってもう一度見ても、ただの石の塊。

「びっくりさせないでよ。」

 声をかけても答えはない。答えがあったら怖いのに、答えがないのも少し寂しい。

 夏草の匂いを含んだ湿った風が吹き込んできた。暗がりの空気は一瞬だけ動いて、またねっとりと張りついてくる。

 祭りのときはうるさいくらい人がいたのに。

 本殿の真下で仰向けになり、眼の前に広がる木目を眺める。隙間からほんの少しだけ、本殿の中が見えるような気がする。でも目を凝らしたところで見えるようになるわけでもない。しかたなしに目を閉じると、遠くで蝉が鳴くのが聞こえる。

 狛犬の欠けた耳を指でつつく。ざらりとした石の感触が指先に伝わる。

「お前はどれくらい放っておかれてるんだ。」

 狛犬の頭を撫でる。親近感が湧いたような気がした。

 本殿の床下は風の通りが悪く、じっとりとした熱気が漂う。息をするたびに、湿った土と木材のにおいが鼻にまとわりついた。

 体を横に転がすと、土の冷たさが腕に移る。狛犬とまた目が合う。自分と狛犬が同じように思えてきた。

 汗が首筋を伝って土に落ちる。土はすぐに吸い込み、跡形も残らない。

 思考も一緒に吸われていくようで、頭の中はどんどん空っぽになっていく。

 昼下がりの時間は重たく、粘りつき、進んでいるのか止まっているのか分からない。目を閉じては開き、また閉じる。

 いつしか境内の影が少しだけ長く伸び始めていたが、近衛は気にもしなかった。ただ本殿の下で、だらしなく伸びた手足を動かすこともなく、残暑の匂いに包まれたままである。

 本殿の下に寝そべったまま、近衛は目を閉じたり開いたりを繰り返す。

 どちらにしても、視界に映るのは変わり映えのしない暗がりと、ともに転がっている狛犬。

 額に滲んだ汗は耳の後ろに伝い、土に染みて消える。息を吐けば重たい空気が胸の上に降りかかり、吸えば吸うほど体が沈んでいくようだった。

 蝉の声ばかりが粘りつくように鳴り続け、やがて耳の奥でひとつの塊になって響く。

 立ち上がる気持ちはどこにもない。

 動こうとしない手足に土と湿気がじわじわとまとわりついて、ただ時間だけが遠くで流れていく。

 少しずつ、見える景色に橙の色付けがされていく。遠くでスピーカーから、子供は早く帰れ。暗くなる前に家の中に入れと聞こえてくる。どうせ思ってもないくせに。

 不満を覚えながらも、本殿の下から這い出てきた。最後に横に倒れた狛犬に手を振ってあげた。

 待っていたのはへばりつく重たい残暑と、トンボと蝉とそこらの虫。

「かゆい。」

 誰から注意されることもないだろうに、普段はしないのに真面目に鳥居をくぐって一礼をする。

 このあとは何をしよう。

 このあとの予定を考えながら神社の参道を歩いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ