表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後ろ指を指されても、別に  作者: チゴロ
13/20

夏の長い一日5

 2階にある1年2組の教室に入るのは2年ぶりだった。

 近衛にとっては久々で懐かしい教室であるがしょせん2年である。大した変化はない。

 この教室で一番印象に残っていることは床のタイルの境目にやたらビーズが落ちていたことである。爪の間に入ってしまいそうな小さなものから、星形の平らなものまで。鉛筆でほじくると埃と一緒に簡単にビーズが取れた。それが面白くて休み時間はひたすら床にはいつくばっていた。入って早々、タイルの境目を確認する。ざっと見た感じではビーズは見当たらない。だいぶ発掘してしまったからもうないのかなと近衛は思った。

 しかし一応確認だと、教室の隅にある箱からおそらく落とし物であろう鉛筆を取ると、慣れた手つきで境目を穿り出した。2年ぶりであるがテンポよく隙間に入っているものを取っていく。埃に砂に消しゴムのかす。ビーズは出てこないが、根気強く掘り返していく。

 4つ目のタイルの周りをほじくり返しているとき、埃と一緒に光るものが転がり出てきた。近衛が小指の爪の隙間に引っ掛けて持ち上げる。

「まだあったかー。」

 水色の小さなビーズが小指に挟まっていた。鼻息荒く、笑顔がはじける。

 その後も満足するまでほじくり返すと、最終的に7つのビーズを発掘することができた。自分が大体とってしまったのだからこんなもんかと手のひらに並べて眺める。床には境目に沿って細かいゴミが散らかっている。

 ひとしきり眺め終わると、「えいや」と発掘したビーズを教室に撒いた。ビーズはどこかに当たって小さな音を出した後、見えなくなった。

 近衛は鉛筆をもとの場所に戻すと、満足そうな足取りで教室を後にした。


 2階を一通り見ると、階段を上へ上へと昇っていく。それとともに少しずつ体感温度も上がっていく。

 掃除をしなくなった階段の隅には、埃が溜まっている。踊り場では渦を巻いたような形になっていて、どこか芸術的である。その埃の前には学年掲示板。夏休みに楽しみなことというお題に対し、一人一人の答えが短冊に書かれている。濃くはっきり書かれた文字もあれば、果たして何と読むのかと悩むような縮れた線が飛び交っているものもある。自分の教室がある3階は最後にしようと、4階への階段に足をかける。

 昇って行った先にある踊り場の掲示板は6年生のものである。近衛には到底読めないむつかしい文字が並んでいるので見向きもしない。

 最後の一段を思いきり踏みしめ、4階までたどりついた時には額に汗がにじんでいた。3階までとは全然違う、夏がこもった空気で溢れてる。


 4階は5・6年生の教室がある。4階に来る用事なんてあった試しがないので新鮮な気持ちで廊下を歩く。窓から見える景色は普段より明らかに高く、遠くまで見渡せる。灼熱の校庭もとても小さく見えた。未だ降り注ぐ熱線のせいか、相変わらず人影は見当たらない。朝自分が描いた落書きは見えるだろうかと、目を凝らしたが、全く見えない。窓から目線を外して廊下の端まで歩き、窓の施錠を確認すると6年生の教室に入った。机が教室の後ろまでびっしりと並んでいる。近衛の教室だと一番うしろにはじゃれ合うことができる程度には空間があるのに、6年生の教室は、大きいのと、人数が多いのとがあって、ロッカーの前まで机が置かれている。そんな理由には全く気づかず、遊べる場所ないじゃんなんて不満をこぼす。近くの椅子に座ってみると、いつもの椅子なら足の裏が全部つくのに、つま先がなんとか床に触れられるくらいだった。いずれ、足がつくくらい背が伸びるのだろうかと、想像を膨らませながら椅子から降りた。

 机に頬杖をついて前を見ると、黒板の横に「卒業まで、あと246日」と手作りの日めくりカレンダーが飾ってあった。「卒業」は近衛も見たことのある文字列であったが、生憎(あいにく)小学3年生では読み方を習っておらず、小学校生活を終えてしまう不安と寂しさがこもった掲示物も、えらく先のことを楽しみにしているんだなあと、正しく意図を汲み取ってもらえなかった。目線をそのまま上げると、でっかく「大挑戦」の文字とクラス全員の手形が押してある布地があった。学級会で大議論の末に誕生した6年3組渾身の学級目標とデザインなのであるが、1秒で近衛の視界から消えてしまった。

 何も入っていない机の中を覗き込み、読めもしない学級文庫を適当にめくり、6年生の教室はこんなもんなのかと、あまり面白いものは見つけられなかった近衛はさっさと教室を後にした。


 汗がどんどんあふれてくる。服で拭っていくうちに生地も湿ってきて気持ち悪い。残りの教室は教室に入らず目視でさらりと確認をして、さっさと4階を後にした。階段を一段下りるごとに熱の膜が薄くなっていくのを感じる。3階に降りると、涼しいとすら感じられるようになった。高学年の教室は暑くていやだなあと近衛は思った。

 自分の教室がある3階はいつもの見慣れた風景が広がっている。しかし、いつも男子が走り回っている廊下に人影は当然なく、ほんの少し違和感を覚えた。トイレと廊下のカギの施錠をさっさと確認すると、一番奥にある自分の教室の前に立った。開けっ放しの引き戸の奥に広がっている空間は、自分が何度も見たことのある景色のはずなのに、別の場所のようだった。陽が落ちてきて橙の色に染まっている3年3組には、学級文庫や持ち帰り忘れた私物、教員の仕事道具など、他の教室ではいくらか見かけた物すらなく、教員用と児童の机と椅子だけが、規則正しく並んでいた。いつもなら落ちないのか不思議なくらい物が詰め込まれているロッカーにも、そこら中にごみが散らかっている床にも、歩くたびにぶつかって不快な机の横のフックにも何も物がなかった。近衛たちが使っていたことなんて夢であるかのように、不気味なほどきれいだった。一歩足を踏みいれると、自分の教室なのに、知らないクラスの教室に入った時と同じ心地悪さが体を嘗め回している。自分の机の前に来ても、自分が使っていたという事実が消されてしまったかのように、知らん顔して自分の前にたたずんでいる。

 別世界に来ている気がした。橙に染まる自分の教室のはずであるこの空間は、きっとパラレルワールドで、自分が存在しない世界なんだ。きっと自分の知らない人たちが、自分たちに代わってここで授業を受けて、生活をしているんだ。

 そんなはずはないと頭ではわかっているのだけれど、そんな変な想像が頭の中でどんどん膨らんでいく。心臓の音が急にわかるようになった。教室の全てに違和感を覚えた。

 すると突然、外が暗くなり、教室の中が暗くなった。さっきまでの橙はあっという間に灰色になった。

 もう元の世界に戻れなくなるのではないかと、ありもしない現実に怖くなって、足が勝手に動き出した。まだ3階の他の教室の施錠を確認していないことなんて頭から吹っ飛んで、他の教室をどんどん横切って3階から逃げていく。階段まで来ると、一段ずつ降りるのも惜しくなって一気に踊り場まで跳び降りた。足がじんじんしたけれど、気にせずすぐまた2階まで跳ぶ。左に曲がって、すぐに右に曲がって渡り廊下を全力で走った。突き当りの校長室を左に曲がると職員室が見えた。走ってきた勢いに任せて思い切り戸を動かす。


「バチン」


 頭に突き刺さる固い音を立てて戸が開いた。甲子園を映すブラウン管と、うちわを仰いでいるニシオと。変わらない光景が近衛の眼前に広がっていた。


「うるせえな。もっと静かに開けろよ。」

 職員室の窓の外は、また明るく眩しい夏の景色に戻っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ