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久しぶりの更新となってしまいましたが、ゆるゆる更新できればな、と思っています。

気長にお楽しみいただけると嬉しいです。

我が家のカレーを伝授されたのは中学生の頃。


切って、煮込んで、カレー粉を入れる。

簡単な工程の中に我が家独特のルールがいくつもあって、初めて作ったカレーはままずくもなく、かといって特別おいしいわけでもなかった。

いまだに、いわゆるおふくろの味を完全に再現することはできていない。

それでも、私の作るカレーは結構好評だ。

そういうわけで、美衣子の家でも何度か作って振る舞っている。


「やっぱりおいしい!いっちゃん家の子どもになりたい」

おいしい、おいしい、と感想を言いながら食べてくれると作ったこっちも嬉しくなる。

黙々と食べる隆平くんも、美衣子の感想にうなずいてくれる。

食べる手を止めないあたり、気に入ってもらえたようだ。

「カレーでよければいつでも作るよ」

私も自分で作ったカレーを口に運ぶ。

何種類ものハーブとスパイスに、チャツネソース、レーズン、野菜ジュースを入れた我が家の味。

カレー粉は市販のものを使うけれど、カレーは我が家のカレーが一番おいしいと思う。


「今日泊ってく?」

「ううん、帰るよ。何も準備してきてないし」

「着替えなら気にしなくていいのに」

「うん、でも今日は帰るよ」

「分かった。また今度ゆっくり泊りにおいでね!」

「うん、ありがとう」

美衣子はにっこり笑うと、遅いから駅まで隆平に送ってもらってね、と言った。

「え、いいよ。隆平くん勉強あるだろうし、まだそんなに遅くないから」

時計を見て時間を確認する。

まだ20時だ。バイトから帰る時間よりも早い。

「大丈夫。カレーのお礼に送ってくから」

私をまっすぐ見つめる隆平くん。どうやら拒否権はなさそうだ。

「分かった。じゃあ、お願いします」

うん、とうなずく隆平くんの目じりが少し下がっていて、照れているのだと思った。

なんだか初々しい反応で、こちらまで恥ずかしい。

「片付けは私するから!なんて言うんだっけ、えっと、ほら!あとは若い二人でってやつだよぉ!」

美衣子が私と隆平くんを見ながらにやりと笑う。

「おまっ、ちょっと黙れよ!」

「美衣子、それ使う場面間違えてると思う」

二人からの抗議の声をさらりと流しながら、美衣子は声をあげて笑った。



「じゃあまた大学で!今日はいろいろありがとね!隆平、いっちゃんを頼んだ!」

美衣子に見送られて、隆平くんと駅に向かう。


「ごめんね、送ってもらっちゃって」


美衣子の家から最寄り駅まで歩いて15分。

ひとりで歩けば何ともない距離だが、誰かと一緒に歩くというだけで少し緊張するような、安心するような、複雑な気持ちに包まれる。

その理由が、私の隣を歩くのが隆平くんだからなのかは、正直分からない。


「いや、俺はむしろ嬉しいから」

思わず漏れ出た本音を隠すように、夜道は危ないって言うし、と慌てて付け加える隆平くんを見て、思わず口元が緩む。

「そっか、ありがとう」


ふと足を止めた隆平くんを、振り返る。


「欲を言えばですね、俺もみぃみたいに、また大学でね、って言えるような関係になりたいんです、いっちゃんと」


俯いていた隆平くんが顔を上げ、視線が合う。


「いいなって思っちゃったんですよ。明日も、明後日も、その後も、またねって言って気軽に会えるのっていいなって」


いつもより強張った顔をした隆平くんを見上げて、初めて会った日のことを思い出す。


「かっこよくなったね、隆平くん」


あのときと同じ。

背伸びをして隆平くんの頭をなでる。


手のひらにさらさらとした感触が伝わってきて、なんだかくすぐったい。

不意に手首に熱を感じ、ひんやりとした風が手のひらを撫でた。


「誤魔化さないで」


「それは、初めて会ったときの答えを聞かせてほしいってこと?」


私の顔を覗き込んできた隆平くんの目が揺れる。


「ごめんなさい」


やっぱりまだ言わないで、とつぶやき、私の手首を解放する。


「俺、ずるいんです。いっちゃんのこと好きだから、答えを聞くのが怖いから。まだいっちゃんの横にいられる理由が欲しいんです」


好きなんだ。


囁くような言葉と共に、解放された手首を再び掴まれ、今度は手のひらをきゅっと握られた。


目の前にいるのは、誰なんだろう。


大きな男の子だった隆平くんが、今では小さな男の人に見えてしまう。

隆平くんにとっての2年間はそれぐらいのスピードなのだ。

少しずつ、着実に。

隆平くんは男の人になっている。


「いつも通り友達の弟としての扱いでいから。でも時々でいいから、俺とも連絡して。みぃだけじゃなくて、俺にもかまってほしい」


顔を覗き込まれて、どきりとする。


友達の弟。でも、私を好きでいてくれる人。

じゃあ、私にとって隆平くんは?


困らせるようなこと言ってごめん、と目に見えてしょんぼりする隆平くんを見て、いつもの隆平くんだと安心する。


「いいよ。時々でいいなら、かまってあげる。私もさっきはいじわる言ってごめんね」


きっと、私と隆平くんの関係はあいまで、不確かだ。

周りから見たら普通ではない関係かもしれない。

それでも、お互いにその関係に名前を付ける勇気もなくて。

変わっていくことが怖くて。

何重にも予防線を張る。



この2年間、私たちの関係に名前が付くことはなかった。

果たして、この関係に名前が付くのはいつだろう。そう思っていた。


もしかしたら、その日が来るのは、そう遠くないかもしれない。



「ね、隆平くん。最初とのギャップを見せて徐々に仲良くなろう作戦は、もう止めてね」


再び駅へとならんで歩き始めた隆平くんに声をかける。


「は、えっ、ちょ、それ誰からっ!」

「もちろん、あなたのお姉さまから」

さっきの仕返しだと思いながら、頭を抱える隆平くんを横目で見てほくそ笑む。

「そういうさ、いろんな隆平くんを見せてよ。無理に追いつこうとしないで」


今の隆平くんの方が好きだよ。


仕返しついでにもう一つの爆弾を落とす。


「もうほんと、いっちゃんには敵いません。ほんと好き」

「うん、ありがとう」



大人になりたい隆平くんと、大人になりきれていない私。

現実を見ないふりして、現実から逃げている。

たくさんの予防線を張って、自分を守っている。

それでも何かの変化を望んでいる。

そんな、少し似ている私たち。



「今度連絡します。じゃあ、また」

「送ってくれてありがとう。またね」


隆平くんに軽く手を振ると、紙袋の中で山野藤の本が、かさり、音を立てた。


この15分で「またね」と言えるようになった隆平くんと、それを言われた私のスピードはきっと違う。


電車に乗り込み、車窓から見えるイルミネーションで彩られたテーマパークを眺める。


まるで、ジェットコースターとメリーゴーランドみたいだ。

隆平くんは大学生になり、私は社会人になる。

大学生の時間と社会人の時間。

同じようにぐるぐる回り、悩んでいる私たちだけれど、きっとお互いが進むスピードは違う。


それが分かっていながら、隆平くんとの関係に名前を付けずにいる。

隆平くんは自分のことをずるいと言った。

でも、一番ずるいのはきっと私だ。

私は本当にずるい。


車窓の景色は、ビルが建ち並ぶ街並みから田圃へと変化する。

灯りの数が減り、だんだん暗くなっていく。

思わずため息が漏れた。


ふと、抱えていた紙袋の重さが気になり、須田くんと別れて初めて紙袋の中を覗いた。

そこには、2冊の本が入っていた。

もしかしてコーヒー漬けになった本も入れてくれたのかと思い、本を取り出してみて驚いた。



シミひとつない本が2冊。

しかも一冊には淡いピンク色、もう一冊には水色のブックカバーが付いていた。



電車は私の家の最寄り駅に近づき、周りの景色は一気に明るさを取り戻していた。


ラムネを飲んだときのような胸の高鳴りと共に、しゅわしゅわと少しの切なさが胸に広がった。

 

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