表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: くぬぎ
67/86

回復

 それ以降、俺と沢木を名乗る女性の間に会話はなかった。

 病室は重い空気に包まれていた。握ったままの手も、力が入っていない。たった数分の沈黙が、何時間にも感じられた。

 どうしたものかと考えていると、廊下をバタバタと走る音が聞こえてきた。彼女が繋いだ手をさっと離したと同時に、両親が病室に駆け込んできた。

「ああ、よかった。気がついたんだね…。」

 母親の顔色は悪く、目の下にはくまが出来ていた。

「ちづるさん、すまないね。ちづるさんもろくに寝てないんじゃないか?」

 父親は俺より先にこの女性の事を気遣った。

 そして、この女性の事を“ちづるさん”と呼んだ…。

「いえ、私は大丈夫です。それより石田君が…。」

「ああ、下で先生から聞いたよ。あとで違う先生が診察してくれるそうだ。」

 3人はみんなして俺の方を見つめている。なんだか気恥かしくなってしまった。

 皆の憔悴しきった様子を見ると、本当に俺の事を心配してくれていたんだなと、嬉しくてしょうがなかった。


 その後、両親と話をした方がいいと言って、彼女は病室を後にした。

 おそらく声を出そうとしても無理だろうと思い、彼女に手渡された紙とペンを使って、会話をする事にした。

 

 母親が言うには、病院の手続きなどは全てあの女性がしてくれたらしい。そして父親はたった3日で、彼女の事をかなり気に入っているようであった。

 俺にあんな素敵な恋人がいるなんて、と母親も冗談交じりに彼女を褒めていた。

 両親とのやり取りで分かったのは、彼女が沢木ちづるであるという事だった。俺が倒れる直前、彼女はこの病院で点滴治療を受けていたらしい。

 そして退院して会社に戻る途中、道端の人だかりに囲まれている俺を見つけ、病院まで付き添ってくれたというのだ。

 両親が病室に到着したときには、若い男女の社員がいたというから、村田と杉野で間違いないだろう。そうなると、あの女性は沢木ちづるでしかないのだ。

 俺は釈然としないまま、その事実を受け入れるしかないのだろうか。

 声が出なくなったのも何か関連があるのかもしれない。顔以外は全て沢木で間違いないのだ。

「あの子も結構イケメンだったわよね。我が息子には敵わないけど。ほら、なんて言ってたっけ?」

「村田」

 両親は俺の顔を口を開けたまま見つめている。聞こえなかったのだろうか。

「だから、村田君。一つ下の後輩…あれ?」

 声が出ている。

 先ほどまで出ないであろうと思いこんでいた為、やむなく筆談していたのだが、つい口をついて声が出たのだ。

「声出るじゃない!何?二人してドッキリでもしかけてたの!?」

「おいおい、ちょっとこの状況でするような事じゃないんじゃないか?」

 母親の方は安堵もあり、笑い話で済みそうだが、父親の目は全く笑っていない。

「違う。本当にさっきまで出なかったんだ。驚いているのは俺の方だよ。」

 俺の真剣な顔を見て、父親も納得したらしい。

「おい、母さん。ちづるさんを呼んで来い。」

「そうね。あー良かった。」

 母親は沢木を呼ぶためロビーへと向かった。

 その間、父親と二人きりになったのだが、相変わらず沢木の事を褒めちぎっていた。

 お前も隅に置けないなあとヒジで俺の腕をグイグイつついてくる。

 母さんの若い頃もあんな感じだったと、父親が昔話に花を咲かせようとしていた矢先、母親が一人で戻ってきた。


「もうちづるさん帰っちゃったって。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ