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ようやく藤さん登場です
初めて藤さんのラジオを聞いた日のこと。
まずは、ラジオを聞くまでに一騒ぎがあった。
住んでいる地方では放送されないということが分かり、自室に置いてあるオーディオが使えないことが発覚。
そのことに気が付いたのが、23時になる5分前。
大慌てでネットに助けを求め、どうにか聞く方法がないかを検索。
スマートフォンアプリで聞けると分かったのが、23時ちょうどのこと。
山野藤の作品は読んだことがなかったが、もはやここまで来ると、なんとかして山野藤の正体を暴いてみたくて仕方がなかった。
そわそわしながら、アプリのダウンロード完了を待つ。
アプリを開き、放送局の設定が完了したのが、23時から5分が過ぎたころ。
小さな機械から流れ出したのは、女の人の声だった。
「改めまして、こんばんは。
本日のwisteria radioのお相手は、山野藤、女性バージョンです。
今日は藤子さんということでひとつよろしくお願いしますね。
では、早速メールをお読みしたいと思います」
正直に言うと、この後のメールの内容なんて頭に入ってこなかった。
「山野藤、女性バージョン、とは?」
頭の中でその一文がぐるぐるとまわっている。
今の声を聞く限り、山野藤さんは女性だ。
少しハスキーな印象はあるが、言葉使い、笑声、何といっても女性特有な話題の豊富さ。
覆面作家・山野藤はもしかして2人いるのだろうか。
「では、続いてはラジオネームうさぎさんからのメールです。
いつもメールありがとう。
藤子さん、こんばんは。
先日、藤子さんのインタビュー記事の掲載されている雑誌を
拝読しました。
わぁ、ありがとうございます。
今回の記者さんは、
藤子さんの特徴の一つを『メガネ』と書かれていました。
藤子さんは普段メガネをかけているのでしょうか?
かけているのでしたら、
どんなメガネなんでしょうか?気になります!
同様のメールを何通か頂きました。
えっと、ゆーみさん、ぺっぺさん、
藤くんバージョンをお待ちしてますさん、
ありがとうございました」
藤子さんはラジオをする上に、インタビューも受けるのか。
ますます疑問が増えて、山野藤のことが分からなくなる。
そもそも、「藤くんバージョンをお待ちしてますさん」ってなんだ。
ラジオネーム長くないか。
「みなさん、私のことがそんなに気になるの?
嬉しいけれど、少し気恥ずかしいですね。
今回は、初めてお会いする記者さんでしたので、
いつものルールで、
私の特徴を一つだけ書いてもらいました。
インタビュー当日にメガネをかけていたから、
その印象がきっと強かったのね。
メガネはかけたり、かけなかったりします。
執筆中はパソコンを使うから、PCメガネを持っていますね。
色は茶色かな。
ん?ブースの外から指示が出ました。
今日の服装を話してください、だって。
そういうのいる?私ただの覆面作家なんですけども。
今日の服装は、Tシャツにジーパンです。
あー、もっとおしゃれしてくるんだったな」
ラジオを聞きながら、山野藤についてパソコンで検索してみた。
山野藤の著書には、普段小説をあまり読まない私でも書店で何度か見かけたことがある表紙の本が何冊もあった。
実写化された作品はまだないらしいが、アニメ化が進行中の作品があった。
近未来のラブストーリーらしい。
検索結果をスクロールしていくと、非公式のファンサイトがあった。
覆面作家・山野藤の作家活動にはいくつかのルールがあるらしい。
サイトには、ファンがまとめたルールやラジオの概要があった。
・基本情報は公開しない
(顔写真、性別、生年月日等)声のみ公開。
・インタビューのみの掲載ならば取材可。
初対面の記者には印象に残った特徴を書くことを許可。
もちろん書かなくても可。(性別等は不可)
・現在までに公開された特徴:
声が素敵、涙ぼくろがある、指がきれい、黒髪ストレート、
笑うとかわらしい、左耳にピアスをしている、
クールな印象、パーマをかけている、背が高い、
メガネをかけている(9月8日更新)
・代表作『苺のないショートケーキ』が
「書店員が選ぶヒット小説はこれだ!」で大賞を受賞。
現在までに発売された作品は恋愛小説、青春小説、
時代小説、児童書等多岐にわたる。
現在は推理小説を執筆中(9月8日更新)
・『覆面作家 山野藤のwisteria radio』では、
山野先生が毎回異なる山野藤を演じる。
番組開始前に、リスナーから募集した
「山野藤のイメージ」が入ったボックスから
山野先生が一枚引き、
番組終了までの30分間をそのイメージを演じる。
藤子さん、藤くん、実はギャルな藤姉さん、
ツンデレ藤くんなど、いろいろな山野藤を演じている。
・一度だけラジオのプレゼント企画を実施。
その際演じていたのが「駅長・山野藤」だったため
難解な駅名の入ったキーホルダープレゼント企画になった。
「北一已」「苫米地」
「笑内」「朝来」
「鶯巣」「川水流」
「学文路」「百草園」
「雨晴」「雑餉隈」の計10個を
リスナー10人にランダムでプレゼントした。
山野藤は想像していた以上に面白い人らしい。
言ってしまえば、とても変わった人だ。
ホームページを読むのに夢中になっている間に、ラジオはエンディングを迎えていた。
「今週の藤子の30分間はいかがだったでしょうか。
皆様からのメールはホームページからお願いします。
今週は本のお話ができなかったから、
来週は最近読んだ本のお話をしたいと思います。
来週はどんな山野藤が皆様のお相手をするのでしょうか。
私も楽しみです。
では、また来週の金曜日23時にお会いしましょう。
お相手は、藤子こと山野藤でした。
おやすみなさい。」
パソコンの横に置いていたキーホルダーを手に取る。
「ざっしょのくま」キーホルダーは、確実に山野藤のラジオのプレゼント企画で当たったものだ。
しかも、プレゼント企画が実施されたのは一度だけ。
レアものだよ、と言って去って行った男の子が脳裏によぎる。
確かにこれはレアものだ。
そして、あの男の子にこのキーホルダーをあげたお兄さんはきっとこのラジオを聞いてた。
まだ見たこともない、これから出会うこともないだろうお兄さんが今日もこのラジオをどこかで聞いていると思うと、くすぐったいような気持ちになると同時に、何だか申し訳ない気持ちになった。
手の中で「ざっしょのくま」の文字をそっとなでると、ちゃらり、音がした。