七話目
~~数日後~~
わたしはいつも通りに午前の仕事でお嬢様のお部屋のテラス掃除をして居りました所、何者かがお部屋に入ってきた音が聞こえます。
今の時間帯、お嬢様は習い事を受けているので帰ってくる筈が無いですし、そうなると誰か使用人が入ってきたのでしょうか?
ノックもせず勝手に入ってくるなんて無礼です。
専属侍女として怒ってあげましょう!
そう思い、わたしはホウキを握りしめて壁の影からそーっと部屋の中を覗いてみます。
けっして泥棒だったら怖いとか思って隠れている訳ではありません。
隠れている訳ではありません!
ですがお部屋に居たのは予想外な事に泥棒でも使用人でも無くお嬢様本人でした。
今日の習い事はもう終わったのでしょうか?
それか何か忘れ物でも取りに来たのかもしれませんね。
…………あ!
わたしは何をのんきに構えているのか……お嬢様が忘れ物をしたって事は専属侍女たるわたしの落ち度じゃないですか!
これは良く無いです。
う~ん……なんて考えていたら完全に出るタイミングを逃してしまいました。
今更出て行くのは何だか気まずいですね。
さて困りました。
出るに出られず、さりとて出入り口はお嬢様の前を通り過ぎなければならないのでここから動けず……と、とりあえずしばらく様子を見る事にしましょう。
じーっとテラスの壁際で息を潜めます。
こんな所を誰かに見られたら他家のスパイだと疑惑を掛けられてしまうかもしれません。
…………それ、普通にありえそうで怖いです。
などと一人そわそわしていたら部屋の中でお嬢様が愛用の扇を掌にぱしんぱしん当てる音が聞こえてきました。
それと小さく溜息もついたようです。
「はぁ~……おかしいんですの。 もうミュリアナさんが来てから一月は経つのに一向に打ち解けられませんわ……」
え、お嬢様は今なんと仰ったのでしょう!?
いつもいつも辛辣な言葉を投げかけてくる上に目線すら合わせてくれないお嬢様が……どう言う事でしょうか。
「ファーミナさんとのお茶会でこれ見よがしにミュリアナさんを自慢したのがいけなかったのかしら? それとも先々週に御領地の事を仰っていたからさぞ郷土愛があるのでしょうと思ってお褒めしたのが気に障ったのかしら? ……もしかして、先週ミュリアナさんにご家族のお話を聞いた時に褒める言葉が足りなかったのかもしれませんわね。 ……あ、一昨日ミュリアナさんが入れてくれたお茶が丁度いい温度だったので『ぬるくて丁度良いわね』と言ったのが嫌みに聞こえて嫌われてしまったのかしら!? そ、そんな気がしてきましたの……どうしましょう、早急に謝らないといけませんわね」
な、なんて事でしょうか!?
まさか……まさかお嬢様がそんな事を考えていらっしゃったなんて欠片も思いませんでした!
だってそうでしょう?
ファーミナ様との時の事は言わずもがな、わたしの領地の話が話題になった時に牧草が風になびく綺麗な景色や人々の生活をご説明したのに、お嬢様は『人より家畜のが多いなんて凄いんですのね』オホホって扇で口元隠して笑ったんですよ!?
もぉー、悔しかったです。
それにわたしの家族の話が聞きたいと仰られた時も家族構成やお母様の凄さやお姉様の優しさ、お兄様の頼りがいのある所なんかを一生懸命説明させて頂いたのに『どんな者にも褒め様はあるものですのね』ってそっぽ向いて仰ったんですよ!
わたし、その日の夜は枕を濡らしてしまいましたよ!
後、一昨日のお茶の件は普通に嫌みとしか思えないのですが……違うのでしょうか?
「はぁ……どうすればミュリアナさんともっと仲良くなれるのかしら? 良く分りませんの。 何か物をあげれば……いえ、お母様が『本当に仲良くなりたい相手には物やお金をむやみに与えてはいけません』って仰っていたわね。 わたくし、ミュリアナさんとは本当に仲良くなりたいですし、この手はダメですわね」
困りましたわ~、と言ってお嬢様はテーブルに頬杖をつきます。
わたしも困りました。
まさか、ほんとの本当にまさかお嬢様がわたしなんかと仲良くなりたがっていらっしゃったなんて。
これはあれです、もうこんな壁の裏でコソコソソワソワなんてしてる場合じゃありません!
思い立ったが吉日、考える前に行動あるのみ。
それがモットーのわたしはホウキをかなぐり捨ててお嬢様のお部屋へ飛び込む様にはいります。
「お嬢様!」
「きゃあ! 驚きましたわ……貴方、どうして窓から入ってくるのかしら?」
「テラスを掃除している途中でした。 いえ、そんな事はどうでも良いのです!」
ツカツカツカと本来は立ててはいけない足音を響かせながらわたしはお嬢様の元まで足早に近寄り、それから椅子に座っていらっしゃるお嬢様に視線を合わせる為に膝立ちになり目を真っ直ぐに見つめて話を続けます。
「わたし、ずーーっとお嬢様に嫌われいるのだと思って居ました」
「え……どうしてそう思ったんですの? わたくしは嫌っている相手が寝室に入っても平気で居られる程心は広くないわよ?」
お嬢様はキョトンとしたお顔で首を傾げて心底不思議がっているようです。
「はじめてお目通りさせて頂いた日、すぐにお嬢様に暇を出されてしまいそうになりました」
「あれは、貴方が予想外にお若い方でしたから……わたくし我が家のメイドで貴方程お若い方を見た事が無かったので驚いてしまいましたの。 あの後メイド長に聞きましたが十三~十四歳で奉公に出るのは珍しい事では無いのですのね。 わたくしは知らなかったんですの」
スッとバツが悪そうに目線を逸らしてお嬢様がそう仰いました。
確かにわたしは今リーンスルール家で一番若い正規メイドです。
見習いならもっと若い人も居ますけど、見習いは本邸には一人も居ないですし、そもそも別邸でも裏方勤めなのでお嬢様が目にする機会は無いですね。
「他にも理由は色々とありますが、でも全て誤解だったのですね」
「そ、そうですの! 誤解、誤解ですのよ! わたくしが人を嫌いになる訳が無いじゃありませんの!」
わたしの言葉にお嬢様は“ぱあっ”と顔を輝かせてわたしの手を両手で握ります。
……あれ?
お嬢様は辛辣な言葉でメイドや他の人に当たり散らす人嫌いな方では無かったでしたっけ……?
う~ん?
「誤解が解けて良かったわ。 わたくし貴方とずっと仲良くなりたかったんですのよ? そうだ! これからは貴方の事をミュリアナさんと呼んでもいいかしら?」
きらっきらと瞳を輝かせてお嬢様が迫ってきます。
ですがここは一つ、ばしっと訂正させて頂きましょう。
「それでしたらお嬢様、わたしの事はミュリアナではなくミリアとお呼び下さい。 親しい者はわたしをそう呼びます」
ふふん、ばしっと言ってやりました、ばしっと。
何だかばしっとの使い方間違えてる気もしないでも無いですけど。
「親しい? あらあら。 まあまあまあ! 分りましたのよ! ではでは、ミリアさん!」
ニコッと気品ある綺麗な笑顔でお嬢様がわたしの名前を呼んで下さります。
……ぐふ、上流貴族スキーなわたしには破壊力ありすぎです。
「お嬢様、わたし如きに“さん”は要りません。 ミリアと呼び捨てで結構です」
「そう? 分りましたの。 ミリアね! ふふ、じゃあミリア、わたくしの事もマーシャと気楽に呼んで良いですのよ」
「お、恐れ多いです」
さすがにメイド如きが呼ぶには気軽すぎると思います。
でも、断ってしまったわたしにお嬢様はぷくっと頬を膨らませて睨んできます。
「で、ですが……」
じーーっと睨まれます。
ぅぅぅ、ど、どうしましょう。
さらにじーーっと睨まれます。
「う……え、えっと……そ、それでは、マーシャ……様」
言った瞬間お嬢様はニコッと破顔して頷きました。
うぅ、卑怯です。
そんな顔で喜ばれたらもう何も言えないじゃないですか。
まったくもう。
「ふふふ、嬉しいわ! わたくし実は年の近いミリアがわたくし付きに選ばれて嬉しかったんですのよ? わたくし、長らく専属が決まらなくてお母様やきょうだいにも心配を掛けてしまっていましたの。 でも、ついにわたくしにはミリアと言う最高の侍女が来てくれましたの」
「勿体なきお言葉です」
「固い、固いんですのよ!」
ウフフと笑いながらわたしの手を引っ張ってご自身の方へ引き寄せます。
おっとっと、意外とお嬢様って力が強いです。
「さすがに人目がある時は無理ですけれど、今みたいに二人きりの時ならもっと気軽に話して下さいな。 無礼講と言うものですの」
「しかしそれでは……」
「わたくしには何でも遠慮せずに言って下さいな!」
良いのかな?
本人が良いって言ってるんだし、良いのか……。
…………よし、言われた通りにしましょう!
「わかりました。 それでは……ま、マーシャ様!」
ちょっとドモってしまいました。
やっぱり上級貴族様を愛称で呼ぶなんて緊張してしまいます。
でもその甲斐あってかお嬢様は喜んで下さいました。
「そうそう、それで良いんですの。 これからは今までの分も仲良くしますのよ♪」
「はい、おじょ……えっと、マーシャ様。 それでは改めまして、ミリアです。 どうぞこれからよろしくお願いします」
「えぇ、えぇ! わたくしはマーシャですの! こちらこそよろしくお願いしますの!」
と言う具合にわたしとお嬢様は今度こそちゃんと顔合わせが出来ました。
お嬢様の言う通り、これからは今までの分も取り戻す位仲良く出来たらと思わずには居られません。