学級会
それで良いのか小学生。
ニシオは3年3組、第6回青空ニコニコ学級会の議論の成り行きを頬杖をついて眺めていた。
「私は、爆弾ゲームがいいと思います。どうしてかというと、楽しいからです。」
議題は「お楽しみ会の遊びを決めよう」である。
学期末に開くお楽しみ会。そこで何をして遊ぶかを学級会で議論して決めるのだが、貴重な授業を潰して遊べる時間とあって、各々の欲望が渦巻く暑い会議となる。
各々が考えてきた案を発表していく。
「僕は、ドロケイが良いと思います。どうしてかというと、みんなが楽しめる遊びだからです。」
それは本当のことなのか。
「私は、ハンカチ落としが良いです。どうしてかというと、雨が降っても遊べるからです。」
2週間先の天気を予想できるとんでもないやつだ。
「僕は、ドロケイが良いと思います。どうしてかというと、前にやって楽しかったからです。」
誰も彼も基準は己である。
普段の授業では手を挙げないくせに、こういうときばかりいくら指しても上がる手の数が減らない。
欲望とは怖いものだと、頬杖をつく手を変えながら眺めるニシオ。
「それでは、ドロケイの意見が多いようなのでお楽しみ会の遊びはドロケイにしようと思います。反対の意見がある人はいますか。」
議場からたくさんの手が挙がる。みんなが楽しめる遊びとは一体何なのだろう。
「大浦さんどうぞ。」
「・・・忘れた?」
手を上げる筋肉と立つための筋肉を使っただけで記憶が消し飛ぶやつはどういう脳の構造をしているのか気になってしょうがない。
「飯田さん。どうぞ。」
「ぼくは、ドロケイという意見に反対です。どうしてかというと、遊びを決めるときの学級会の約束で、みんなが遊べる遊びとあります。ぼくは先週の体育の時間に足をくじいてしまって走れないので、みんなが遊べるという約束に反していると思うからです。さらに、毎回ドロケイが選ばれて、毎回トラブルが起こって遊べなくなるので、遊べていないので良くないと思います。」
学級会をする際には、必ず守らなければ行けない最低条件がある。ここを根拠にもつ考えは非常に良い意見である。
ニシオは通知表の文言に書けそうだと頭の中で文章を構築する。
「その意見はおかしいです。」
急に指名もされずに立ち上がる非常識な近衛が意見をまくし立てた。
「足をくじいたのは飯田のせいなんだから、そのためにドロケイがなしになるのは反対です。それに、トラブルが起こらないように注意すれば問題ないと思います。」
捕まったふりをしながら牢屋に突入してトラブルの原因を作り、あげく高跳びの時間に周囲の安全を確認しないで突っ込んで飯田に怪我をさせた張本人のお前が言うな。と眉間のシワを寄せるニシオ。
「それについて、飯田さん、どうですか。」
勝手に意見を言っているのを静止もせずにご丁寧に傾聴の姿勢でいるボンクラ司会者が定型文に沿って飯田に意見を求める。
「えっと。遊びを決めるときの約束ですから、誰かのせいとかいうのは良くないと思います。それに注意は何度もしているのに起こっているので、やめたほうが良いと思います。」
なぜ、すべての原因のお前が言うなといってやらぬのかと、この年代特有の、過去のことは一切水に流して覚えていない飯田の脳みそをひっぱたきたくなった。
「反対です。みんながやりたいのに、一人の意見で遊べなくなるのは良くないと思います。」
また、挙手もせずに意見をする近衛。そしてまた傾聴の姿勢を見せる木偶の坊。
飯田は何を言っているんだこいつは、と大層驚いた顔で近衛の方を見る。
「それでは、意見がまとまらないので近くの人と相談をしてください。時間は3分間です。」
木偶の坊の横の木偶の坊が、決して話し合いをしたところで解決できないであろう案件について無駄な時間を3分もとりやがった。
時計を見ると、もう授業の時間は過ぎている。廊下の方を見ると、書写の外崎のじいさんが窓の外を眺めて待っている。
ああ、また時間内に終わらなかったか。
口に出したい言葉を200個ぐらい押し留めて、椅子から立ち上がる。
「時間を過ぎているので、続きはまた明日。」
また、総合に犠牲になってもらおうか。
次の日の予定を頭の中で組み直しながら、ニシオは教室を後にする。
ニシオのいなくなった教室では、さきほどまでの欲望の熱気があっという間に冷め、消しピンやら抱きつきやら鼻くそほじりやら、いつもの空間に戻っていく。