制約
沢木に電話がつながった時には、深夜12時を過ぎていた。5回目の電話でようやく電話に出てくれた。
携帯から聞こえる沢木の声はとても小さく、か細いものだった。
「やっと出てくれましたね。ごめんなさい、何度も電話して。」
「ううん。ちょっと話せる余裕がなかったから。」
「もう大丈夫ですか?」
「うん…。落ち着いた。」
「落ち着いてるところ、申し訳ないのですが、今日の事を聞かせてもらってもいいでしょうか?」
沢木の話は、高橋が言っていた内容となんら変わらなかった。
高橋に挑発された事、俺の事を考えて企画を一人でやり抜こうと決意した事。高橋の言っていた事が本当であったと分かり、高橋への俺の怒りは少しずつ和らいでいった。
それと反比例するように、沢木の感情は膨張していた。昼間の業績報告の際に、高橋が発した“石田借りモノ発言”が相変わらず尾を引いているようで、沢木は珍しく語気を荒げていた。
「私、絶対負けないから。企画も石田君も私が守るもん。」
沢木の荒々しくも可愛らしい言葉に、俺はまた沢木の新たな一面を見た気がした。
可愛らしさだけではない、芯が強いのだ。そして高橋が言うとおり、かなりの負けず嫌いである。あの高橋取締役に対してここまで豪語するのは、会社でも彼女くらいだろう。
「それでね、提案があるの。」
突然、沢木の声は真面目なトーンに切り替わった。
「はい。何でしょう?」
沢木の提案は微笑ましいものだった。
平日、会社に出ている日はデートをしない。
その代り、土日どちらかは必ずデートをする。
一日の出来事は必ずお互いにメールで報告する。
この3つを提案してきたのだ。何を言われるかドキドキしながら構えてた俺は、胸を撫でおろすと同時に快諾した。
沢木が言うには、これから仕事でお互い余裕がなくなるだろうから、仕事の後にデートはしない方がいいのでは、ということらしい。
これからどのようにして沢木と付き合って行けばよいのか、思いを巡らせている俺の立場からしたら、願ってもない提案だった。土日にはこちらから勇気を出して誘わずとも、デートが出来るのだから。
最後のメールで報告するというのには少し引っかかったが、電話になると長くなってしまい、早く寝られなくなるからというのがその理由らしい。
いずれもお互いの企画とプロジェクトが終わるまでという期限付きという事だ。
この3つの提案に、俺が快諾すると、沢木は“ごめんね”と返してきた。
“ありがとう”という言葉が返ってくるものと思っていた俺は、少し呆気にとられたが、あまり気にする事ではないだろう。彼女からしたら、制約を設けてしまったという意識が少なからずあったのかもしれない。
「じゃあ、もう遅いから…。」
沢木の言葉に時計を見ると、もう1時を回っていた。こんなにも長話をしたのは初めてである。
「すみません。こんな時間になっているなんて。」
「ううん。電話切る前に聞いてもいい?」
「はい。」
「この先、私だけ見ていてくれる?」
彼女の甘えた声に、全身が痺れるような感覚に襲われた。
「もちろんです。この先ずっとそのつもりです。」
俺の言葉に、沢木はありがとうといって電話を切った。




