一話目
はじめまして皆さん、とうとつではありますけれど、まずはわたしの自己紹介から始めさせて頂きたいと思います。
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わたしはテルファ王国と言うこの辺りでは大国と称される国、その国の貴族に名を連ねる家の一員で御座います。
わたしの生まれは王国内でも非常に有力な公爵家であり、広大な領地を誇るリーンスルール家……の隣に申し訳程度の領地を構えさせて頂いているアイアリス家に生まれ落ちました。
ちなみにわたしは三人目の子供で次女になります。
長男、長女、わたし、そして妹と言う四人きょうだいなのです。
我が家も領地を構えていると先ほど言いましたが、実際の所は領地と言って良いのかどうか……結構微妙な所だったりします。
なにせ我が家の領地は人口二百人にも満たない小さな寒村一つです。
特に産業も名産も無く、痩せた大地で細々と牧畜を営む寂しい村です。
何も自慢出来る所もありませんし、この先発展する様な事も無さそうな村です。
それでも、もしどうしても、ひとつくらい自慢出来る所あげて下さい、と問われれば……え~……そうですねぇ……牧草地帯の景色は綺麗です…………って位でしょうか?
う~ん、やっぱり何も無いと言った方が良さそうですね。
ですがそれに比べて(比べるのもおこがましいのですが)隣のリーンスルール公爵家は王国第二の都市を筆頭に、いくつもの村や町を治め、隣国のイルヤ帝国との国境がある王国東の州、その名もルール地方を治める大貴族様で御座います。
イルヤ帝国は古くから我が国と敵対している国でして、今までも幾度となく争ってきた間柄であります。
ただイルヤ帝国と最後に戦ったのはわたしが生まれた年に起こった国境付近での小競り合いが最後、最近では比較的平穏な関係だと聞きます。
しかし、そんな国と国境が接しているルール地方は言わば守りの要、そこを治めるリーンスルール家は王国の武の象徴と言う側面も併せ持っております。
しかしながら公爵家の方々は、纏う服は美しく、お屋敷は豪華絢爛、立ち居振る舞いは優雅、まさに上級貴族の鏡と言える方々で御座います。
その様な方々のお屋敷で開かれるパーティーに我がアイアリスの家も時折ではあるのですがお招き頂けるのです。 それが我が家の数少ない自慢の一つになっております。
まあ、領地がお隣というよしみだけで呼んで頂けているだけなのでしょうけれど……。
しかし我が家の爵位は男爵位です。 先ほども申しましたが、領地収入なんて殆ど無い貧乏な家で御座います。
正直に言ってしまうとちょっとお金持ちな平民の方のほうが我が家よりよほど裕福なのではないでしょうか……。
ですからでしょうか。
わたしは幼少の頃から上級貴族様に並々ならぬ憧れを抱いております。
なかでもお隣のリーンスルール家へは何度か訪れた事もある為か、特に強く惹かれております。
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そのようなわたしですが、十歳の誕生日を間近に控えたある日、運命の分かれ道を迎えます。
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そうそう、わたしはこの頃から性格も喋り方も変わっていませんのであしからず。 今思えばあまり可愛げの無い子供だったかもしれないですね。
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わたしはお父様の書斎へ呼び出されました、そこには神妙な顔をしたお父様とお母様が揃ってわたしを待っておいででした。
両親はわたしが部屋に入るとお二人で見つめ合い、そしてうなずき合ってからおもむろに、しかし言い辛そうに渋い顔で話し始めます。
「ミリア、今日はお前に大事な話があるんだ」
お父様はそう言葉を切り出しました。
あ、『ミリア』とはわたしの名前です。 と言いますか愛称でして、正確には『ミュリアナ』と申します。
『ミュリアナ・アイアリス』です。
『フォン』や『ド』と言う貴族を表すミドルネームは残念ながら我が家の名前には付きません。
「はい、お父様。 どのようなお話でしょうか?」
「うん、お前の将来の話なのだけどね。 ミリア、お前ももうすぐ十歳になる。 そこでお前にはそろろそ将来進む道を選んで貰わなくてはならないのだよ」
そこでお父様は一瞬だけ困った様にお母様の方を見て、それからまた話はじめました。
「その前に大前提として、お前は十五歳の成人までに我が家を出て行かなければならないのは分っているね?」
え!? なんでしょう……そんな事初耳です。
この言葉にはお母様も驚いたらしく、お父様の方へ勢い良く振り向いたのが見えました。
ですがわたしも貴族の端くれ、アイアリス家の娘ともあろう者がたとえ親相手だったとしても無様に動揺する姿を見せる訳には行きません。
「はい、わたしは跡取りでは無い以上それは分っておりました」
たしかに、この国では十五歳で成人と認められます。
ただ、十五歳になったからと言って家を出て行かなければならない決まりも風習も無いのですけど、なんだか知ってて当然の様に言われたのでつい格好つけて答えてしまいました。
それにしても、どうしてそんなに急いで出て行かなければいけないのでしょう?
…………もしかすると、わたしが思ってるよりもずっと我が家が貧乏なのかもしれません。
なので家計の為に出て行けと言う事なのでしょうか。
分りません。
気になりますが、もう格好つけちゃった後なんで聞くに聞けないのが残念です。
「う、うむ。 そうか、さすが私の娘、良い心がけだ」
何故かお父様が少し動揺していらっしゃいます。
お母様が不機嫌そうに肘でお父様を小突いておりますし……気になります。
「ま、まあでは続けるとするが、ひとつ目の選択肢はお前の姉と同じく結婚だ。 私としてもこちらを選んでくれれば安心だ。 相手は領民の中から選んでも良いし、なんなら私が他の貴族家から縁談を貰ってきても良いぞ。 とは言え、政略結婚をさせるつもりは無いのでその点は安心しなさい」
「そうよミリア。 貴方は私に似て美人ですもの。 礼儀作法も完璧に教えたから間違い無くモテるわよ。 母が保証します」
それまで黙っていたお母様がナチュラルに自分自身を褒めつつ結婚を勧めてきました。
でもたしかにお母様は村一番の美人だと思います。
だって子供を四人も生んだとは思えない程整った体型ですし、パッチリとした青い目とスラッとした鼻筋、ほっそりとした頬から顎にかけてのラインが爽やかな印象を与える凄く美人さんなのです。
そして、さらりとした癖の無い、それでいて艶々な黒髪ロングヘアーは男女問わず憧れの的です。
この黒髪はわたしだけしか遺伝しなかったのでわたしとお母様の二人だけの自慢なのです。
そんなお母様にわたしはうりふたつと言われる程そっくりでして、目の色もお母様と同じ真冬の空の様な青色、顔立ちもそっくり、体型は……まだちょっとあれですけども、とにかくそっくりなのです。
ただし目元だけはお父様に似てしまい、見る人に眠たげな印象を与えてしまう半分閉じた様な感じの見た目をしております。
……ここだけの話、その目元のおかげで謂われの無い中傷を受けた事もありますが……それは忘れる事にしましょう。
とはいえ、そんなお母様も良くも悪くも村一番の美人と言うだけなのですけれども……。
「ありがとうございます、お母様。 でも、わたしは他の道も聞いてから決めたく思います」
「ふむ、そうか。 あまり進めたくは無いのだが、仕方あるまい。 もうひとつの道は、どこかの貴族家へ奉公に出る事だ」
実はこれは予想通りの答えです。
何故かと言いますと、わたし達貴族には職業選択の自由が無いのです。 特に貴族が平民の職に就く事は厳しく禁止されていて、違反がばれれば重い処罰が本人のみならず家にも掛けられてしまいます。
ならば貴族じゃ無くなれば良いじゃない。 と思うかもしれませんが、貴族階級とは好き勝手に破棄出来る物ではありません。
ですので『わたし成人したから家を出て貴族辞めて平民の仕事しますね』って訳には行かないのです。
ただし、下級貴族は平民と結婚出来ますので婿や嫁に行けば例外的に何のお咎めも無く平民になる事は出来ます。
でも、結婚しない場合には他に手が無いのでどこかの有力な貴族家へ奉公に出るしか真っ当な道はありません。
とは言え、この決まりは都市部から離れれば離れる程有名無実化していてあまり守られて居ないと聞きます。
ですが我が家は貴族である事に誇りを持っていますし、わたしもしっかりと貴族としての誇りを受け継いでおります。
なのでわたしはこの法をしっかり守り、結婚か奉公かを選ぶしか道はありません。
ただしこれは女性の場合の話です。
男性はもっと色々と選択肢があって、騎士団に入ったり文官になったりという道もあります。
うらやましいかぎりです。
長男ならば家も継げますしね。
余談ですが、犯罪を犯しても平民には成れません。
どのような犯罪を犯しても貴族のままなのです。
貴族として裁かれるだけで平民に落とされる事はありません。
それと、貴族が平民の仕事をするのはダメですが、その逆は問題ありません。
ずるいです。
まあ雇って貰えるかは微妙な所なのですけどね。
「お父様、奉公と言いましてもわたしに推薦をくれる方はいらっしゃらないですよね? そうなると良い職場には行けそうもありませんね……」
奉公に出るのも面倒でして、有力貴族の家へ雇って貰うには誰かしら他の有力貴族からの推薦が必要だと言う決まりがあるのです。
それもそうですよね。 何せ有力貴族の家にはお高い調度品や貴金属類が山程ありますし、場合によっては他国の要人をお迎えする事もあるのですものね。
身元も分らない者を雇って何かあっても取り返しが付きませんもの。
「それについては大丈夫だ。 隣のリーンスルール家が当家の娘なら面接を受けても良いと仰ってくれた」
「え、本当ですかお父様!?」
びっくりです。 リーンスルール家は我が国でも最有力な貴族家のひとつです。 本来ならわたしの様な貧乏男爵家の次女なんて、たとえ推薦があっても門前払いされる可能性が高いです。
推薦があっても、とは言いましたが当然わたしを推薦してくれる様な有力貴族家との繋がりなんて我が家に有る訳も無く、そんなわたしが本来奉公に出られる様な貴族家はあまり良い噂が無い家か成金下級貴族家位しかありません。
なんと言っても、上級貴族様方にとって男爵とは最下層の人間の事を言います。
そんな人間を雇ったら雇った側の品格が落ちるとわりと本気で思っている節がありますので普通は話も聞いて貰えないものなのです。
(殆どの上級貴族は平民を同じ人だとは認識して居ないです。 あと、準男爵は正確には貴族ではありませんのでお間違いなきように)
ですので必然的にわたしの様な男爵家の次女如きが雇って頂ける相手は微妙な所になってしまうのですね。
ですがリーンスルール家に入れるなら素晴らしいです。
悪い噂もあんまり聞きませんし(無い訳では無いです)何度か訪れた事がありますけど、とにかく夢みたいに綺麗なお屋敷でした。
あそこで働けるなら幸せになれそうです。
それに家から近いですしね。
うん、わたし決めました!
「わたしメイドになりたいと思います!」
「いや、しかしだなぁ。 今言ったのはただ採用試験を受けさせて貰えるというだけの話であってだな……」
わたしの言葉にお父様が渋い顔をします。 でもわたしはもう決めたのです。
「お父様、分っております。 ですが大丈夫です。 わたしは絶対にリーンスルール家の面接に受かって見せます!」
わたしは自信たっぷりにお父様を見据えて言い切ります。
でもここでお父様とお母様がバトンタッチしました。
「ミリア、面接に受かったとしてもまだメイドになれる訳じゃ無いのよ? 面接に受かってから見習いとして採用して貰って本採用を目指すのだけど、リーンスルール家の本採用はとにかく大変よ」
お母様はリーンスルール家のメイドになるには如何に大変かを諭す様に教えてくれます。
正直初耳の事ばかりです。
だって我が家はメイドなんて居ないんですもの。
居るのは執事さんが一人とパートの家政婦さんが二人、日替わりで来てくれるだけなのです。
でも、またしてもついつい知ったかぶりで答えちゃいます。
「大丈夫です、お母様。 全て覚悟の上です」
わたしはお父様にしたように、お母様にも真っ直ぐな目線で言い切りました。
何だかんだでわたしに甘いお母様はこうすればきっと許してくれます!
……打算的でごめんなさい。
「そうは言うけれども……いいこと? リーンスルール家では今まででメイドになるのに最短の人で四年掛かってると聞いたわ。 平均で言えば七年ね。 十五歳で入って二十二歳でやっとリーンスルール家の人達に直接関わる仕事が出来る様になるって事よ」
「そ、そんなに……。 でもお母様、わたしなりたい……いいえ……わたしはなります! 何年掛かろうとも絶対にメイドになります!」
「結局本採用を諦めてしまう者も多いと聞くわ」
「……大丈夫です。 だってわたしはお母様の娘ですもの!」
わたしは説得する言葉が思い付かなかったのでとりあえず言い切ってみました。
お母様は別に頑張り屋さんって訳でも何かに秀でた才を持った方って訳でも無いのですけれどね。
でもお母様にはこの言い回しは効果てきめんだったようです。
「そう……貴方の覚悟、しかと聞きました。 もう母は止めません。 頑張ってきなさい」
「はい、お母様!」
ふふ、結果オーライですね。 これでメイドになれます!