二話目
と言うあれこれが六年前のお話。
その後すぐに試験を受けたのですけれど、なんとわたし見習い試験に一発合格しました。
そして本採用試験も最短記録タイの四年目で合格を貰えました!
わたし、頑張りました。
それから一年間は別邸で働いておりましたが(一度もリーンスルール家の方には訪れて頂けませんでしたけど……)なんとも幸運な事に本邸勤めへと栄転させて頂けたのです!
本来ならそんなにすぐに本邸への配属になる事はあり得ないのですけれど、たまたまや偶然と言う物が重なったおかげでまさかのスピード出世です!
あれやこれやの出来事はこの際置いておくとしますが、わたしはこの時点ですでにメイド界のサクセスストーリーをもの凄い勢いで邁進中なのです。
この頃になりますと先輩方もわたしを、やれ天才だ、やれ幸運児だともてはやしたりする様になりました。
……それに比例して陰口もいっぱい言われる様になりましたが。
さらにさらに、本邸で働き始めて半年程経った時、なんとなんとすっごく幸運な事に三女様がこの度成人すると言うことで、それに併せて三女様の専属侍女を募集するとのお触れが本邸勤めのメイドに出たのです!
これはチャンスだと思いました。
三女様とは七~八年前くらいに一度だけパーティーでお見掛けした事があると言う程度の接点しかありませんが、すっごく綺麗で将来絶対美人になると確信出来る方でした。 これは是が非でも専属侍女にならなければ!
と、わたしは勢い良く募集に応募いたしました。
専属侍女、これって実はメイド界で言う所のスーパーエリートなんです。
もう将来安泰、給料一杯、皆からも尊敬される、まさにわたしの憧れの存在!
もはや下級貴族と馬鹿にされる事も無くなります。 と言うよりも上級貴族様の専属侍女は下手な貴族より立場は上と言っても過言では無いでしょう。
これは是が非でもなるしかありません。
ですが、本邸の先輩方はあまり乗り気では無いらしく、試験を受けると言ったわたしもやんわりとやめた方が良いよと止められてしまいました。
どうしてなのでしょうか?
わたしは不思議に思い、その理由を聞かせて頂きました。
それによりますと、実は三女様の専属侍女の募集は今回が初めてでは無いそうなのです。
何度か同じ様に募集があって、今までに三回も専属侍女が決定したらしいです。
ですがいずれの方も僅か数日で『辞退させて下さい』と申し出てしまったそうです。
三女様はどうやらもの凄く我が侭で高慢なお嬢様らしく、一度でもお世話係に付いた者は皆何かしらの嫌な思いをしているそうです。
高慢……そうなのでしょうか……先輩が嘘をついてるとも思えませんし、止めておいた方が良いのでしょうか?
少し不安になります。
ですが、わたしは根っからの上級貴族様好きだったりします。
しかもどうせ仕えるなら綺麗なご令嬢が良いです。
貴族様の髪とかお手入れ出来ますもん。
ですので親切に忠告してくれた先輩方には申し訳無いですが、結局わたしは試験を受ける事にしました。
◆◇◆◇◆
で、わたし、すっごく頑張りました。
試験は厳しく、重箱の隅をつつく様な指摘の数々。
そして連日行なわれる圧迫面接とプライバシーの無い二十四時間体制の監視。
そしてトイレや湯浴み中でも構わず掛かる呼び出し。
ちなみに呼び出しから三分以内に参上しなければいけない事になっています。
そしてそんな試験がいつ終わるとも知らされず、何度ストレスと緊張で胃に穴が開きそうになった事でしょうか……それが一ヶ月も続きました。
でも、そんな日々を乗り越えてわたしは試験に受かりました!
受かったんです!
やったぁー!!
……失礼、ガラにも無くはしゃいでしまいました。
そして今日、これから三女様にはじめてお目見えさせて頂ける事となりました。
先ほどから期待と不安でわたしの心臓は破裂するんじゃ無いかと思う程ドキドキしっぱなしです。
ちなみに試験も全てメイド長や執事が担当したので未だにご主人様達には一度もお会いした事はありません。
◆◇◆◇◆
わたしはメイド長に連れられてお嬢様が待っていらっしゃるお部屋の前まで来ました。
「貴方は少しここでお待ちなさい」
そう言ってわたしを残し、メイド長は部屋の中に入っていってしまいます。
それからしばし中でなにか話した後、メイド長がわたしを呼びました。
「アイアリスさん、お入りなさい」
ドキンと心臓が跳ねます。
危うく変な声が漏れる所でしたがなんとか堪えて、さも落ち着き払ったかの様な声で返事を返します。
「はい、失礼致します」
声を掛けてからそっとドアを開けて部屋に入ります。
そして部屋の奥で椅子に腰掛けて頬杖をついているお方の前まで、足音や衣擦れ音を出さない様気をつけて歩いて行きます。
やっと……やっとリーンスルール家の方にお会い出来ました。
見習いで採用して頂いてから苦節六年、初めてのお目見えです。
わたし、がんばりました!
◆◇◆◇◆
ところでお嬢様のご容姿なのですけど、お髪は黄金も裸足で逃げ出す様な輝く金髪をふわふわっとウェーブさせて自然に、そしてボリューム感を失わない様にやんわりと豪華な髪飾りで一纏めにしておいでで、それを左肩からゆるりと胸元へ流していらっしゃいます。
お肌は新雪の様にくすみひとつ無い綺麗な白いお色をしていらっしゃって凄くうらやましいです。
そして瞳のお色は我が国の王家の特徴であるエメラルド色をしておられます。
これはきっとお嬢様のご先祖様に王家の血が入っているのでしょう。
たぶん。
それに、座っていてもはっきりと分る程スタイルも良いですね。
スタイル……良いです……。
わたしより年下なのに……わたしより良いですね……。
で、でも、自分がお仕えする相手ですもの、スタイルが良いのは良い事です……良い事なのです。
ですが目元はつり上がり気味で、少し冷たそうな印象を醸し出しております。
冷たそうな印象……しかし印象は印象です。
きっと実際の性格とは関係無いでしょう。
わたしも幼い頃より見た目の印象で勝手に決めつけられて、やる気が無さそう、生意気そう、人を見下してそう等々、色々な誤解を受けて苦労してまりました。
きっとお嬢様もさぞかし苦労なさった事でしょう。
たぶん。
◆◇◆◇◆
「お嬢様、この者がこの度お嬢様付きの専属侍女に決まったミュリアナ・アイアリスです。 アイアリスさん、こちらが貴方が誰よりも優先して忠誠を誓うお相手、マーシリア・フォン・リーンスルール様です」
「お初にお目に掛かります。 ただいま紹介頂きました、ミュリアナ・アイアリスと申します。 どうぞ宜しくお願い致します」
わたしはメイド長の紹介の後、六年間みっちり教え込まれた完璧な仕草でご挨拶を続けました。
正直、わたしはこの瞬間まですっごく浮かれておりました。
でも、そんな浮ついた心を次の瞬間お嬢様の一言で一気にたたき落とされてしまいます。
「あら、若いわね。 このような年端も行かない者、わたくしの侍女には相応しくないわ。 この者はすぐに親元に帰してきなさい」
!!?
え……え!? お嬢様はなんて仰ったのでしょうか。
わたしはお嬢様の侍女に相応しく……無い? しかも親元に帰す……それって、暇を出すという事ですよね?
なんて事でしょう、あまりにショックでわたしは目の前が真っ白になります。
びっくりしすぎて言葉も発せません。
でも、そんなわたしに変わってメイド長が抗弁して下さいます。
「お嬢様、年端も行かないと言う程この者は幼くありませんよ。 この者は十六歳、お嬢様よりひとつ年上で御座います」
と言うメイド長の言葉にお嬢様は心底驚いた様子でまじまじとわたしを見ます。 主に胸の辺りを……。
「へぇ…………なら、貧民なのね。 確か我が領にはそう言った者の受け入れ施設があるはずよ。 そこに連れ行きなさいな。 あそこなら多少はマシな栄養が摂れるでしょう」
ちなみに上級貴族の家の正式なメイドになる為には確かな家の生まれ(ようするに下級貴族家の者)で尚且つ他のそれなりの貴族に紹介状を貰える家の者でなければなれません。
そんな常識的な事を知らない訳がありませんので、きっとお嬢様は分ってて下級貴族であるわたしを貧民だと仰ったのだと思います。
主にわたしの胸の辺りを見ながら…………もう、泣いても良いでしょうか? …………すでに涙目なのですけれども……。
「いいえ、ですからお嬢様、彼女はアイアリスです。 貧民でもありません。 ご存じありませんか?」
「アイアリス? アイアリス………………あぁ、そう言えば確か我が家の隣にそんな名前の家があったわね」
お嬢様は手元に置いてあった扇を取って口元に当てながら、優雅にそう仰いました。
まるで取るに足らない家を嘲るかの様な仰り様です。
でもこれはわたし的にはどちらかと言えば嬉しい驚きで一杯です。
だってリーンスルール家は下手な小国よりも強大な家なのに、その辺の平民にも負ける小さな家の我が男爵家を覚えていて下さったんですからね。
たったそれだけの事ですが、わたしは沈みきっていた気持ちが少しだけ浮かんで来たのを感じました。
しばらく頑張ってみよう、そう思えたのです。
ですからわたし、頑張ります!
「あんな田舎からね。 別に出てくる必要も無いでしょうに、物好きなのね」
……早速やる気を削ぐ一撃が来ましたが、まだめげません。
「ま、せいぜい失敗しない程度に頑張りなさいな」
「はい、精一杯頑張らせて頂きます」
「……そ」
お嬢様はわたしに素っ気なく返事をして、そのままわたし達メイドに部屋から出て行く様に合図をだしました。
これがわたしとお嬢様のはじめての出会いです。
この時、わたしがもう少しでもお嬢様の言葉の意味を理解出来ていたらと思うと今でも残念でなりません。
ですがこの時のわたしはお馬鹿な事に周りの噂を信じてしまい、お嬢様は我が侭で高慢な方なんだと、噂通りの方なんだと思ってしまったのでした。
自分自身も周囲の勝手な印象で決めつけられて苦労しているのに、わたしもそんな人達と同じくお嬢様を見た目の印象で決めつけてしまったのです。
そしてわたしはお嬢様に気に入っては貰えなかったんだなと、ひとりで勝手に思い込んで勝手に落ち込んでおりました。
出来る事ならこの時のお馬鹿な事この上ないわたしに桶で水を掛けてさしあげたいくらいです!