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  「こんばんは。

   今日のお相手はラジオネーム りん さんからお題を頂きました、

   ダンディーなおじさま、山野藤です。

   23時30分からの30分間。

   こんなおじさんな私ですが、どうぞ最後までお付き合いください」


 毎週金曜日のささやかな楽しみ。

 今日の山野藤はダンディなおじさま。

 前回聞いた透き通るような声とはまた違った渋めな声。

 声を発している山野藤自体は変わっているはずがないのに、

 使っている言葉や語尾が変わるだけでこうも印象が変化するとは。



  「では、みなさまから頂いたメールを読もうかな。

   ラジオネーム ぺろん さん。

   山野先生、こんばんは。 はい、こんばんは。

   私はデビュー当時から先生のファンで、ラジオも毎週楽しみに聞いています。

   先日とても嬉しいことがあったのでメールしました。

   私には気になっている人がいます。 おぉ、青春ってかんじだな。

   その人とは通勤で使っている電車で顔を合わせるのですが、

   先日その人が山野先生の小説を読んでいたのです!

   私は山野先生の小説が大好きなので、

   自分と好きなものを読んでいるその人のことをますますいいな、と思いました。

   まだその人とは話したこともありませんが、

   いつか自分の気持ちを伝えてみたいなと思うきっかけになりました。

   山野先生は、先生の小説を読んでいる方を見かけたとき、

   どのような気持ちになりますか?」


 山野先生の小説。

 そう言われて思い出すのは、火曜日に須田くんから貰った2冊の本。

 何だか気まずくて、結局あれから須田くんには連絡できていない。

 大学でも会わないように、なんとなく早足になる。

 本当ならば、お礼を言わなければならないはずなのだ、私が。

 

  「電車での出会いっていいよなぁ。この年になっても、憧れちゃうな。

   ん?あぁ、僕は結構ロマンチストですよ。電車も普通に使うしな。

   やっぱり、いつになっても恋愛っていいもんなんだよ。

   ぺろんさんの恋も影ながら応援するよ。

   僕の本がきっかけっていうのもちょっと照れくさいが、悪くないね。」


 低くて、落ち着いている声。

 でもどこか少年のようなおちゃめなかわいさが残る声。

 山野藤の声の後ろで流れているBGMも影響しているのだろうが、

 どことなくバーにいるような気分になってくる。

  

  「さてと。

   質問は、僕が自分の小説を読んでいる人を見かけたときの気持ち、だな。

   正直に言うと、恥ずかしいね。とてつもなく恥ずかしい。

   僕は顔写真を出していないし、メディア露出も少ない。

   だから、読者の人は僕のことを詳しくは知らない。

   それでも、僕の小説を読んでいる人を見るとなんだか僕の心の中を読まれているような、

   くすぐったい気持ちになるな。

   でも、嬉しいよ。純粋に。とても嬉しい。


   とても幸せそうに、満足そうに、時に悲しそうにさ、

   いろんな表情で僕の小説を読んでくれる読者さんを見かけたことがあってな。

   そのとき、僕スランプだったんだよ。なんか上手く書けなくてなぁ。

   でも気づけたんだ。

   僕の書いた小説で、誰かの心を揺さぶることができていたんだって気が付けた。

   嬉しすぎて、僕が山野藤なんだって言ってしまってお礼を言いたかったな。


   その読者さんがこのラジオを聞いてるか分からないが、

   この場を借りてお礼を言わせて欲しい。

   ありがとう。

   ぺろんさんみたくラジオにメールをくれるリスナーさんも、

   ファンレターを送ってくれる読者さんも、

   僕の作品を読んでくれている読者さんも、本当にありがとう

  

   ちょっと、思いがけず、いい話になっちゃったな。

   まあ、要はまた新刊出たら是非読んでやってくれってことだな」


 山野藤は静かに笑いながら、今週の一曲の紹介を始めた。

 

 須田くんがくれた本は一冊はコーヒーに浸ってしまった本と同じ本のはずだ。

 もう一冊は、実はまだ確かめていない。

 わざわざ買って掛けてくれたくれたであろうピンクと水色のブックカバー。

 カバーを外すことができなくて、かといって本を手にすることもできなくて。

 いまだに紙袋に入ったまま部屋の隅に置いている。

 

 「本は誰かに読まれるためにあるんだよなー」


 山野藤の話を聞いて、須田くんの本と向き合う勇気が湧いてきた気がする。

 ぽつんと置かれていた紙袋を引き寄せ、本を取り出す。


 ピンクのブックカバーと水色のブックカバー。

 表面はしっとりとしており、手触りが良い。


 さて、どちらがコーヒーに浸った児童書だろうか。


 ラムネのビー玉という言葉を思い出し、水色のブックカバーの掛かった本を手に取る。

 そっと表紙をめくると、見知ったタイトルが目に入った。

 やはりこちらが、約束の本のようだ。


 じゃあ、ピンク色のブックカバーの一冊は?


 妙に緊張しながら、その一冊を手に取る。


 はらり。


 表紙をめくると、一枚のメモが落ちてきた。



 ―――大切な本を汚してしまったお詫びです。

    この小説、俺のおすすめ。

    読んだことなかったら、よかったら読んでみてください。 須田



 メモを握る手がどくん、どくん、脈を打っているのが分かる。



  「お送りしました曲は、『ホーム』。

   電車の恋、ということでチョイスしてみたが、

   今日の僕のこの声のテンションには少し合わなかったかな、と反省中。

   みなさんの恋が、想いが、気持ちが、

   好きな人に、友達に、大切な人に、届くと願いを込めて。

   僕の小説が小さな始まりになるとこれ以上に光栄なことはない」



 須田くんの声。

 須田くんの仕草。

 出会って、話をして、何度も見た少し困った顔。

 カフェで見た笑った顔。

 初めて見る須田くんが書いた文字。


 遅刻魔の須田くんから知り合いの須田くんになってまだ数日しか経っていないというのに。

 

 なぜだろう。

 こんなにも須田くんのことが思い出せる。

 

 ピンク色のブックカバーをそっとなでてみる。

 須田くんがお詫びとしてくれた小説。


 タイトルは『火星のはしっこで待っている』。

 作者は、山野藤。


 やはり、と思いつつも、山野藤の声を聞きながら新たな山野藤の作品と出会えたことに驚く。


 「明日、話せるかな、私も」


 須田くんと話さなくてはいけない。できれば会って。

 須田くんの顔を見て話したい。

 なにを?

 まずは、お礼を言わなくては。

 それから、それから。


 スマートフォンを手に取り、メッセージアプリを開く。

 ちゃらり。ちゃらり。

 『ざっしょのくま』のキーホルダーの音が鳴る。

 思えばすべての始まりは、このキーホルダーだった。

 あの男の子は今どこにいるのだろうか。


 須田くんへのメッセージを考える。

 特別なことをしているわけではないはずなのに、胸の高鳴りがおさまらない。

 緊張のせいなのか、喜びで気分が高揚しているのか。

 それとも。


 開け放っていた窓から風が入り髪をなでる。

 ひんやりとした風が火照った頬を冷やしてくれる。

 もうすっかり秋である。


 窓から見えた空には、おうし座のアルデバランが輝いていた。




 


   

   


   

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