説明会
俺は罪悪感に苛まれながら、淡々と発注をこなしていった。
時間とともに抱えていた罪悪感は薄れていったが、沢木や杉野、そして村田の姿が目に入るたびに発注数量の打ち間違いをしてしまう。
頭の中は仕事モードに切り替えられていない。
そんな俺の様子を、隣のデスクからチラチラと沢木が心配そうに見つめる瞬間があった。しかし、仕事に集中すると決意して今日を迎えた手前、わざと気付かぬ振りを貫いた。
“無理しないでね”
沢木がそっと付箋を俺のパソコンに貼り付けた。
誰が見ているか分からない状況で、堂々とそのような行動に出た沢木の顔を思わず見てしまった。
慌てて貼られた付箋をはがすと、沢木は手のひらをひっくり返すしぐさを見せる。
付箋の裏にはもうひとつメッセージが記されていた。
“私も頑張る”
沢木の方をもう一度見たときには、すでに自分のパソコンと向き合っていた。
久しぶりに隣同士で仕事をしているのに、お互い一言も発しない。
不思議な感じだった。
仕事の内容は違えども、俺も沢木も高橋から課せられた仕事を、何としてもやり遂げようという思いは一緒だ。
それが確認できた瞬間、俺の中で何かが吹っ切れた。
それからは獅子奮迅の働きぶりで、あっという間に発注を完了させてしまった。
「おお、石田君。今日はこっちに居たのか。」
部長が帰って来た。どこからかお呼びがかかっていたのだろう。俺がこのフロアで仕事をしている間、部長のデスクは空だった。
「はい。プロジェクトの説明に取締役の方々も参加されると言うので、予定が狂っちゃいました。」
「そうか。一応そのような話は聞いていたがね。まあ、色々と楽しみにしているよ。」
夕方の説明会には、もちろん部長も参加する。取締役連中も参加するというのに部長が余裕なのは、他部門の者も参加するからだろう。化粧品部門の部長というのは、全部門の中でも一目置かれているのだ。
それにしても、色々楽しみしているというのは、高橋取締役の変わり様についての事だろうか。
説明会の趣旨が変わってきている様な気がした。
しかし、俺にとってそんな事は関係ない。とにかく今は資料作りに専念し、なんとか工程説明を乗り切るのだ。
午後5時。ビルの最上階にある取締役専用の会議室に、続々と全部門の部長級が集まりだした。高橋は予定の時刻が迫っているにもかかわらず、一向に現れる気配がない。
会議室に入る部長たちを一人一人席に案内し、プロジェクト工程の説明資料を手渡して行く。
取締役たちについては誰一人来ていないようだった。彼らには工程の説明資料だけでなく、高橋が作成したデータ一元化の重要性を説いた資料も渡すつもりだ。
取締役連中は高橋のプロジェクトについて、何も知らないと思われる。高橋が単独で立ち上げたものだと、本人から聞かされている。この機会に全取締役にこのプロジェクトの概要だけでも説明しておきたかった。
会議室に最後に入って来たのは、化粧品部門の谷崎部長であった。その直後に高橋が姿を見せた。
高橋が会議室に入った瞬間、その場に居る全員が目を輝かせ、食い入るように高橋を見つめていた。中には手を叩いてはしゃぐ部長もいたほどだった。
やはり高橋の人気はこの年齢層には抜群である。
「皆さん、本日はお忙しい中お集まり頂きましてありがとうございます。」
高橋が話し始めると、一瞬にして静寂が訪れた。
「これからこちらにいる化粧品部門の石田君の方から、現在進めているデータ一元化プロジェクトの今後の工程について、詳しく説明してもらいます。何かお尋ねになりたい時は、遠慮なくおっしゃって頂いて構いませんので、挙手にてご発言願います。」
言い終わると俺の方に目をやり、始めなさいと顎をつき出した。
俺は一呼吸おいて覚悟を決めた。




