お嬢様
◆◆お嬢様視点です◆◆
~~とある昼下がり~~
わたくしは本日の日課である習い事を全て終らせ、私室でのんびりと読書を楽しんで居た所だったのですけれど、扉をノックする音に気が付き、読書を中断して本を置きました。
さて、どなたでしょうか?
とは言っても、わたくしの部屋へ訪れる者など使用人くらいしかおりませんので今回もそうなのでしょう。
ただ、何故かわたくしは使用人に嫌われている様でして……素っ気ない態度ばかりとられてしまうので少し返事をするのに気が引けてしまいますわ。
数瞬の間の後、意を決し部屋へ入る許可を出します。
「お入りなさいな」
「失礼致します」
返事の後、扉を開けて入ってきたのは我が公爵家のメイド達を束ねるメイド長でした。
基本的にメイド長がわたくしの元へ来る場合は何か特別な用件があるときだけですので彼女が入ってきた事に少しながら驚きました。
「お嬢様、かねてより選考中でした専属侍女が決定致しましたので連れて参りました。 お会いになりますか?」
あらあら、用件は専属侍女の事でしたのね。
専属侍女はわたくしも心待ちにしている事ですので嬉しいですわね。
心待ちに為過ぎて待ちくたびれてしまった程ですもの。
「あら、やっと決まりましたのね。 今度は急に転属するなんて事は無いんですわよね?」
そうなのです、実は何度か決まったと言って紹介をお受けしたのですけれど、何故か毎度毎度わたくしの専属侍女の方はすぐにどこか別の部署へ転属する事になってしまっておりますの……。
何かの手違いが重なってこのような事になってらっしゃるのかしら?
「はい、この度は入念なストレステストを行ない万全を期しましたので大丈夫で御座います」
…………ストレステストって何ですの?
万全を期したと言うのも良く分りませんわね。
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あら、考えに耽っていたらメイド長に目線でお会いするかどうかの返事を催促されてしまいましたわ。
返事を致しませんと。
「ええ、会いますわ。 入れて頂戴」
「かしこまりました。 アイアリスさん、お入りなさい」
「はい、失礼致します」
扉の外から返事が返ってきましたわ。
澄んだ素敵な声ですのね。
声に続いて静かに扉が開き、上級メイドの制服に身を包んだ少女が入って来ましたの。
…………綺麗。
白く染みのないお肌、ですけど白すぎという事も無く健康的な肌色。
スラッとした手や首すじ。
綺麗なアールを描く頬のライン。
真夏のルール湖の様な深く透き通った、青と言うよりも紺に近い瞳の色。
なによりも美しいのは艶々で癖の全く無い、黒よりも黒い漆黒の髪。
本当にお綺麗……わたくしよりも断然美人ですわ。
悔しい……と言う気すら起き無い程素晴らしいですわね。
しかも彼女、足音どころか衣擦れの音すらも立てずに完璧な仕草で歩いているわ。
どうやっているのかしら?
「お嬢様、この者がこの度お嬢様付きの専属侍女に決まったミュリアナ・アイアリスです。 アイアリスさん、こちらが貴方が誰よりも優先して忠誠を誓うお相手、マーシリア・フォン・リーンスルール様です」
「お初にお目に掛かります。 ただいま紹介頂きました、ミュリアナ・アイアリスと申します。 どうぞ宜しくお願い致します」
素晴らしい……素晴らしいわ。
本当に素晴らしい……のですけれどダメですわね。
是非わたくしの侍女になって頂きたいのですけれど、今回は諦めた方が良さそうですの……。
何故って?
だってこの方、まだお胸も出ていらっしゃらない様なお子様ですもの……もう少しご両親に甘えさせてあげるべきお歳ですわ。
何年か経ったら、わたくしから迎えに行ってでも専属侍女になって頂きたい位ですけれどもね。
ですので――
「あら、若いわね。 このような年端も行かない者、わたくしの侍女には相応しくないわ。 この者はすぐに親元に帰してきなさい」
――今はまだ我慢ですの。
でも、そんなわたくしの我慢を知るよしも無いメイド長が焦った様に言いましたわ。
「お嬢様、年端も行かないと言う程この者は幼くありませんよ。 この者は十六歳、お嬢様よりひとつ年上で御座います」
え、年上ですの!?
驚きですわ!!
ですけど本当かしら?
だってわたくし、十歳の時にはもうこの方より胸ありましたわよ?
にわかには信じられないですわね。
ついついジーーっとお胸の辺りを凝視してしまいます。
………………そうですわ!
分りましたの。
この方、きっと貧乏で食べ物が手に入らず栄養が足りていませんのね!
だからこんなにも発育がお悪いのですわね。
ですが大丈夫ですわ。
我が家は他の貴族とは違ってそう言った貧困にもしっかりと対応いたしておりますのよ。
お母様が中心になって進めていた擁護施設があるはずですもの。
そこへ入れる様に手配してさしあげましょう。
わたくしはメイド長へ指示を出します。
「へぇ…………なら、貧民なのね。 確か我が領にはそう言った者の受け入れ施設があるはずよ。 そこに連れ行きなさいな。 あそこなら多少はマシな栄養が摂れるでしょう」
さあすぐに手配なさい。
との思いを込めてメイド長へ視線を向けました。
けれど――
「いいえ、ですからお嬢様、彼女はアイアリスです。 貧民でもありません。 ご存じありませんか?」
――そう鋭い目つきで睨み付けられながら言われてしまいました。
わたくし、気が小さいんですからそんな怖い顔で見ないで下さいまし……わたくしが何か失敗したんですの?
「アイアリス? アイアリス………………あぁ、そう言えば確か我が家の隣にそんな名前の家があったわね」
メイド長の視線が怖いから手元に置いておいた扇を取って半分隠れる様にして必至に答えましたわ。
覚えておいて良かったですの……。
何故だかは分らないのですけれど、以前お兄様とお父様が会話してる時にチラッと話題に上ったので印象に残っておりましたの。
だんだんと詳しい事も思い出してきましたわ。
たしかアイアリス家の御領地は田舎ではあるけれど平和な牧草地帯だった筈ですわね。
ご両親も仲睦まじくご健在でお家騒動とは無縁だと我が家の秘密の資料に書いてありましたわ。
最低限、衣食住に困らない程度の領地収入はある、とも書いてあったわね。
生活に困らないのならわざわざこんな表裏のある面倒な世界に出て来なくても良いと思うのですけれども……。
「あんな田舎からね。 別に出てくる必要も無いでしょうに、物好きなのね」
何か事情が有って仕方無しに出て来ているのかもしれませんし、せめて無理はしない様にある程度肩の力を抜いてお仕事して貰いたいですわね。
今のうちにそう伝えておきましょう。
「ま、せいぜい失敗しない程度に頑張りなさいな」
気の利く主人、って感じでわたくしの株も上がったかしら。
「はい、精一杯頑張らせて頂きます」
「……そ」
あら、伝わらなかったのかしら?
それとも、この方はもしかしてすっごい頑張り屋さんなのかもしれないですわね。
まあ良いですわ。
無理してたらその都度声を掛けてあげれば良いんですものね。
さて、あんまり長い間拘束するのも悪いですし、今日はこの位で下がって休んで頂こうかしら。
そう思ってわたくしは“退室しても良いですよ”と言う合図を出しましたの。
その合図を見てわたくしの侍女とメイド長は一礼して退室していきました。
◆◇◆◇◆
その夜、わたくしの私室へメイド長が尋ねて来ました。
用件は当然、昼間顔合わせした新しくわたくしの侍女になった方のお話でしょう。
毎回侍女が決まるとこうして身辺調査の結果を報告にくるのですわ。
「それで、どのような方なんですの?」
わたくしは何とはなしに扇で虚空をゆるくあおぎながら尋ねます。
「はい、ミュリアナの身辺調査に問題は御座いませんでした。 戸籍、素行、言動に不審な箇所や注意するべき点もありません。 また、趣味や交友関係にも特に問題御座いません」
メイド長の報告を淡々と聞き流します。
そもそもこの段階の調査で問題がある者が我が家の本邸勤めに入れる訳がありませんのでこの報告はただの形式みたいなものなのです。
ですのでさっさと終わらせる為にわたくしは目線で続きを促します。
「では次にあの者がどのような性格で普段どのような事をしているかの報告で御座いますが、通常勤務日の夜などの余暇は貴族年鑑や勤務内容の予習復習をして過ごしております。 そして休日は町の図書館で本を借り、喫茶店や広場へ行って読書をしている事が多い様です。 それと、特にこれと言って散財している所を見かけなかったので調べたのですが、驚くべき事にあの者は給金のほぼ全てを実家へ仕送りしていました。 出稼ぎに来ている他の者でも給金の半分も送れば多い方なのです」
なんですって!
やはりあの方は貧困の為に奉公に出て来ていらっしゃるのね。
可哀相に……。
そんなにご実家は貧しいのかしら?
あら、そう言えば以前見た資料には“衣食住には困らない程度の領地収入がある”と書かれて居た様な……。
……まあ資料が書かれた後に状況が変わったのかもしれませんわね。
「以上で報告を終わります。 何か詳しく知りたい事がありましたらお言いつけ下さい。 すぐに調査してお伝え致します」
「そう、分りました。 特にありませんわ。 下がりなさい」
これで専属侍女を迎える為にしなければならい事が終わりましたわ。
それにしても…………やはりあの方は素晴らしいですわね!
すべての報告を聞きましたが非の打ち所が無いではないですか。
安心しましたわ。
これは是が非でも仲良くならなければいけませんわね。
明日お話するのが今から楽しみですの。
あ、そうですわ!
今度こそ仲良くなる為に今から予習しておきましょう!
先日王都から取り寄せて頂いたこの『部下との上手な付合い方:メイド編』と『気になるあの方と仲良くなる方法百選:傾向と対策』を最低二度ずつ熟読しますわよ!
……さぁ、急ぎませんと時間が足りなくなってしまいますわ!
とりあえずお嬢様視点で一話書いてみました!