三話目
そんな顔合わせの翌朝、わたしは専属侍女としての初仕事としてお嬢様を起こしに参りました。
先輩メイドに聞きましたが、本日よりわたしはお嬢様付きの侍女として正式に働き始めたと言う事で、朝などのお嬢様が眠っている時間や留守にしている時などはお嬢様の私室へノックせずに、ようするに返事を貰わなくても入って良いという権限が与えられているそうです。
勝手に入って良いなんて驚きですね。
にわかには信じられなかったので前もってメイド長にも確認してしまいました。
でも、大丈夫だと仰っていたので間違い無いみたいです。
昨日のお嬢様の態度を思い出して、少々緊張して来てしまいました……でも、意を決して入ります。
「失礼致します」
静かにドアを開けて持って来たカートごと部屋に入ります。 カートには紅茶のポッドを二つ乗せて来ました。
どうして二つも持って来たのかと言いますと、今日は初日ですのでお嬢様の好みの温度が分らなかった為なのです。
熱い紅茶とぬるめの紅茶を用意しました。
喜んでくれると良いのですけれど。
では、まずベッドを確認してお嬢様がちゃんと眠っていらっしゃるのかお調べします。
うん、確かに眠ってますね。
スースーと静かな寝息を立てております。 しかも寝相も良いです。 凄いですね!
それに引き替えわたしは何度ベッドから落ちた経験がある事か……。
でも、今お嬢様が眠っているベッドなら落ちる心配は無いかもしれません。 何せすっごく大きいんですもの。 豪華です。
それはそれとして、まずは部屋のカーテンと窓を開けていきます。 今日も暖かな日差しが差し込む良い天気です。
ササッササッと一通りカーテンを開け終り、続いて窓も半分程開けた頃、お嬢様が「……ぅぅん」と吐息を漏らしました。 わたしが起すよりも前に、もうお目覚めになってしまったのかもしれません。
これはいけないですね。 急いで、ただし静かにお嬢様の元へ向かいます。
そして顔を覗いてみますが、大丈夫でした。
まだ眠っています。
それにしても、寝顔は意外な事にすっごく可愛いんですね! 起きてる時はツリ目だし冷たい表情ですので可愛いと言うよりも綺麗って言葉のが似合うのですけれどね。
起きてる時は凜々しくて寝てると可愛いだなんて、何だか猫ちゃんみたいです。
さてと、残りの窓も急いで開けてしまいましょう。
早くお嬢様をお起こししないと寝坊になってしまいますからね。
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「お嬢様、お起き下さいませ」
とりあえず軽く声を掛けてみました。
「んぅん……」
もう一度。
「お嬢様、朝で御座いますよ」
「ぅ……ん」
もう一度。
「お嬢様、起きて下さいませ」
「……ん」
反応はしますけど起きませんね。
仕方ありません、今度はそっと肩も揺らしてみましょう。
と言う事で、肩に触れる為のそのそとベッドに乗らせて頂きます。 ……すっごいふかふかですこのベッド!
でも、もしかしたらこの起こし方は不敬なのかも?
「おはよう御座います。 お嬢様、朝で御座いますよ」
「…………?」
そっと肩を揺らしながらお声を掛けた所、やっとお嬢様がうっすらと目を開けて下さいました。
「おはよう御座います。 お目覚めの紅茶をご用意致しましたがお飲みになりますでしょうか?」
わたしはお嬢様の背中を支えて起き上がるのを手伝いながらお聞きします。
お嬢様はまだ目が覚めていらっしゃらないらしく、ボーっとわたしの顔を見て居ましたがフッと何かに気が付いたらしくご自分の今の姿を見て、そしてお髪を手で押さえつつ白いお肌を少しだけ赤く染めたお顔でキッとわたしを睨みすえて言いました。
「……無礼者! あなた! 人のベッドに勝手に入るなど常識知らずにも程がありますわよ!」
「!? 申し訳ありません!」
や、やっぱりこの起こし方は不敬だったみたいです!
「今すぐ出て行きなさい! それとメイド長にすぐ来る様に伝えなさいな!」
「はい、かしこまりました! 失礼いたします!」
わたしはお嬢様にそれだけ言うと急いで廊下まで出て来ました。
ですがわたし、内心では焦りに焦っております。
もう……もう…………。
あぁぁもう!
なんて事でしょう……怒られてしまいましたよ。
やってしまいました……どうしましょう。
とにかく急いでメイド長の元へ向かいます。
「すみませんメイド長、お嬢様をお起こしする時に少々失敗してしまいました」
端的に報告した所、すぐさまメイド長はお嬢様のお部屋へ向かっていきました。
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で、結局メイド長に取りなして頂いてなんとか事なきを得ました……。
危うくわたしの実家にまでお咎めが行ってしまう所でしたよ。
わたしのせいでお家取りつぶしになるんじゃないかと思って気が気ではありませんでした。
メイド長様々です。
ただし、わたしには一週間の再教育と言う名のお説教が…………うぅ、胃に穴が開いてしまいます。
◆◇◆◇◆
〜〜数日後〜〜
「ふーん……いえ、でも……ダメかしらね?」
お嬢様は先ほどお手紙を読んでからお悩みのご様子。
ここはひとつ、専属侍女たるわたしがお悩みをスパッと解決して信頼を勝ち取りましょう!
「どうかなさいましたか、お嬢様」
「なんでもありませんの」
「さようでございますか。 出過ぎた真似を致しました」
がーん、勇気を振り絞ってお聞きしたのに一刀両断されてしまいました。
“悲しい”と思うと同時に“やっぱり”とも思ってしまう辺り、このツンツンお嬢様との日常にだいぶ毒されてきてしまった気がします。
残念ではありますが、わたしではまだお嬢様のお悩みを聞ける程の信頼関係は築けていないのでしょう。
諦めて部屋から退出しようと思い、お辞儀して後ろへ下がろうとした所でお嬢様がこちらへ振り返りました。
「……少しお待ちなさいな」
「はい、お嬢様。 ご用でしょうか?」
「やはりせっかくですし、貴方の意見を聞いてみようと思いましたの」
「はい、お嬢様。 なんなりとおっしゃって下さいませ」
びっくりです!
お嬢様から話をしてくれるなんて、専属侍女になってからはじめての事では無いでしょうか?
よ~し、どんな事でも答えて見せますからドンと来いです!
「近々エーリエナ家のファーミナさんとお茶会をするのですけれどね。 今回はわたくしがホストをする順番ですの」
そこでお嬢様は愛用の扇(ふっさふさな奴)をパチンと畳み、テーブルにそっと置いて話を続けます。
「毎回交代でホストをして、どちらがより優れたお茶会を手配出来るかという勝負をしているんですの」
「勝負……で御座いますか?」
お話を聞いてもいまいち理解が及びません。 お茶会を勝負にしてどうするのでしょうか……。 何を持って勝ちとするのか……そもそも勝つと何か良い事があるのでしょうか?
わたしには謎ばかりです。
「それでね、ファーミナさんのお茶会はいつも見事の一言ですのよ。 前回は王都の職人を呼び寄せて作らせたと言う、ミルフィーユなる不思議なケーキが出て来ましたわ。 あまりに素晴らしい物だったので負けを認めるほかありませんでしたの」
「みるふぃーゆで御座いますか? あれは確か西方の国で作られている物を王妃様が大層お気に召して職人を招いたと小耳にはさみました。 まだ去年辺りの話だったはずです」
うろ覚えだけど確かそんな話を先輩方がしてた気がします。
間違ってたら…………まぁ、お菓子の事ぐらいたいした問題でも無いかな?
「へえ、そうなの。 貴方、物知ですのね」
ここでお嬢様は先ほど置いた扇をまた手に取って頬の辺りへ軽く当て、話を続けます。
「貴方、何か珍しくて美味しい物を知っているのなら手配して下さりませんこと? わたくし今度こそは絶対に勝ちたいんですの」
「わかりました、お任せ下さいお嬢様。 さっそく何が良いか検討してまいります」