サンドウィッチ
「おはよう。」
台所から沢木が声を掛けてきた。
あ…あ…。やはり声はでない。もちろん沢木の顔にも変化は見られない。
いや、それでいいのだ。今日これから沢木と一緒に治しに行くのだから。ただ本当に治るのかは不安である。
それにしてもいい匂いがする。
ダイニングテーブルには、様々な種類のサンドウィッチが所狭しと並んでいた。
「石田君が全然起きてくれないから、近くのスーパーで材料買ってきちゃった。」
一体何時から起きているのだろう。かなり豪勢な朝食である。
「朝はパン派でしょ?簡単なものだけど我慢してね。ちょっと作りすぎたから余りはお昼用に持っていきましょ。」
沢木はそう言うと、にこりと微笑みシンクで洗い物を始めた。
その後ろ姿に、つい結婚というものを意識してしまう。
いや、意識してもいいだろう。
付き合いこそ短期間ではあるが、ここまで自分をさらけ出した相手はいない。俺の人生に鮮やかな色を塗ってくれた上、輝きすら与えてくれた。
沢木はどうだろう。俺をそういう対象として見てくれているのだろうか。俺に全てをさらけ出してくれているのだろうか。
そんな事を考えているうちに、大事な事を思い出した。
慌てて床に落ちている紙切れに文字を書く。
[いただきます。]
わざわざその紙を見せに来た俺に、沢木は満面の笑みを返してくれた。
「手を合わせてくれたら、それで頂きますは伝わります。ほんと律儀だね。」
そう言う彼女の笑顔は眩しかった。
元の沢木の顔であれば、俺は凝視できないだろう。
そんな事を考えながらサンドウィッチを頬張る。おいしいと紙で伝えようと思ったが、先ほどの事があったので親指を立てて沢木に伝えた。
それを見て、沢木は満足げである。
「よかった。」
洗い物を終えた沢木は、俺と向かい合わせに座った。
無心でサンドウィッチを頬張る俺を、微笑ましく見つめている。
「食べ終わったら、準備してすぐ出かけましょうね。なんだかドキドキするな。」
俺はこの人が好きだ。愛している。
声に出して伝えられないのが悔やまれて仕方なかった。
目的地にはレンタカーを借りて行く事にした。
荷物を後部座席に放り込み、それぞれ座席についた。別に泊りではないので、お互い荷物は少なかったが、お昼用にとラップに包んだサンドウィッチが一番場所を取っている。
「行きましょうか。昨日言った場所まで安全運転でお願いします。」
沢木はそう言うと、俺の左手を握った。
視線はずっと前を見据えている。わざとこちらを見ないようにしているようにも感じられた。
昨日行った場所。なぜそんな言い回しをするのか…。
“私たちの思い出の場所”。
なるほど、そう言う事か。
俺は覚悟を決め、アクセルを踏み込んだ。




