八話目
~~その後~~
それからと言う物、わたしとお嬢様は人目が有る無しに関わらず良く会話する様になりました。
一日の予定に始まり食事の内容、貴族界の動向やニュースなどの固いお話、そして何気ない雑談やメイド仲間に聞いた噂や出来事まで、とにかく何でも話題にしました。
そうして一緒にすごして知ったのですが、お嬢様は意外と何でもすぐに笑います。
案外と笑い上戸な方でして、それはもうわたしが話す些細な話題でもとにかく楽しそうにしてくれるので、話すわたしとしても楽しいですし、なにより話し甲斐のあるお相手で御座います。
それともう一つ、こちらはかなり重大な事に気が付きました。
以前お嬢様は『わたくしが人を嫌いになる訳が無いじゃありませんの!』と仰っていましたが、実は本当にその通りだったみたいなのです。
お嬢様本人のあの言葉が無ければ気が付かなかったのですが、お嬢様は素っ気ない様でいて実際には凄く周りの人を気に掛けていらっしゃいました。
例えば、誰かが掃除中に花瓶を割ってしまい、慌てて拾おうとしていた時などには『何をしているのよ! 貴方、ケガはしていませんの? していないなら下がりなさい。 それともケガをしていらっしゃるのかしら? 貴方、まわりじゅう血だらけにするつもりなんですの? 下がりなさい。 え、弁償ですって? どうせ貴方では年収分でも足りないわよ。 出来もしない事を気にしてる暇があるのなら早く上司に伝えに行きなさいな』と仰っていました。
パッと見ですとあまり優しく無い気もしますけど、よくよく考えて見ますと、お嬢様はいの一番にケガの心配をしています。
そして次に割ってしまった当事者としては一番気になる賠償の問題をスパッと切り捨てていらっしゃいます。
最後に動転しちゃってる当事者を一旦落ち着ける為、裏に行ける様にさりげなく誘導しています。
こうして見ればお嬢様が優しい事がお分かり頂けるかと思います。
ただ、なんと言いますか……お嬢様は致命的に口数が足りません。
しかも選ぶ言葉がことごとくキツイ言い回しばかりです。
それに加えてお嬢様の見た目はすごーく冷たそうな美人さんです。
これらが合わさって、言われた相手としては“冷たい目線で睨まれてキツイ言葉で一言の元にスパッと切り捨てられた”と感じてしまうのでした。
誤解ではあるのですが、分らなくもありません。
何せわたしも誤解していましたし。
これはなんとか誤解を解きたいものです。
お嬢様は……わたしのご主人様は……わたしだけの上級貴族様はこんなにも素晴らしいんだぞ!
と、自慢して回りたいですもの。
まずは地道に誤解を解きましょう。
ふふん、 目標が決まりました!
わたし、がんばります。
◆◇◆◇◆
~~さらに数日後~~
お嬢様はいつも手に持っている愛用のふさふさ扇を広げて顔を隠しつつチラチラとこっちをみたりあっちをみたり落ち着きなくしておられます。
「あの、ね。 その……ミリア……さん?」
「はい、マーシャ様どうかなさいましたか?」
おかしいです、お嬢様はなぜにわたしに“さん”付けなのでしょうか?
気にはなりましたがとりあえずスルーしておきましょう。
「えっと……その……わたくし朝はとても弱いんですの。 普通の起こし方だととても時間が掛ってしまうでしょう? ですから……その……」
やっぱりおかしいですね。
唐突に何を言い出すのやら。
「いえ、仰られる程お目覚めが悪い事もありませんので大丈夫ですが……」
何が言いたいのかと不思議に思っていたらお嬢様が“ぷーっ”と頬を膨らませて拗ねてしまっているのが目に入りました。
これはまずそうです。
「わたくしは寝覚めが悪いんですの!」
「は、はい! たしかにお嬢様は寝覚めが悪う御座います!」
なんだか逆らってはいけなそうな雰囲気ですので急いで相づちをうちます。
わたしは空気が読める侍女ですから!
「で、ですから……その、これからは……。 い、一番最初の日みたいな起こし方でお願い出来るかしら!?」
ああ、朝の起こし方を変えてくれってお話だったのですね。
納得です。
あれ?
一番最初の日ってベッドの上にのって直接お揺すりして起させて頂いたような気がします。
でも、お嬢様にすっごく怒られましたし、一週間もの長きに渡り再教育と言う名のメイド長直々の拷問まであったきがします……。
わたし、軽くトラウマです。
気乗りしません。
「一応確認なのですが、それは初日のベッドに上がってお起ししたあの起こし方でしょうか?」
恐る恐る聞いてみるとお嬢様は若干頬を赤らめて可愛らしくコクっと控えめに頷いて答えて下さいました。
か、可愛いです!
「ダメ……ですの?」
若干ぐらっと心が傾き掛けて居る所に、なんとお嬢様はたたみ掛ける様にちょっとうつむき加減からの上目使いでおねだりなんてして来ちゃいました!
…………げふす!
は、破壊力ありすぎます!
まったくもう!
気乗りしないとか言ってたお馬鹿さんは誰でしょうか!?
こんなの受けるほかないじゃないですかぁ。
「分りました。 これからはそっとお揺すりさせて頂いてお起こし致します」
「ふふ、ありがとう! やっぱりミリアは最高だわ」
わたしが言った側から、お嬢様はニコーっと満面の笑顔でそう仰って下さいました。
ですが、違います。
お嬢様、最高なのは貴方の方です。
だって、メイドになって良かったってわたし、今心の底から思っていますもの!
◆◇◆◇◆
~~またまた数日後~~
「ミリア! ミーリアァー!」
“リンリンリンリーン”とメイド呼び出し用のベルを鳴らしまくるという淑女にあるまじき行為をしつつお嬢様がわたしを呼んでいます。
これは何かまずい事が起こったのかもしれません、わたしも公爵家の上級メイドにあるまじき行いではありますが音を立てるのもいとわずに走って向かいます。
「マーシャ様、どうかなさいましたか!?」
声を掛けるのと同時にガチャンと大きな音を立てドアを開けてお嬢様のお部屋に入りました。
するとそこには一通の手紙を手に涙目でオロオロしているお嬢様がおりました。
こんな時ですが、その表情が可愛くてついにやけそうになってしまいます。 危ない危ない。
「助けてミリア、再来週に王妃様とお茶会をしなきゃならなくなってしまいましたの!」
「えぇえ、そんなにすぐですか!? 大変ですマーシャ様!」
「どうもファーミナさんがコーヒーの事を婚約者にお話したのが巡り巡って王妃様の耳に入ってしまったらしいんですのよ。 あ、ファーミナさんの婚約者って我が国の第二王子様なのですけれどね。 とにかくそれで王妃様が興味を持たれてしまって、直々にわたくしへ参内せよとのお達しが来てしまったみたいですの!」
「そ、そうなのですか……そうですね……」
ファーミナ様、なんてはた迷惑な事を!
いえ、ファーミナ様じゃなくて王妃様が悪いんですよね。
まったく、そんな突然参内せよなんて命令だすなんて、ちょっとは人の迷惑って物を考えて欲しいものです。
って、そんな事言ってる場合じゃないですね!
とにかく急いで準備に取りかからないと間に合いません。
「それではすぐに仕立屋を呼びます。 それからマナーの先生もお呼びしましょう。 後は……えーと、えーと……とにかくお任せ下さい! わたし、マーシリア・フォン・リーンスルール様専属侍女、ミュリアナ・アイアリスの名と誇りに掛けてなんとかして見せます!」
わたし、頑張ります!
こうしてわたしとお嬢様の騒々しくも楽しい日々に、また新たな思い出の一ページが刻まれていくのでした。
本来はここでお終いだったのですけど、もうしばらく続きを書かさせて頂く事にしました。
この様な作者の作品ですが、お付き合い頂ければ幸いです。
PS:評価とかして頂けると泣いて喜ぶかも…………です。)