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わがまま

 メイドのミリアさん視点です。






~~ある朝の事~~





「ミリア、今日の予定は全てキャンセルするわよ」


 いつも通り朝のお支度を手伝っていた所、お嬢様は突然そんな事を仰りました。

 どうしたのでしょうか?

 今日も午前中はマナーや各種教養のレッスンがあるのですけれど。


「どうかしましたか? まさか体調がすぐれませんか!?」


 もし体調不良なら大変です!

 どうしましょう……まずお医者様を呼んで、それからメイド長に報告して……ぎゃ、逆でしょうか?

 え~と、え~と……。


「いいえ、違いますわ。 わたくし、今日は街に行きたいのですわ」


 焦るわたしをしり目にお嬢様は愛用の扇で窓の外を指し示してトンデモナイ事を仰りました。

 もともと焦っていたわたしはその一言でさらに焦ります。



 すっごく焦ります。



 お嬢様が指し示した窓の方角に街は無いのですが、それを指摘するのも忘れる程焦ります。




 ところで街に行く事の何がトンデモナイ事なのかと言いますと、それはあれです。



 お嬢様は三女とは言えれっきとした公爵家の令嬢様なのです。

 もしそんなお人が誘拐でもされてみて下さい。

 お家を揺るがす大騒動に発展してしまいます。

 もしかすると他の公爵家や王家すら巻き込んだ大事件になってしまう可能性すらあります。



 公爵家のお膝元である領都とは言え、不逞の輩はどうしても紛れ込んでしまうものです。

 どんなに治安が良いと言っても万が一と言う事が無いとも限りません。



 それに誘拐とまでは行かなくてもちょっとしたイザコザにお嬢様が巻き込まれるだけでもダメなのです。

 巻き込んだ方は間違い無く極刑ですし、わたしやわたしの家族も重大な罰を受けてしまう可能性が高いのです。


 困ります。


 それにお嬢様が嫌な事や不快な目に遭う事自体わたしは許せません。

 わたしの全身全霊を持って、なんとしてでも安全で快適な生活をして頂きます。


 お嬢様って見た目と違って意外と気が小さいですしね……。



 とにかくそう言う事で公爵家の方がお屋敷の外に出る場合には必ず護衛が付かなければならない事になっているのですけれど、その手配が問題なのです。

 


 護衛の方々は普段なら公爵家の騎士団へある程度の余裕がある日取りで依頼しておくのです。

 そうしておけば当日は影に表に完璧な護衛を手配して下さるのです。

 その他にも、あまり日取りに余裕が無い場合の時は、騎士団だけでは無くお抱えの傭兵団に護衛を依頼する場合もあります。


 これは騎士団は基本的に普段は領地の見回りや国境の警備、訓練や演習など色々な任務をこなしていらっしゃるのであまりに急だと対応出来ないからなのです。

 それに引き替え傭兵団は普段街の見回り位しかしていないので手が借りやすいのです。


 しかも街の見回りが普段のお仕事ですから街に行くときの護衛には最適です。

 ただ、唯一の難点はその……あまり柄が宜しくないと言いますか……率直に言って荒っぽい方が多いのでわたしは苦手なのですよね。



 おっと、話が逸れてしまいました。

 お嬢様にお返事しなければ。



「予定のキャンセルはすぐに出来ますが、今日……街へ行くのですか?」


 それにしてもどうしてまたそんなに急に言うのでしょうか……。


 困りました。



「ダメ……ですの?」



 わたしが難しい顔で聞き返してしまいましたのでお嬢様が不安になってしまった様です。

 上目遣いで遠慮がちにそんな事を仰いました。

 こ……これは……卑怯です。


 でも、無理な物は無理と言います。



「……いいえ、大丈夫です。 直ちに手配してまいります」


「ほんとなんですのね! お願いしますわ」


 ……あ、つい了承してしまいました……。

 お嬢様の魔性の魅力恐るべしです。


 どうしましょう……とりあえず騎士団の詰め所へ行って予定を聞いてみましょうか。

 何で忙しいのが分かりきっている騎士団へ行くのかって?

 特に深い意味はありません。


 決して傭兵団の方が怖い訳ではありません。

 怖い訳では無いのです。


 あ、そうでした。

 忘れない内に今日のレッスンの先生へお休みする旨を連絡しておかなければなりませんね。


 忙しいです。




◆◇◆◇◆




 と言う訳でわたし、騎士団の詰め所へやって来ました。


 騎士団の詰め所は本邸の敷地内にある別棟が丸々一軒詰め所になっています。

 と、言いますか、わたし、今建物に掲げてある表札を見て初めて知りましたが、ここは『詰め所』では無く『本部』となっていました。


 びっくりです。


 でも、まあいいです。

 やる事は変わりませんもの。


 わたしは入り口を入ってすぐの所にある窓口へ声を掛けます。


「こんにちは、急ぎの依頼があって参りました。 責任者の方とお会いしたいです」


 窓口に居た若い騎士さんへお願いします。

 騎士さんはわたしの服装を見て上級メイドである事に気が付いたらしく『しょ、少々お待ち下さい!!』と言って急いで駆けだして行ってしまいました。

 急ぎとは言いましたけどそこまで焦らなくても良いのですけども……。


 でもある意味仕方無い事でもあります。

 我家(リーンスルール家)の上級メイドは下級貴族よりもたいていの場合立場が上として扱われる程の権限と信用がありますからね。


 余談ですけど、上級メイドになった時にわたしも一人で街に出てはいけないとメイド長にきつく言われております。

 メイドに限らず、上級職に付いた者は権限的にも信用問題的にもご主人様方の準身内の様な扱いになるそうで、わたしが攫われる事もご主人様のお家の名前に傷が付くそうなのです。

 そのわりに警戒が薄いので、敵対している勢力があえて上級職の者を狙う事もあるそうです。

 上級メイドになってから知りました。


 ……怖い。


 気をつけます。



 っと、そんな事を思いだしている間に若い騎士さんが戻ってきました。


「お待たせ致しました! 団長がお会いになるそうです! お手数ですがこちらへお願いします!」


 騎士さんは一々大きな声でそう仰ります。

 大きな声で少しクラクラしてしまいそうです。

 それにしても団長さんですか……正直に言えばそんなに上の方でなく、小隊長さんとかでよかったんですけど……。

 まあ、大は小を兼ねる理論で言えばこれはこれで問題無いですね。

 連れて行かれた部屋は最上階である三階の一室でした。

 騎士さんが『お連れしました!!』と、またまた凄く大きな声で仰ってびっくりしました。

 かんぱつ入れずに部屋の中から『入れ』と渋い声で返事が来ましたので入らせて頂きます。


「失礼致します」


「うむ、可憐なお嬢さん、我が騎士団へ何かご依頼がお有りとか?」


 そう言って出迎えてくれた方はちょび髭を蓄えた五十代くらいでがっしりとした体格の熊みたいな雰囲気のお方でした。

 でもさすがは騎士さん、そこはかとなく気品を感じさせる物腰をしていらっしゃいます。


 あ、若い騎士さんは『それでは』と言って帰って行ってしまいました。


「はい、唐突なお願いで申し訳ありませんが、我が主が本日街にお出かけになりたいと仰せです。 護衛をお願い致します」


 

「それはまた急な……失礼ながらお嬢さん、我々もこう見えて忙しいのです。 今日の今日来てハイ分りましたとは行かない物なのですよ」


 ですよね。

 う~ん、やっぱりダメみたいです。

 困りました。


「ところでお嬢さん、貴方のご主人様はどなたかな? 私の記憶によると貴方とお会いするのは初めてだと思うのですが」


 あ、そう言えばわたしったら名乗りも何もしてませんでしたね。


「名乗るのが遅れ申し訳ありません。 ミュリアナ・アイアリスと申します。 わたしはマーシリア様付きの専属侍女ですので今後とも宜しくお願いします」


 そう言ったわたしの言葉を聞いて団長さんが固まります。

 どうしたのでしょうか。



「マーシリア様……ですか。 それはまた難儀な……。 連絡が当日になるのも頷けますな」


 そう呟いて団長さんが難しい顔で悩み出してしまいます。


 なんだかお嬢様の評価が悪そうな雰囲気がします…………。


「分りました。 今日の護衛は何とかしましょう。 ですがこれは今回だけの特例ですよ。 本来なら最低でも三日は前もってお知らせ下さい」


 あれれ、なんて事でしょう。

 言ってみる物ですね。

 まさかの依頼成功です。



 やったぁ!




 ……失礼、はしゃぎすぎました。




「ありがとう御座います。 今後は気をつけます」



 その後『一時間後から玄関前のロータリーで護衛役を待機させておきます』との事を伺い、わたしはお礼をして退室致しました。

 お嬢様が何時から出掛けるか分らないのでずうっと待っていて下さるのです。

 騎士さんも大変なお仕事です。



 後から知ったのですが、この時護衛として選ばれた方々は本来休暇中の方々だったそうです。

 本当に申し訳ありません。



◆◇◆◇◆



 そして所変わって街に来ました。


 わたし達の護衛には礼服騎士が二名と軽装騎士が四名付いて下さいました。

 たぶん他にも居ますけど見える位置にはこの方々だけです。


 あ、礼服騎士と言うのは鎧を全く着ていない騎士さんの事でして、別に何かしらの礼服を着ている訳ではありません。

 お店の中とかまで一緒に入って護衛してくれる役の方が鎧を着ていると不便だから何名かは鎧無しで護衛に付いて下さるのです。

 軽装騎士も街中なので余り鎧っぽい装備でも無いのですけれどね。





「お嬢様、本日はどういったご用件で御座いましょうか?」


「ふふ、愚問ですわよ。 ミリアともあろう者でもわからないのかしら?」


 わたしの質問にお嬢様は扇で笑みを浮かべた口元を隠してそう仰ります。

 う~ん、サッパリ何の事か分りません。


 なんでしょう?


「申し訳ありませんお嬢様。 わたしではわからないようです」


 さすがにここまでサッパリですと予想すら出来ません。


「そうですわね。 まあはっきり言ってしまえば別に用なんて無いんですの。 (……ただミリアと出掛けたかっただけですもの)分りようがありませんわね」



 え?

 途中が少しだけ聞き取れませんでしたけど、どう言う事でしょう。

 それに用が無いって……本当でしょうか?

 気になります。


 それ自体も気にはなりますが、それ以上に気になる事がもう一つ。


 無理を言って付いてきて貰った護衛騎士の方々が今の一言を聞いて一斉に何か言いたげな顔をしてわたしを睨んできた事です。


 うぅぅ、そんな顔をわたしに向けないで下さい。

 胃に穴が開いてしまいます。








 その後、お嬢様は何軒かお店を回り、小物を数点ご購入されてからお屋敷に帰りました。



 ふう、疲れました。



 ですが思ったより短い時間でお戻りになりました。

 これなら無理に朝から出掛けなくても午後からで大丈夫だったような?




◆◇◆◇◆




~~翌日~~


『リンリーン』


 そろそろ三時のお茶をお出ししようかと思って準備していた所、お嬢様からの呼び出しベルが鳴りました。

 とりあえずお茶の準備を中断してお部屋へ向かいます。


「失礼します。 マーシャ様、ご用ですか?」


 いつも通りにお嬢様の近くまで言ってご用件を伺います。

 でも、いつもと違ってお嬢様が少しソワソワしていらっしゃいます。


 なんだか分りませんが、可愛いです。


 数瞬の間の後、意を決したお顔でお嬢様が喋り出しました。



「ミリア、昨日は我が侭を言って迷惑をかけましたわね。 ごめんなさい。 お詫びと言ってはなんなのですけれど、これをさしあげますわ」


 そう仰ってわたしに手の平大の紙包みを下さりました。

 何が入ってるのでしょうか、大きさのわりには重いです。



「マーシャ様、わたしは貴方様の為のメイドです。 迷惑だなんて気にしないで下さい。 ですがありがとう御座います」


 大丈夫ですお嬢様。

 ちょっと心労で胃に穴が開きそうになっただけで全く問題御座いません!










~~その夜~~



 わたしはお嬢様からのプレゼントをさっそく開けてみる事にします。


 包み紙を破かない様に慎重に開いてっと……。


 そうやって取り出してみると、なんと中身は子ぶたちゃんの置物でした!


「すごく……可愛いです」 


 これは昨日お嬢様と行ったお店で売っていた物です。

 わたしがみとれていたのをしっかりと見ていらしたのでしょうか?


 あら、お手紙が一緒に入ってますね。

 なにが書いてあるのでしょうか。


 さっそく読んでみましょう。



『ミリアへ


今日は突然のお願いを聞いてくれてありがとう。

それと迷惑を掛けてしまってごめんなさい。


ファーミナさんからの手紙にメイドと一緒に買い物に行ったお話が書かれていたのだけれど、それが楽しそうに書かれていらっしゃったから、ついうらやましくなってしまったんですの。

でも、護衛の方々やわたくしに気を使っているミリアを見てわたくし反省しました。


お詫びになるかわからないけれど、ミリアが好きそうな置物を選びました。

良かったら貰って下さい。


         マーシリアより』




 そ、そんな……なんて事でしょう……。



 …………ぅぅぅ……お嬢様、わたしの方こそ申し訳ありません。

 ぐすっ……。

 まさかそう言う事だったなんて……。

 

 本来ならお嬢様に楽しいひとときをご提供しなければならなかったのに、逆に従者であるわたしが気を使わせてしまったなんて……。

 わたし、悔やんでも悔やみきれません!


 うっうっうっ……泣いてる場合じゃ無いのに涙が止りません。


 本来ならこのプレゼントを貰う資格も無いのですけど、今回の事を忘れない為にも、それとお嬢様からの初めてのプレゼントと言う記念でもありますし、一生の宝物にさせて頂きます。






 ……ぶたちゃん可愛いですし。






 よし、心機一転明日からはもっともっと頑張るぞー、おー!



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