知ったかぶり
メイドのミリアさん視点です。
~~お嬢様が習い事に行ってらっしゃる午前中の事~~
「ハンスさん、こんにちは。 今日は何か良い物はありますか?」
わたしは業者通用門のすぐ近くで馬車から荷物を降ろしている方へ声を掛けます。
この方は雑貨屋のハンスさんと言う方でして、週に一度の頻度でお屋敷で使う消耗品を納入して下さっている方です。
そこそこの美形でしかも独身と言う方なのでメイドの中には彼を狙っている方もいらっしゃるらしいです。
公爵家ご用達商店なら嫁ぎ先としては悪くないですからね。
わたしには関係ありませんけど。
「これはこれはアイアリス様、本日も大変お美しいですね。 貴方の旦那になる方はさぞや幸せでしょうな! いやっはっはっは」
……う~ん、少し軽い性格なのが玉に瑕です。
わたしはこう言う方は苦手です。
ジトーっと冷たい目線を向けて威嚇しておきましょう。
でも、納入品以外にも色々と持って来て見せて下さるのでついつい会いに来てしまうんですよね。
わたし、今はもう気軽に街に行けない身分になっちゃいましたしね。
「おお、そうだったそうだった。 アイアリス様が気に入りそうな珍しい物が手に入りましたよ。 ちょっと待って下さいね、何処にやったかなあ……」
ハンスさんはガサゴソと荷物の中から捜し物をします。
時折こうやってわたしの琴線に触れそうな物を見つけてきて下さるのも会いに来てしまう理由ですね。
「あったあった、これですこれ。 西方諸国で作られているバウムクーヘンと言うパンケーキです。 どうです? 珍しいでしょう」
「ばーむくーへんですか? 面白い見た目をしてますね。 美味しいなら買います」
なんですかこれ!
初めて見ました!
木の切り株みたいです!
ついついわたしは初めて見るケーキにはしゃいでしまいます。
でもこれならお嬢様に喜んで貰えそうです。
「美味しいですよ。 こちら、一口試食をどうぞ」
そう言ってハンスさんはサイコロ状に切った『ばーむくーへん』を取り出して下さいました。
ではでは、ぱくっと……おお!
なかなか美味しいです。
と、そこでハンスさんが裏のありそうなイヤらしい笑顔で話しかけて来ました。
「……所でアイアリス様、バウムクーヘンの意味をご存じですか?」
…………んん、『ばーむくーへん』の意味ですか?
なんでしょうか……さっき初めて知ったお菓子なのに意味なんて知ってる訳が無いではないですか。
「いえ、知りま『あ、いや、すみません。 まさかアイアリス様が知らない筈はないですよね! これは失礼しました』…………」
知らないと言おうとしたのですけど丁度被って喋ってしまいましたね。
申し訳無いです。
でも……もしかしてこの言葉の意味って誰でも知ってる様な常識なのですかね?
知らないと恥なんでしょうか……。
それはまずいです。
「当たり前です。 公爵家のメイドたるものそれ位知っていて当然です」
よし、恥をかかないですみました。
危なかったです。
「ですよね! “皇帝の冠”って意味なのは常識ですよね」
へえ、そんな意味だったのですね。
勉強になりました。
「常識です。 冠みたいな見た目をしてますもの。 所で支払いはいつも通りで大丈夫ですよね?」
「はい、大丈夫ですよ。 あ、そこそこ日持ちしますけど早めに食べた方が美味しいですからね」
いつも通り、と言うのは請求書を公爵家に送って貰って一括で払う方法です。
その方が手間が掛らなくていいです。
さて、早めに食べた方が良いのですか……ならいっその事この後のお茶にお出する事にしましょう。
「分りました、それではさっそく今日お出しする事にします。 ではこの辺りで失礼します」
珍しい物も手に入りましたし、そろそろお嬢様の近くに戻りましょう。
あと少しで習い事が終わってお戻りになる時間です。
すぐ近くに控えて不意の呼び出しに備えます。
「毎度ありがとう御座います! あ、アイアリス様! お嬢様にお出しする前に必ず箱に入ってる説明文を読んで下さいよ! 必ずですからね!!」
お辞儀してお屋敷に戻り始めていたわたしへハンスさんがちょっと焦ってそう仰いました。
説明文?
お菓子に説明が必要なんでしょうか。
後で読んでみましょう。
~~そのしばらく後の事~~
そろそろお茶をお出しするお時間です。
わたしは先ほど買ったお菓子をお出ししようと思い箱を開封します。
開けた時にほわっと香る甘い匂いが食欲をそそります。
良い匂い。
あ、そう言えば何やら説明文が入ってるからそれを読むようにと言ってましたね。
どれどれ………………『説明:バウムクーヘン 正=木のケーキ 誤=皇帝の冠』
「騙されました!!!」
もうなんなんですかなんなんですか!
あのハンスって人はなんなんですか!?
もー、なんでこんな意地悪するんですか!!?
もう!もう!もーう!!!
キーーー!
今度会ったら絶対とっちめてやるんですからね!
◆◇◆◇◆
ちなみに、この一部始終を見ていた同僚は『ああ、また遊ばれたのか……そろそろからかわれてるって気が付いても良いのに』と呆れ混じりに苦笑するのでした。
公爵家の上級メイドをからかうって言う、一歩間違えば人生が終わるかもしれないデンジャラスなお茶目をするハンスさんなのでした。




