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結局、部長級以上の連中まで会議に招集することになってしまった。
高橋が髪を切ったという話が、高橋の夫である社長から取締役連中に伝わったらしく、それ目当てで取締役まで参加することになったのだ。
取締役の参加決定により、プロジェクトの工程説明会は夕方から開始されることになった。
俺の胃はキリキリと音を立てて潰れそうになっている。それがこれから夕方まで続くのだ。胃痛で死んでしまうかもしれない。
ともかく時間を無駄にするなという事で、夕方まで部署の発注の仕事と説明会用の資料作成をする事になった。取締役までが参加するのであれば、今ある簡単なスケジュール表一枚では済まされるはずがない。
俺が3階の部署に顔を出すと、村田が一番に気付いた。
「石田さん!どういうことっすか?なんで企画外されちゃったんですか?」
そう言いながら村田は俺がいるドアの方に近づいてきた。村田の大声に沢木も含むフロア全体が俺の方に視線を向けた。
「高橋取締役の命令だって杉野ちゃんから聞きました。」
沢木は村田に詳しい事は話していないらしい。沢木と杉野が目を合わせた後、ほぼ同時に俺に視線を向けてきたのを確認し、俺は村田の話に合わせる事にした。
「まあ、そんなところかな。思ったより大がかりなプロジェクトだったんで、取締役が見かねて…ね、うん、そんな感じ。」
村田はなぜかふくれっ面である。
「納得いかないっす。あと少しでこの企画は一人立ちするじゃないっすか。それを待ってからでもいいと思うんすけど…。大体今までデータの一元化なんて話がでた事ないじゃないっすか。」
村田が珍しく正論を突き付けてきた。こんな状況が訪れる事など想定していなかったが、村田が本気で俺の為に怒ってくれているのが嬉しかった。
「そうだね。でも僕が抜けた分、村田君が頑張ってくれると、沢木さんも助かるんじゃないかな。」
村田は俺の言葉を聞くと、表情が次第に晴れやかになっていった。先ほどまでのふくれっ面は跡形もない。沢木の助けになるという決意が全身から漲っている。
「そうっすね!誰かが抜けたら誰かが頑張らないといけないっすよね!」
そう言い残してさっさと自分の席に帰ってしまった。
俺は意気揚々と席に帰っていく村田を見て胸が痛んだ。
さっきの言葉は本心から出たものだ。村田が俺の離脱を悔しがってくれたことへの感謝を込めた一言だった。叱咤する意味も込めて村田に捧げた言葉だったつもりだ。
しかし、結果的に村田の沢木への好意を利用して、焚きつけた事になってしまったことに気がついた。
俺と沢木は付き合っているのに…村田の入ってくる余地はないのに…。それが分かっているのに村田の好意を利用した。いや、それが分かっていたからこそ無意識にそれをやってのけてしまったのだ。
時間が立つとともに、罪悪感が全身を蝕んでいく。沢木と杉野の方を見る。こちらの会話は聞こえていない様だ。いや、そもそも杉野は俺と沢木の事を知っているのだろうか。昨日の沢木との会話で聞いたかもしれない。
…最低だ。
俺の事を自分の事のように思っていてくれる後輩の気持ちを踏みにじった。その上、沢木や杉野の反応を窺い、これまでの関係を維持できるか確認しようと必死になっている。
こんな醜い部分が自分にあるなんて。




