夏の長い一日6(終)
時計の針が4時50分になった。ブラウン管ではまだ試合が続いている。しかし、ニシオはリモコンの赤いボタンを押して電源を切った。
「勤務時間終了。」
両手両足を伸ばしてでかいあくびをかます。
「もう帰るぞ。」
メダカを眺めている近衛にニシオが声をかける。
メダカは水槽の中を水草に支配されながらも、残った空間をあてもなく動き続けている。
「あーい。」
返事はするものの、目線はメダカから離さない。
「おめえの都合で、こちとら動いてねえんだよ。」
両手で近衛をつかみ上げると、両手両足で力の限り抵抗する近衛を廊下へ放り出すと、慣れた手つきでさっさと職員室の鍵を閉めた。
「はよ出ろよ。」
「外暑いじゃん。」
「夏なんだから当たり前だろアホか。」
近衛の懇願もむなしくどんどん戸締りが進んでいく。最後はむさくるしいニシオの足にしがみついて抵抗の意を示したが、思い切り足を振られ、めでたく玄関先に飛ばされてしまった。
ドアに鍵がかかる重たい音とともに学校は施錠された。外は相変わらず暑いものの、少し陽が傾いて赤みを帯びてきていた。
あきらめて立ち上がった近衛の頭に麦わら帽子を押し付ける。深々と被った近衛の表情はニシオからは見ることができない。
正面階段をドタドタと降りていくニシオの背後をペタリペタリとサンダルの音を立てて降りる近衛。その横を太いのと細いのと、影が段差で揺らされながら追従する。全ての階段の中央に置かれている鉢植えには、毎日の日直が忘れずに水をかけているおかげか、鮮やかな花が誰のためでもなく咲いている。その鉢植えを太いのと細いのとが、一つずつ影を当てていく。
「明日は来ないの。」
ニシオが最後の階段を下りた時、サンダルの音が止み、声だけが聞こえてきた。ニシオの足も止まり、止むことのない蝉時雨と、夏を彩る橙色が、その場を飲み込んでいった。
空を見上げた。橙空の真ん中に、入道雲がそびえたっている。
「戸締りと、小屋の掃除と、水やりと、机ふき。」
ニシオの横に思い切り地面をつぶす音が来た。深くかぶった麦わら帽子の中から夏の湿った空気を思い切り吸い込む音がした。
「たぬきそばとオレンジジュース!」
一発そう叫ぶと、麦わら帽子ごと、南門のほうへ走り出し、あっという間に視界から消えていった。
目線を南門からはずすと、ニシオは電話を取り出し、番号を打ち込んだ。明日の日直はニシオの嫌いな2年学年主任である。
「オレンジジュースは売ってねえよ。」
電話がつながる前にぼそりとつぶやいた。4時57分。夏の一日は長い。




