四話目
所変わってここは使用人用の食堂兼休憩室。
そこでわたしはお嬢様に出し終わった後の出がらしで入れた紅茶を飲みつつ先ほどの頼まれ事を考えます。
「とは言っても……お嬢様の手前、格好つけたのは良いものの…………どうしたものでしょうか……う~ん」
「おっとぉ、どうした若人よ。 悩み事かな?」
テーブルに頬杖をついて悩んでいたところ、洗濯かごを抱えた先輩が丁度通り掛かり話しかけて来ました。
「あ、先輩お疲れ様です」
「あいよ~、おつかれさ~んだよ♪」
この先輩、名前は“ユミリさん”と仰るのですが、わたしが本邸勤めになったその日から何かと世話を焼いてくれる頼りになる先輩です。
誰に対しても分け隔て無く接する広い心を持った人ですし、お仕事も的確で気も効く明るくて褐色美人な中々にハイスペックメイドさんなのです。
ただし“とにかく何を差し置いてもとりあえずものすっごくテンションが高い!!”と言う致命的な欠点があるお陰であんまり出世は出来て無いのですが……。
「実はお嬢様と“カクカクシカジカ”こう言う事がありまして悩んでるんです」
「っほっほほう! ふむふむ、仕方な~いね。 可愛いかわい~い後輩ちゃんの為にお姉さんが一肌脱ごうじゃーないの! ちょっとまっといて~な、今良い物持って来てあげるからねん!」
と、言うが早いかユミリ先輩はわたしの返事も聞かずにっとっとっとーっと走り去って行ってしまいました。
良い人ではあるのですが……嵐の様に騒がしいお人です。
あと、走ると怒られますよ?
・
・
・
「じゃじゃじゃ~ん♪ 最新も最新ちょー最新! 南部貴族の間で今まさに話題沸騰中のこの新種のお茶を分けてしんぜようじゃ~ないのさ!」
しばらくして、いつの間に戻って来たのか唐突に背後からユミリ先輩が小袋を手渡して来ました。
背後からだったので地味にびっくりしました。
でも驚いたとばれるのも癪ですし、さも平然とした感じで受取ります。
「先輩、ありがとう御座います」
ユミリ先輩が“じゃじゃじゃ~ん♪”と口で言いながら手渡して下さった袋を開けてみましたがどう見てもお茶の葉には見えません。
うーん、これってお豆……でしょうか?
良く分りません。
でも匂いは香ばしくて良い香りです。
「あれ、驚かなかったし。 気が付いてたのかな? まあ良いや……」
あ、先輩が若干ヘコんでます。
ちょっと位付き合ってあげれば良かったかな。
「ところで先輩、なんなんですかコレ? お茶には見えないのですが」
「ふっふっふー、よくぞ聞いてくれました! そう! 何を隠そうこれこそがかの有名な珈琲という物なのだよ後輩ちゃん!」
「…………こーひー……? こーひー……あ、そうそうコーヒーですね。 わたし知ってます。 これはコーヒーです」
正直言いまして初耳の物です。
なんでしょうコーヒーって。
でも知ってて当たり前な感じで言われたのでついつい知ってるふうを装ってしまいました。
知ったかぶり、わたしの悪い癖です。
ユミリ先輩はお茶って言ってましたが、これをどうやって飲める状態にすれば良いのかさっぱり分りません。
困りました。
「…………あれ、もしかしてコーヒー知らな『知っています』」
う、つい反射的にユミリ先輩の声に被せて言い切っちゃいました。
また失敗です。
「そ、そうなんだ……。 じゃあ飲み方はわかるのかな」
「……」
うぅぅ、不味いです不味いですよ。
コーヒー自体はじめて見たのに飲み方なんて分るはずありません!
このままだとせっかくユミリ先輩に貰ったコーヒーが入れられ無いばかりかユミリ先輩にも申し訳なさ過ぎます。
わたしはコーヒー豆をじぃっと見つめながら焦ります。
袋を持つ手にも知らず力が入ります。
ぅぅぅ、解決策なんて簡単なのに。
実は知りません。
知ったかぶりしました、ごめんなさい。
そう言うだけでユミリ先輩はきっと笑って教えてくれるに違いありません。
なのに意地っ張りなわたしはなかなか言い出せません。
そんなわたしの無意味な葛藤を見かねてか、何か思い付いたかの様にユミリ先輩はぽんっと一つ手を叩いて喋り出しました。
「……あ、そうだ。 そう言えば、ねぇ、聞いてよ。 私の地元でもコーヒーが手に入ったばかりの頃って皆飲み方が分らなくてさ。 豆をそのままお湯に入れちゃった人が一杯居たのよー。 笑っちゃうでしょ? それじゃコーヒーは飲めないのにね。 そうそう、それでね、その時に仕入れ元がこのままじゃ不味いなぁって思ったらしくて入れ方を記した紙を一緒に配布する事にしたんだよね。 それがたぶん袋の中を探れば入ってると思うんだ。 だから何って訳でも無いんだけどね~」
それだけ一息に喋りきるとユミリ先輩は「じゃ頑張ってねん♪」と言ってまたしても返事も聞かずに自分の仕事に戻って行ってしまいました。
優しい先輩で泣いてしまいそうです。
ここはユミリ先輩の優しさに甘えさせて頂きます。
いつか恩返ししますからね!
先輩の言う通りにガサガサと袋の中を探すとありました。
コーヒーの入れ方です。
ふむふむ、挽いて濾紙に入れてお湯を注げば飲めるんですね。
入れてみましょう。
まずは挽く……………………挽く?
挽くってどうやるんでしょうか……いきなりつまずきました。
まぁ石臼で良いか。
次は濾紙ですね。
これはありますね。
お湯を注いで完成っと。
良い匂いです。
何だか目が覚める様な、頭が冴える様な、そんな感じがします。
ではでは、ゴクっと。
「…………ぶふ!」
苦!
渋!
酸っぱ!
吹き出しちゃいました!
これ間違い無く不味いです!
もの凄く不味いです。
い、入れ方間違ったのかなぁ?
う~ん、でもまあ珍しい物には違いないですし、不味いけど良いか。
さっそくお嬢様へお教えしましょう!