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火曜日。


指定されたカフェで13時に須田くんと落ち合うことになった。

きのうの私の返信に対して、場所と時間の提案をしてくれた。なんでも、午前中にその近くで予定があるらしい。

提案されたカフェは美衣子たちと訪れたことがある場所だったため、すんなりとたどり着くことができた。

約束の時間より早く着いてしまい、カフェの前にあるコンビニに入り時間を潰すことにした。須田くんに連絡を取ろうとスマートフォンを手に取る。


手にしたスマートフォンには、この前電車で会った男の子から貰った駅名キーホルダーがゆらゆら揺れている。

きっとこのキーホルダーは保管しておくべき貴重なものなのだろうが、もし男の子にまた会えたなら、そのときは男の子に返そう。そう思って、いつ男の子に会っても大丈夫なように、いつも持ち歩くスマートフォンに付けることにした。


須田くんに、着いたよ、とメッセージを送る。

返事を待つ間に雑誌コーナーで気になる雑誌を物色する。

一冊手に取り、ぱらぱらとページをめくる。

流行ファッションや今話題のスポットなどには興味がある。

だって一応私だって女の子なんだもの。

自分で一応、と予防線を張ってしまうのは仕方のないことだ。

いつだって気持ちは女の子。

でも、内面と外見のギャップは今更どうしようもない。

かわいいと思う服装もバックも靴も、実際に着るのか、使うのか、と問われれば迷わずノーと答えてしまう。私には似合わない。

そうして結局いつも流行とは関係なく、同じような服装になってしまう。

今日の服装だって、いつもと変わらない。薄手の白のニットにジーンズをあわせたパンツスタイル。

大学での私を知っているかもしれない須田くんに対しても、私が私自身に予防線を張るように、そうやって予防線を張っていた。


手の中でキーホルダーが、ちゃらちゃらと音を立てた。


店の中で待ってる。


どうやら須田くんは既に店内にいるらしい。

雑誌を棚に戻しながら、正面のカフェの店内を観察してみる。男性のおひとり様がいたら、それはきっと須田くんだろう。

一通り見まわしてみたが、それらしき人は見つけられなかった。店の奥のソファー席にいるのかもしれない。

コンビニを出て、カフェに向かおうとしたとき、視界の隅で何かが動いた気がした。気になってもう一度カフェに目を向ける。


見つけた。

須田くんだ。


ひとりで座っている客ばかり見ていたから、道理で見つからなかったはずだ。

須田くんは、女の人と向き合って座っていた。


私と話すときはほとんど表情を変えない須田くんが笑っている。

そうか。

須田くん、彼女いたのか。


気がつけば、カフェに向かおうとしていた足は止まっていた。


無意識に女の人を観察してしまう。

かわいくて、綺麗な人だ。

ハーフアップにされた肩までの栗色の髪をとめているバレッタがきらりと光る。

スーツのような服装をしているから、社会人か私たちと同じ大学生かもしれない。須田くんを見てにこりと笑う姿に目が離せなくなる。

自分の魅力を分かっている女性らしい人だ。

そういう人は私にとって、眩しいほどにきらきらして見える。


見てはいけないものを見てしまった。


そんな気分だった。


自分の髪の毛を無意識に撫でる。

就活用に、もとから明るくもなかった髪色をいつもより暗くした。

今の髪色のその暗さのまま。もうほとんどが地毛の色だ。

特にヘアアレンジもしていない。ただ櫛でといただけ。

いっちゃんの髪ってすごくきれい、と美衣子に言われたことを思い出すが、それでも何だか敗北感を味わわずにはいられなかった。


不意に須田くんがこちらに目を向けた。


まずい。

目があった。


須田くんの予定を邪魔する気も、謎の敗北感と気まずさを味わう気も全くなかったのだが、この状況はどうすればいいのだろう。


とにかく、山野藤の本だけは須田くんから救出しなければ。


須田くんから目を離せないままコンビニの前で突っ立っていると、手の中でキーホルダーがちゃらり、音を立てた。


はっとしてスマートフォンに目を向けると、美衣子からの着信だった。

慌てて電話に出る。


「ねぇいっちゃーん。昨日連絡待ってるよ、ハート、って送ってたのに、何で電話くれなかったのよー」


美衣子さんは怒ってます、と開口一番に訴えてきた。

美衣子の声を聞いて、いつもの私が帰ってきた。そんな気がした。


「ごめん、連絡は見たんだけど、電話するの忘れてた」


あと、ハートの絵文字は見落としていたな。

きのうはバイトで疲れ果てて、須田くんとの連絡の後力尽きて寝てしまい、美衣子に連絡をしていなかったことを思い出す。


「薄情者」

「ごめんって」

「今どこにいるの?」

「この前、美衣子たちと来たカフェの近く。ほら、スコーンがおいしかったとこ」

「あーあそこか。なんか予定あんの?」

「あるような、ないような」


ちらりと、須田くんとその彼女さんが座っている席に視線を送る。

須田くんが座っていた席に須田くんの姿はなく、彼女さんだけがぽつりと座っていた。


あれ、と思ったときには、肩を叩かれていた。


「いっちゃん」


突然の須田くんの登場に驚き、スマートフォンが手から滑り落ちる。

地面に打ち付けられ、がしゃん、鈍い音がした。


慌ててスマートフォンを拾いあげ、画面とキーホルダーが無事なことを確認する。

目立った傷はなさそうだ。

よかった。


「悪い。驚かせた」

須田くんはバツが悪そうに今日もぼさぼさの頭をかいた。

「大丈夫。スマホも無事だから」

ほら、と須田くんに画面を見せて、美衣子と通話中だったことを思い出す。

スマートフォンからは、ちょっと、ねぇ、いっちゃん、という美衣子の慌てた声が微かに漏れていた。

「ちょっとごめん」

須田くんに断りを入れて背を向けて、美衣子との会話を再開する。

耳元で風に揺れてキーホルダーが、ちゃらり、音を立てる。


「ごめん。ちょっとスマホ落としちゃった」

「耳元でガシャンってすごい音したから!びっくりした!いっちゃんも体験してみるべきだ!本当にびっくりした!」

「ごめんって」

「今日はカレーの気分です」

美衣子が謎の報告をしてきた。

「カレー?」

「今日はいっちゃんのカレーを食べないと、この怒りはおさまりません。私の家の近くにいるみたいだし、そのまま家に来なさい」


確かに、ここから美衣子の家まで歩いて20分程度で着く。

着くには着くのだが。


「え、今から?」

「そう!いまから!」

「お母さんとお父さんは?いきなり行ってもお邪魔になるでしょ」

「だーいじょーぶ。今日は二人とも仕事で遅いんだ」

「それってさ、もしかして夕飯要員ってこと?」

「あら。ばれちゃった?」

「そのためにわざわざ電話してきたの?」

私行かないよ、と言うと美衣子は切り札を出してきた。


「私だって、こんなことしたくないけどぉー。昨日電話してこなかったのはどこのどなたでしたっけねー。私はいつだっていっちゃんからの連絡無視したことないのにぃ」

「いや、別に無視したわけじゃ」

「へ、ん、じ、は?」

「はい。分かりました」

よろしい、と上機嫌な美衣子は足りない材料送っとくね、と言い残して勝手に通話を終了した。

何だかどっと疲れたのは気のせいだろうか。


「ごめんね、この後予定入っちゃって」


須田くんの方を向きながら言った言葉は、我ながら勝手で身勝手なものだと思う。

これじゃあ美衣子のことを勝手だ、わがままだ、と文句を言うことはできない。

振り向いたときの須田くんがどんな表情をしていたかは怖くて見られなかった。

「そうか。じゃあ、これ渡しとく」

本当に悪かった、と何度目かと思うほどの謝罪と共に、紙袋が差し出される。

「ありがとう」

渡された紙袋を受け取り、胸に抱く。


私の、もう私のじゃないけど。

山野藤の本が戻ってきた。

おかえり、私のお気に入りさん。


「本当は、この後カフェで何か奢ろうと思ってたんだ」

でもそれも無理みたいだな、と言った須田くんは何だか少しだけ困った顔をしていた。須田くんと初めて二人で話したときのあの顔。

「そこまでしてもらっちゃ悪いよ。ほら、彼女さんにも悪いし」

自分で言った言葉で、彼女さんの存在を思い出し動揺してしまう。


「じゃあ、また大学で。ばたばたしてごめんね。本ありがとう。大事にする」

一気に言いたいことを言ってしまうと、返事を聞く前に須田くんに背を向けて歩き出した。


最低だ。

今の自分はきっと身勝手で、わがままな嫌な奴だ。

須田くんもそう思ってるに違いない。


いっちゃん、と須田くんが私を呼ぶ声がした気がしたが、気のせいだと思うことにした。


歩くスピードに合わせて、紙袋の中の本がすとん、すとん、と揺れている。


どうしよう。


不安と、不満と、嫉妬と、安堵と、自己嫌悪と。

誰に対しての感情なのかも分からない。

複雑に絡み合って、頭の中がぐちゃぐちゃだ。


すとん、すとん。


ぐちゃぐちゃな私の中で、山野藤の本だけが一定のリズムを刻んでいた。


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